■7月24日
夏休みが始まりました。
今日から夏休み表に日記を書きます。これが宿題だからです。
お母さんにいつまでつづくかなと言われたけど、ぼくはずっと書くようにがんばります。
それにお母さんはぼくのことよりアツヤの心配をした方がいいと思います。
アツヤはもう夏休み表をなくしたみたいです。昨日もらったばっかりなのにな。
■7月25日
今日はサッカーがおわったあと、みんなでさとし君の家に遊びに行きました。
さとし君のお母さんがみんなの分のアイスを買ってくれました。ぼくのはオレンジでした。
1番さいしょに食べおわったのはやっぱりアツヤでした。アツヤはかじっちゃうから早いんだと思います。
■7月26日
アツヤにたたかれました。
アツヤの分の夏休み表がぼくのランドセルに入っていたからです。
でもぼくはぜったいアツヤのを入れてません。ぜったいアツヤが入れたんだと思います。
お母さんにそう言ったら、夜のご飯のハンバーグがアツヤのだけ少し小さかったです。
たたくのはダメよってお母さんが言って、アツヤは泣きそうでした。
でもお母さんはうそをついちゃダメとは言いませんでした。
お母さんぼくのことを信じてくれたのかな。それともアツヤのことを信じたのかな。
■7月30日
夏休み表の犯人がわかりました。目深君でした。
教室におちていたのをひろったので、名前を見てアツヤのランドセルに入れてくれたみたいです。それでその時ぼくのランドセルとまちがえたみたいです。
せっかく入れておいてくれたのに目深君はアツヤにたたかれてしまいました。
でもぼくはやっぱり悪いのはすぐにしまわなかったアツヤじゃないかなと思いました。
■8月4日
今日は花火大会でした。
きのうは雨だったので晴れてよかったです。
お母さんにゆかたを着せてもらってみんなで行きました。
女の子たちのゆかたはピンクとか黄色とかできれいだなと思いました。
お父さんにおこづかいをもらったのでチョコバナナとタコやきを食べました。
ヨーヨーすくいの前で珠香ちゃんとアツヤがケンカしたら、お店のおじさんが出てきてビックリしました。
大きい花火が1番きれいでした。
■8月9日
ぼくは今日で宿題がぜんぶおわりました。発明工夫と川の絵がむずかしかったです。
でもアツヤはぜんぜんおわってません。
夏休みのさいごの日におすしを食べに行こうとお父さんが言ったけど、宿題がおわらないとアツヤはつれて行ってもらえないみたいです。
あと1週間でおわるのかな。
■8月10日
アツヤに夏休みの間の天気を教えろと言われました。
アツヤの夏休み表には天気も日記もなんにも書いてありませんでした。まっしろです。
何がおわってないの?とぼくが聞いたら、なんもおわってないとアツヤが言いました。
ぼくはおすしは食べられないなと思いました。
■8月14日
読みたい本があったので1人で図書館に行きました。アツヤはまだ宿題をやっています。
行ったら図書館で紺子ちゃんと珠香ちゃんが勉強していました。
珠香ちゃんの本の作文を2人でやっていたみたいです。
ぼくはエルマーのぼうけんをかりました。りゅうはかっこいいです。
■8月17日
明日で夏休みもおわりです。
でもテレビで本州の人たちはまだ夏休みがあると言っていて、ずるいなと思いました。
でもぼくはもうみんなと学校に行きたいので、早く夏休みがおわればいいなぁとも思います。
2学期はながなわとびをがんばって、こくばん消し係になりたいです。
■8月18日
おすしは食べに行けませんでした。アツヤがおわらなかったからです。
ぼくはおわってたのにな、と言ったらお父さんがそうだなと言って、こっそり千木良選手のサインが書いてあるハンカチをくれました。
ぼくはうれしくてありがとうと言いました。おすしより千木良選手の方がうれしかったからです。
明日からは学校です。
夏休みはすごく楽しかったです。
□8月19日
お母さんがしろうはがんばって毎日書いたねと、サッカーボールが書いてある日記ちょうを買ってくれました。
だから今日からはこのノートに日記を書きます。
今日は宿題を出しました。アツヤは作文だけおわりませんでしたが、先生が1週間まってくれるみたいです。
友だちとひさしぶりに会えてうれしかったです。
ひさしぶりじゃない人もいるけど、やっぱりみんないっしょが楽しいな。
□8月20日
アツヤが先生におこられました。ぼくの日記のせいみたいです。
先生はぼくの日記を読んで、アツヤがぜんぜん宿題をしていなかった事を知ったからです。
ごめんねアツヤ。
なんでバレた!?って、ぼくのせいなんだ。ひみつだけど。
□9月25日
今日はお父さんとアツヤと一緒に、お父さんの仕事の人たちとバーベキューをしました。
ちょっと寒かったけど、えびがおいしかったです。
バーベキューがおわったあとにはみんなで花火をしました。夏休みののこりがあったからです。
アツヤがぶんぶんふりまわしておこられました。
ぼくが笑ったので、アツヤにたたかれました。
アツヤはあのすぐたたくのをやめた方がいいと思います。
□10月19日
この日記ちょうを使いはじめて2か月がたちました。
もうちょっとでなくなりそうだと言ったら、お母さんが新しいのを買ってくれるそうです。
今日はサッカーのれんしゅう中に、アツヤがひっさつわざを考える!と言いはじめました。
「かっこいい動物は!?」と聞くのでぼくが「ライオンがカッコいい」と答えたら、「だっせぇ!」と言われました。
ライオンはカッコいいと思うけどな。
アツヤはなにがカッコいいと思ったんだろう。
□10月25日
新しい日記ちょうがいちごの絵でした。サッカーのやつがなかったみたいです。
でもこれ女の子のみたいだ…。かおでも書いちゃおうかな。
□11月7日
今週はかぜに気をつけましょう週間です。
うちにうがいのおくすりがなかったので、アツヤと一緒にせきぐちの薬やさんまで買いに行きました。
アツヤがソーセージソーセージとうるさかったら、せきぐちのおねぇちゃんがヨネンジャーのソーセージをくれました。
だいじょうぶですって言う前にアツヤは食べてしまいました。
お金がたりないですって言ったらいいよいいよと言ってくれたので、おねぇちゃんにありがとうと言いました。
おねぇちゃんは顔をまっかにさせて、お金ぶんはもらったからだいじょうぶと言いました。
ぼくなにもあげてないんだけどいいのかな。
□12月2日
今日は外が雪です。うちの中で本を読みました。
アツヤはもうたん生日のプレゼントのことをかんがえているみたいです。
ぼくはなにが欲しいかな。やっぱりサッカーのシューズがいいかな。
24日はクリスマス会もいっしょに、りゅう君たちがたん生日パーティーをひらいてくれるそうです。
うれしいな。たん生日がまちどおしいです。
□12月14日
今日は天気がよかったけれど、明日は午後から天気がわるくなるとお母さんが言っていました。
試合は午前中なので、その時は晴れるといいな。
明日はサッカーの試合があるので、アツヤといっしょにがんばります。
さいきんはひっさつわざの特訓がいそがしいです。
ぼくはディフェンダーなのに、なんでアツヤとシュートの練習をしてるんだろうと思います。
でももうちょっとぼくとアツヤのひっさつわざができそうです。
わざの名前はまだひみつです。
でもアツヤの中のカッコいい動物ってオオカミだったんだな。
□ 月 日
□ 月 日
□ 月 日
―――以下白紙が続きます。
そうして士郎はぱたりとノートを閉じた。12月14日以降が書かれていない理由なんて解り切っている。
こんな所に仕舞い込んでいたのかと、押入れの奥底から引きずり出したダンボールを眺め、荷造りで疲れた首の骨を鳴らした。
四月から大学生となる吹雪は生まれ育ったこの土地を離れる決心をした。
主に壁になっていたのは金銭的な問題だったが、推薦を貰えたお陰で大学では猫の額ほどの金額だが学費免除を受けられる事になったし、住居も大学の近くに格安の物件を見つけた。
家を見つけ後は直ぐに近くの喫茶店でアルバイトの面接もして、一発でそこに決まった。
個人的にはキッチンを希望したのだが、若い店長の強い勧めでホールスタッフになりそうだ。
顔がいい人は積極的に看板になって貰いたいからね。
店長は初対面でもあっけらかんとしていて、嫌いなタイプではなかった。優しそうな、喫茶店そのままの雰囲気の人だった。
一人暮らしは最初周りの大人達に止められたが、理由は色々あったろう。
その中の最たる物が、吹雪のトラウマだったのは間違いなかった。
あの事故があって以来、吹雪は雪の落ちる音が駄目になった。
屋根から落ちる雪、吹き荒れる木々のざわめきの音ですら駄目なのだ。
吹雪を引き取った叔母夫婦も早々に気づき、雪崩を思い出させる音が怖いのなら雪のない地域に住んだ方がいいのではないかという話にもなったそうだが、吹雪のフラッシュバックはそれだけで済まなかった。
車のクラクション、衝突音のような雷、スリップ音。交通事故を思い出させる音は全て我慢ならなかっただった。体が震え、呼吸が不規則になり、思い出したくない映像が過ぎる。
今は良くなったが、事故当時、小学校の頃など友達の助けがなければ登下校の道すら歩けなかった。
ならば友達のいる北海道を離れるべきではない。
事情を知っていて、なおかつ快くサポートをしてくれている友達の傍にいる方が士郎のためだろう。それが最終的な叔母夫婦の判断であり、吹雪は十八の今まで北海道で暮らした。
その間、人に好かれる術は貪欲に学んだ。
人の助けがなければ生きていけない。それは自分自身自覚があったから、とにかく人に嫌われないように、人に好かれるようにと暮らしてきた。
嫌いな人にも笑顔で接した。
自分は嫌いな人というカテゴリーを作ってもいい人間じゃない。そう思っていた。この世に生きる人間全員に頼ろうと思っていた。
劇的に変わったのは中学二年生の時、彼らが北海道を訪れたから。
雷門イレブン。
彼らが北海道という空間でのみ有名だった、全国区ではほぼ無名の吹雪の情報を知り、その情報を頼りにやって来てくれた事は奇跡に近かった。
不動のエースストライカーである豪炎寺がもし在籍したままであったら、彼らはそもそもフォワードをを探さなかったかもしれない。
その情報を嘘だと誰かが言ったなら、北海道まで来なかったかもしれない。
自分の実力が彼らの設定したハードルに届いていなかったら、そのまま帰ってしまったかもしれない。
今、吹雪が一人で生きていこうとしているのは、一人で生きていけると希望が持てたのは、雷門イレブンと出会えたからだと確信を持って言えた。
全国を回って世界に行って様々な物や人や環境と出会って。
自分でも誰かの希望になれる事を知った。
だから、生きて、そして生きていけるのだ。
「………連れて行くからね」
小学校の頃に書いた日記帳の隅に、当時は気づかなかったいたずら書きを見つけた。
汚い字だな、くすりと微笑みながらその文字を指でなぞる。
アツヤの字はあの時で成長を止めたけれど、士郎は進んでいかなければならない。
これからもずっと、色々な生活の隅でアツヤの事を思い出しながら、それでも士郎は生活していく。
思い出す。忘れる事はない。でも、側に居る事は出来ない。
士郎は一瞬だけ考え、後で書籍類と一緒に仕舞おうと、ノートを机の上に置いた。
(……さよならだなんて絶対に思わないよ。だって僕の中からずっと見ていてくれるって、約束したもんね)
士郎が存在する事がアツヤが存在している事に繋がると、あの時から思うようになった。
ただの自己満足かもしれない。
でも時々夢の中に出てくるアツヤは笑っているのだ。
今はその笑顔を信じていたい。
北海道はまだ寒い。
でもこれから住む東京の夏はきっと凄く暑いんだろうなと、楽しそうに吹雪を歓迎する仲間達の言葉を思い出しながら、吹雪は沢山の荷物の前でゆっくりと背伸びをした。