「南雲君は似てるのかもしれないね」
吹雪はあの何も考えていなさそうな、しかし捉え方によっては策略を張り巡らせている小悪魔のような可愛らしい顔で、ほぼ目の前と称していいぐらい近くにいる南雲に言葉をかけた。
吹雪のふわふわした銀糸に反射する日光に気を取られていた南雲は、一瞬だけ反応が遅れ、そして吹雪が口にした台詞の意味を飲み込んで眉をしかめた。
「………はぁ?お前何言ってんだ?」
「うん、話し方とか、眉のしかめ方とか、歩き方とか、胸の張り方とか、凄く似てる。いいなぁ。でも顔は似てないけど」
「だぁかぁらぁ、誰に似てるっつーんだよ」
自己完結をしてしまい全く相手に意図を伝える気のない吹雪のデコを腹立ち紛れにぐりぐりと殴ると、いつものようにへにゃりと眉を下げながら吹雪は、痛いよ、と小さく鳴いた。
「う、南雲君ヒドい…」
「オレは酷くねぇ。お前が意味わかんねぇ事言うのが悪い」
「あれ?僕、意味わかんないかな」
「……頭おかしくなったか?」
「なってないよ。…多分」
自信がなさそうに言う吹雪から手を離すと、押された部分を摩りながら「…なるかもしれないけど」と物言いたそうに横目で見つめた。
「いっくら殴られたってバカにはなんねーよ。だったらなんだ、ボクサーは皆バカか?違うだろ」
「…そういう事を言いたいんじゃなくて…、…まぁいいや。でもそんな所まで似てるんだね。卑怯だよ南雲君。怒れなくなるもの」
「んな理由……つーかお前が怒る時ってあんの?」
「あるよ。すっごい。だって僕はわがままで、欲しがりで、嘘つきだからね」
「…そうは思えねぇけど」
「そうなんだよ」
南雲君が知らないだけで。
吹雪はにっこりと微笑んだ。
「例えば……南雲君が僕以外の人に好き、って言ったりしてたらスッゴく怒るよ?それにもしかしたら泣いちゃうかも」
「――――、マジで?」
「……ふふ、嬉しそうだね」
吹雪はへにゃりと笑って、生息地である北海道の雪の白さを模したような指を近づけ、躊躇う事なく南雲の頬に触れた。
スポーツ選手のようではまるでない、白魚のような冷めた指につぅ、と撫でられ思わずぞくりとしてしまう。
そこに性的な意味合いは皆無だと知っていても背筋が痺れた。
組み敷きたいと欲望を抱く相手がいて、シチュエーションがあって、なおかつ相手からの好意を知っているにも関わらず数ヶ月手が出せていないと知られたら、涼野にも基山にもヘタレ認定されてしまうに違いない。
しかし南雲は不安なのだ。この感情が本当に世間一般で恋と呼ばれている物なのかを南雲は知らない。
相手の動作にときめくとか、会えなくて寂しいとか、それらをこの感情は伴わないのだ。
ただ側にいて欲しくて、笑って欲しくて、自分の物になって欲しい。
基山に言わせればオレはドがつく程の鈍感らしいが、仕方ない、彼に触れようとすると怖くなるのだ。
触れた後も、触れ合った後も、彼を好きだと言えるのだろうかと。
「………吹雪」
「ふふ、ゴメン。可愛いって思っちゃった。気を悪くした?でもね、本当にね、」
吹雪は白地に朱色をほんのりと乗せて、満面の幸せを南雲の瞳に映した。
「南雲君、アツヤに似てる」
言われた瞬間、嘘偽りなく心臓が止まったと思った。
数年前に亡くなった彼の弟の名前。未だ彼の内に住まう、一個の人格の名前。
彼の最愛の、想い人の名前。
はく、と言葉を失う。
彼に似ているという意味を必死に考えた。しかし油を注して脳内を回転させても、燻るのは知恵熱ばかり。
南雲は恐る恐る、ある疑問を口にした。
「……吹雪はオレの事好き?」
「?もちろん好きだよ」
吹雪は笑う。
生きていく上で笑う事が当たり前な業のように、吹雪はどんな時も義務のように笑う。
あぁ彼はなんて嬉しそうに、そして心底死にたそうに、美しく儚く微笑むのだろうか。
「…オレも吹雪が好きだよ」
言うと吹雪がへにゃりと笑って愛おしい物に触れるように南雲に抱き着いてきたが、南雲はその優しい温度を抱きしめたままでも、彼が自分の何処を好きになってくれたかなんて恐ろしくて聞けやしなかった。