「……それで?」

きょとんと目を丸くする吹雪が存外可愛らしくて、円堂は一瞬だけ両手を握り込んで怯んだ。

しかしその愛らしさは、狩猟者を惑わす為の野生の知恵と同じ物だと決意を奮い立たせ、一寸低い目をしっかりと見据える。

見据えないと、心根で既に負けてしまいそうだった。


「だから、なんで殺したんだよ」

「……ころす?だれを」

「だれを、って……」


円堂は茫然とした。

だって死体は目の前にある。吹雪がこいつを殺したのはほんの十数分前の話だ。

左右に眼球が入り、それが各々正常に機能しているのだとしたら、見えない筈がない。


「だれを…?」

吹雪が自分の唇に手をあてて呟く。

それはまるで幼児が飛行機を見上げるが如く、心底不思議そうな表情だった。

円堂はその姿に怖気だち、自身の背筋に走る感覚が決定打を与えた。


吹雪は本当に、人を殺したという事を理解していない。


「吹雪、お前……」


かける言葉が見つからなかった。

いつの間にここまで壊れてしまったのだろう。
いつの間に、ここまで壊してしまったのだろう。

何がきっかけだったかなど解らない。
しかし現に、吹雪は見えなくなってしまった。

自分が必要としない物、自分がいらないと思う物が見えなくなってしまった。



「……あぁ、そうだね」


吹雪はにっこりと微笑んで、持っていたサバイバルナイフの存在をすっかり忘れたように、開いた手の平からぼとりと落とした。

吹雪の真っ白だった筈の手は、ナイフの刃を伝った血で真っ赤だった。


「思い出したよ。僕は、誰よりも、君を殺したかった」

「──」

「他の誰が思っているよりも僕の方が君を殺したいと思っているし、この世に人間なんてゴキブリのようにいるのに、その中の誰よりも君に刃を突き立てたいと思ってる。なんでだろうね、憎くはないのに」


クスクスと、吹雪は嬉しそうに目を細めた。

嬉しそうに。楽しそうに。解放されたように。

自分が殺した死体の血溜まりに靴底を染めて。



「吹雪………」



呆然と立ち尽くすオレに、吹雪は子供のように抱きついた。
そして耳元で呟く。






──あぁ、やっと



きみだけがみえる。










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