※先天的に双子が女の子です。





「なんでアツヤはそんなに胸の大きさを気にするの」

シンプルなエプロンを身につけ、フライパンの中身を混ぜる士郎の後ろで、アツヤはぶすくれながらダイニングテーブルに肘をついていた。

士郎は帰宅後すぐに部屋着に着替えているのに、アツヤは未だに制服のままだ。

まぁほぼ帰宅部のような調理研究部の士郎と、サッカー部に所属しているアツヤは帰宅時間から差があるのだが、もしアツヤが早く帰って来たとしても士郎が帰ってくるまで制服でいるに違いないと断言出来た。

アツヤは制服でコタツに入り、シワが寄るのも気にせず惰眠を貪る事を厭わない。

スカートの下にスパッツを履いてはいるものの椅子の座り方はなんともはしたなく、しかし注意した所で直りはしない事を士郎は知っていたので特に言及はしなかった。

「…つーかそんなの姉貴に関係ねーし」

「関係あるよ。そんなにぶすーっとした顔とご飯食べたくないからね」

「ふん」

「なんなら今度一緒にブラ買いに行く?きちんとした物を買えばスポブラよりはおっきく見えるよ?」

「見かけの問題じゃねぇんだよ!」

じゃあ何、実寸の問題?
士郎は首を傾げながら油のはねるフライパンの中身を勢いをつけて返した。

「今までそんな事気にした事なかったのに……急にどうしたの」

士郎が言うと、アツヤはテーブルを拳で叩きながら、恥ずかしそうに吠えた。

「だから、あいつが胸はでかい方がいいって言ってたのを聞いたんだよ!」

「え、あいつ?誰?」

「染岡だよ!」

士郎はそれを聞いて、一瞬で渋い顔になった。

「……いやそれはないと思うけど」

「なんで解るんだよ!」

「えぇ…だって染岡君でしょ?アツヤがどう聞いたのか解らないけどさ、多分その時の話題に合わせてただけだよ。それにもしそうだとしてもカップの大きさでぎゃあぎゃあしてるだけだから、実際の大きさなんて知らないって。まぁ中学生だもんね、大きさの話ぐらいなるよ」

「姉貴も同学年だろ……」

ある意味達観した物言いをする士郎に、アツヤは悔しそうに目を細めた。

「それに姉貴はでかいからそんな事言えんだよ。サッカー部の連中言ってたぜ。アツヤのねーちゃんは牛みたいだって」

「……アツヤ?」

士郎からぶわりと静かな怒気が溢れるのを感じて、アツヤは椅子を鳴らして怯んだ。

「それは褒め言葉じゃないからね?」

炒めていた火を止め士郎が近付いて来た時一瞬叩かれると覚悟したアツヤだったが、士郎はダイニングから出て廊下に置いてある家電の受話器をあげた。

少しだけサッカー部の連絡網を指で辿り、ある番号をしっかりとプッシュする。

「――もしもし豪炎寺君のお宅ですか?…あ、吹雪だけど。うん、士郎の方。うん、ちょっと聞きたい事があって」

アツヤは豪炎寺、というフレーズを不思議がりながら会話の終了を待った。流石に盗み聞きはいけないだろう。それぐらいの分別はある。

机に突っ伏していると、電話が終わったのはきっかり二分後だった。

「じゃあよろしくね。また明日」

パタパタとスリッパを鳴らして戻る士郎にアツヤは声をかけた。


「なんだよ姉貴、豪炎寺の奴とつき合ってたのかよ」

アツヤは自分を牛と称したサッカー部の輩を豪炎寺にボッコボコにしてもらうのか、と考えたが、士郎はキョトンとしながら首を振った。

「なんでそうなるの。違うよ。もしまたサッカー部でそういう話題になった時、ちょっとこうね。…止めて貰おうかと思って」

士郎は右手で拳を作り、左手の手のひらにばしんと叩きつけた。
これは本気で怒っている。

「部の中で発言力があって、女の子の気持ちが分かって、状況判断が出来て、より部員から怖がられているのは豪炎寺君でしょう?妹いるし、身を置き換えたら他人事じゃないだろうからね」

「そういうもんか?」

「…アツヤは胸の大きさ気にするより、それを話題にされる女子の気持ちを知った方が良さそうだね。本当だったら豪炎寺君じゃなくてアツヤが止める役目のはずなんだけど」


暗に“もっと女の子らしくなれ”という姉の言葉にアツヤはますます面白くなくなる。


だってアツヤは知っているのだ。染岡の想い人が誰であるかを。

しかし知っていたとして、なんだと言うのだ。

そうだとしても。
いやだからこそ、好きな人の理想にもっと近付きたいという想いこそが、姉が言う所の女の子の気持ちじゃないだろうか。



「ほらアツヤ、早く着替えて。制服にソース付いたら悲惨だよ」


士郎はそう言って、作っていた料理を大皿に盛った。

士郎の料理は大雑把だが、それは家庭料理だからであり、きっときちんと手間をかければ料理本に掲載されているような盛り付けも出来るのだろう。

味も美味しいと、親類や友人のお墨付きだ。


今日の夕飯である肉が七割の名目野菜炒めが食卓の上で湯気を散らし、空腹で帰ってきたアツヤにはその誘惑に抗う意味はない。


「………着替えてくる」

「うん。待ってるからね」



ニッコリと振り向いたその笑顔を見ながら、一生姉には勝てないのかもなと思う。

しかしそれでも姉を嫌いになれない自分は周囲が言う所の“シスコン”であり、ため息混じりにアツヤは『姉貴は姉貴だもんな』と私室までの廊下を歩きながら一人ごちた。










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