※2のネタバレあり。
「ずっと暗いと思っていた物が、とても青かったんだ」
なんの話?と思った事が顔に出てしまったのだろう、吹雪は独特の柔らかい笑みを浮かべながら、雪の話だよ、とオレの疑問に答えを出した。
「雪の影って凄く綺麗な青だったんだ。光のせいなのか水のせいなのか解らないけど……、雪なんてよく見ないから気づかなかった」
「雪を見ないって…北海道出身なのにか?」
以前キャラバンカーで白恋を訪れた時、北海道は前後左右、円堂の視界が及ぶ限りは総てが真白な世界だった。
確かにいくら見ようとも影の色にまで気は配らなかったが、関東在住の円堂にとって、白恋に滞在した数日間で一生分の雪景色は堪能した気がする。
北海道を垣間見たような円堂ですらそうなのだ、居住している吹雪が雪をあまり見ないと言うのは可笑しい気がしたが、吹雪は困ったように笑った。
「雪をね、見ないようにしてたんだよ。……恐いからさ。恥ずかしいんだけどね」
「あ、」
「スポーツとかしてる間は平気だし、雪の脇を歩くのも大丈夫。ただ雪を雪として捉えて、それだけをじっと見たりするのは……ちょっと恐かったんだ」
雪崩と聞いて悲しそうになったり、屋根から落ちた雪の音にすら驚いていた吹雪を思い出す。
吹雪にとって家族を奪った雪は、影山にとってのサッカーのような、どんなに願ってもこの世から決して奪い去れない、忌むべき物なのだろう。
ふと円堂は思う。今、北海道はどんな景色なのだろうか。吹雪が怖がる雪で覆われているのだろうか。
吹雪は明日、故郷に帰る。
元居た世界に戻る。
「マフラー、」
「ん?」
「本当にオレが持ってていいのか?」
暗に吹雪に返した方がいいんじゃないかと遠回しに伝えると、吹雪は今度ははっきりと、笑みと思える笑みを浮かべた。
「キャプテンがいいって言ってくれるなら、キャプテンに持っててもらいたいな。もし邪魔だったらタンスの奥とかにしまっちゃってもいいし」
「でも、あれはアツヤの……」
形見だろう。
吹雪のシンとした深緑の瞳を見て言葉を飲み込むと、吹雪は昔あったマフラーに触れるような仕種で、寂しくなった自身の首元に触れた。
「……僕がマフラーをつけていた理由はね、家族が死んで、ずっと寒かったからなんだ。ずっと、サッカーしていても何していても、……ずっとずっと体が寒かった」
「……」
「でもね、キャプテンと出会えて、皆と出会えて、今はあんまり寒くないんだ」
アツヤの形見だと、寄り添うように心を繋ぐように、ずっと吹雪が身につけていたマフラーは、今は円堂の手元にある。
憑き物でも落ちたかのように自分自身を見る吹雪の笑顔は、春のような暖かさを持っていた。
「――もう、マフラーがなくても寒くないんだよ」
暖かさは皆に対する信頼の証だろうか。
微笑む吹雪を見て、円堂は何だか無性に、日の光が目一杯差し込んで、雪解けの中でキラキラと反射するあの広大で美しい北ヶ峰を、もう一度見たくなった。