※『孤島の姫君』パロ。この作品の設定で話を進めています。





「吹雪は止めておいた方がいいぜ」

半田にそう言われた瞬間、染岡は自分の見ていた物がそんなに分かりやすかったのかと表情筋をひくつかせた。

広大な敷地の中にいくつもの学部を置く学院だ。
基本的に自分の研究棟以外に行く必要のない学生達にとって、違う学部の生徒と出会う場所は講堂や庭園、図書館などと限られている。

染岡と半田はその数少ない出会いの場である共同食堂で、格安と定評のある昼食を各々つついていた。

半田の目の前には洋食Bのプレートランチがあり、スパゲティーを口に運んだ後行儀悪くフォークを指揮棒のように振った。

「……なんだそりゃ、どういう意味だよ」
「あー…染岡って出身どこだっけ。青?」
「いや赤だ。穴熊の都の…東の方」

染岡は半田が青い星の都出身だったと知っていたため、東の方だと曖昧に答えた。

正式な地名を言ったとしても、赤と青の都の和平協定からはたった数年。地図すら手に入れられない世間で地名は無意味だ。

赤い穴熊の都は、数年前に青い星の都に侵攻し、そして一日の戦いで青の王を捕らえた。農業国であったため青は抗う術すらなかったのだ。

しかしそんな圧倒的な兵力差にも関わらず、二つの都が紡いだのは支配ではなく和平協定。

青も赤も首を傾げる顛末だったが、今となってはそれも良かったと両国の大多数の人間が思っている。

最近は学生や旅行者の行き来は割と自由になってきているが、文化の違いなどはまだまだ強く感じられた。

「赤出身なら知らないのも当然か。…人づてに言うのはどうかと思ったけど、まぁ一応忠告。吹雪はさ、竜人族なんだよ。純血の」
「……は?」
「嘘じゃないからな。アツヤも士郎も公言してるから、知ってる奴は多いと思うぜ」
「……竜人族なんてただのおとぎ話だろうが」
「赤ではそうかもな。でも青では当たり前の話なんだよ。だって亡くなったお后様が竜人族で、たった一人の青の姫君は竜人の島で暮らしてるんだから」

半田は頷きながら一人ごちた。


――竜人族とは、竜になれる民の事を言う。

彼らは人間と造形は酷似している物の、自分の意志で姿を凶悪で巨大な異分子へと変化させる事が出来る種族だ。

竜人族と人間の交配の仕方は同じだ。しかし人間とは絶対的に異なる成長過程を持っている。

産後双胎。
彼らは一人で生まれた後に、産後双子になるのだ。

片方が受精卵の存在ではないのだから正式には双子とは言わないのかもしれない。

しかし彼らは獰猛な竜の部分を制御する為に、竜の部分を母胎の中で分かれて生まれてくる。

そしてその人の部分と竜の部分が成長する段階で協調しあい、優れた方に吸収され、いつしか一人の大人になっていくのだ。竜の部分だったものは小さな箱に入れて。


「つまりはな、今はまだいいけど、数年後にはアツヤか士郎のどちらかが消えるって事なんだよ。どっちかは解らないけれど、確実にな」

だから不毛なんだ、と半田は言った。

「吹雪はあぁいう容姿だろう?割と人気はあるんだよ。でも誰も告白しない。だってそうだろ?もしかしたら自分の好きな相手の方が数年後には消えるかも知れないんだからな。……ってすげぇ顔だな、染岡」
「……オレは一言もあいつが好きだなんて言ってねぇぞ」
「ばっかだなぁ、目は口ほどに物を言うんだぜ?そんな事言うならずっと目ぇ閉じてるんだな」

半田はけらけらと笑った。そして一度だけ手を打つ。

「それじゃごちそうさん。オレは次のコマ第二棟だから先に行くわ。――じゃ、なかなかチャンスもないだろうから、染岡はゆーっくりと食事中の吹雪を眺めてろよっ」

若干おちょくったように皿を持って立ち上がる半田に、染岡はうるせぇ、と毒づいた。

目の前には半分だけ食べ終わった昼食。そして半田がいなくなった席の向こう側には、友人と談笑している吹雪士郎の姿があった。


(……どちらか、が)

その時染岡は完全に箸を置いて、良く解らないもやもやを小さく噛み殺していた。







「ごめん、ここいいかな」

図書館で声をかけられて振り返ると、吹雪兄弟の兄の方が数冊の本をかかえて微笑んでいた。

染岡は目を見開いて唾を飲む。
他学科の学生と会話する事などほぼない警官学科の染岡にとって、こんな至近距離で吹雪を見る事が、そもそも会話する事自体が初めての事だった。

「読書中にごめんね。でも自習教室が全部空いてなくって……図書館もこの通りだし。相席でもいいかな」

確かに周囲はぱらぱらと席が空いてはいるものの、いつもより混んでいるのは確実だった。何処かの学部が試験でも近いのだろう。

染岡はただ暇つぶしで本を読んでいただけだったので、学業優先とばかりに席を立とうとした。

「じゃあオレは…」
「あ、いいんだよ居てくれて!先に居たのに申し訳ないし!」

吹雪はぶんぶんと手を振った後、手を握りながら呟いた。

「…それにちょっと話したかったし」

吹雪は言って、染岡の左隣の椅子を問答無用で引く。そして驚く染岡の横で実はね、と切り出した。

「この間竜人族の話題を半田君としてる時、染岡君達の近くにアツヤがいたんだ。あ…、僕の弟ね。だからさ、聞いちゃったんだよ」

吹雪が言いづらそうに苦笑する。

「染岡君、が僕らのどちらかを好きっていう話」
「は!?」
「ううん!否定したいのは解るよ!ごめん、ほんと。冗談だなって事は解ってるんだけど。アツヤがちょっと僕に対して過保護過ぎるっていうか、君に喧嘩売りそうな雰囲気だったから、先に忠告しておこうと思って」

アツヤ喧嘩強いから見かけたら逃げてね、と吹雪は髪を耳にかけた。

「それに…竜人族の話題、秘密じゃないけどアツヤはあんまり人にされるのは好きじゃないんだ。…変な目で見られるのが嫌なんだよね」
「変な目…って。見ねぇよ別に。少なくともオレはな」
「え?」
「オレも血が混じってるんだよ」

吹雪が目を丸くした。

「お前と違って四分の一だけだけどな。母方の祖母ちゃんが竜人族なんだ。竜吾、って名前も祖母ちゃんがつけた。…ま、誰にも言ってねぇんだけどな。オレはもう随分と人間に近いみたいだしよ」
「そうなんだ…納得」

でもなら解って貰えるかな。吹雪は力無く笑った。

「僕らにとって、成長した時にアツヤが残るか僕が残るかは問題じゃないんだ。だって僕らは元々一緒の存在だから。でもね、感情は違うんだよ」
「……」
「一人の人格の中の相反する感情を僕たちはそれぞれ担ってる。そして反発したり協調したりしながら、僕らはいつしかどちらかに吸収される。……後数年の内に、僕たちはひとつになる」

遠くを見つめる吹雪に染岡は返す言葉が見つからず、相槌だけをした。

「――そうか」
「うん。僕らは絶対にどちらかが消えるよ。でもその前に言いたかったんだ。あのね――…吹雪士郎が好きなのは、染岡君です」

吹雪は真剣な顔で染岡を真正面から見た。
白い皮膚が震えているのは緊張か、武者震いか。なんだ見た目より余程男らしいじゃないか、というのが染岡の感想だった。

「僕は染岡君の事が好きです」
「……」
「それだけ、言いたかったんだ。ごめんね」

そしてそのまま立ち上がって去ろうとする吹雪の腕を、染岡は慌てて捕まえた。

「ちょっと待て。その言葉にオレは返事をしていいのか?」
「……え?」
「好きだ、って答えていいのかって聞いてんだよ!」

染岡の怒鳴り声を聞いて、吹雪は一瞬で真っ赤になった。染岡が言った言葉はそれがそのまま返事だ。

二三度目を瞬いてから、吹雪は数度、首を縦に動かす。

「……嘘みたい」
「嘘なんか言わねぇよ」
「うん、そうだね。でもやっぱり嘘みたいだ」

吹雪はくしゃりと困ったように染岡を見た。

「竜人族はね、二つ身を卒業しなくちゃ恋をしちゃいけないんだよ。その恋心がどこに行くのか解らないから」
「………」
「もし僕が吸収されて、アツヤが残ったとしても、その中に僕はいるよ。そしてその逆もある。僕らは二人で一つだ。でもね、好きになった人は別なんだ。だから好きだって伝えたかったし…伝えたくもなかった。ほんとはね」

吹雪がぎゅっと両手を握った。

「アツヤが好きになった人と、僕が好きになった人は別。だから解らないんだよ。統合した後にどうなるのか。……普通竜人族は二つ身を卒業するまでは島から出ないからね」

前例がないんだ、と呟いた。

「だからこれはただの言い逃げかもしれない。染岡君の返事を貰えて嬉しい。でも、解らないんだ。統合した後、君に好きだって言えるかどうか」

不安そうに表情を曇らせる吹雪に、染岡ははっきりと告げた。

「そんな先の事オレはまだ気にしてねぇよ。気にする必要もねぇ。だから今は素直に喜んでおけよ…両思いなんだぞ」
「染岡君…」
「オレはお前が竜人族だと知っていて好きになったんだ。意味解ってるか?」
「………うん」
「統合した時にはまた確かめあえばいいだけだ。そうだろ」
「うん」
「お前から好きって言ったんだ、簡単な気持ちじゃ引かねぇぞ。オレは」

染岡は血が出そうなくらい握りしめている吹雪の手にそっとれながら言った。



「オレだって、ずっと前から好きだったんだからな」










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