他人からは盲目的に傾倒しているように見えたのか。

佐久間にとって鬼道はどういう存在なのか、とは色んな人間から幾数回質問された事があって、その度に佐久間は「尊敬出来る人」だと答えてきた。

事実それは真実で、違えた事などない。


初等部の頃から噂は聞いていた。
あの影山総帥に才能を見出だされ、後継に困っていた鬼道財閥に養子として迎えられた孤児院の子供。

母親達はこぞって異口同音のような噂をしていたが、内容は「あの影山さんが選んだ子供なら」か「どこの血筋かも解らないのに。失敗したらどうするつもり」に二分していた。

後者は、失敗したら次を選べばいいとも言っていた。


この業界で上手く生きるに辺り、大人達は表立って鬼道の名を馬鹿にはしなかった。

すでに有人は正式に鬼道家に組している。有人を嘲る事はそれ即ち次期当主を嘲る事になり、制裁の対象になる事には違いなかった。

そもそも影山の手腕や鬼道の現当主を信じるにしても、急に現れた有人自身の才能を大人達は計り損なっていたのだろう。


その証拠に、やっかむような噂が鳴りを潜めたのは、鬼道が頭角を現してすぐの事だった。


常に成績一位はもちろん、初等部入学当初、何年か上の先輩をサッカーで陥れたのは有名な話だ。

陥れたとは言っても、技術でも采配でも才能でも勝っているのが解った上で、その先輩にサッカー勝負を挑んだ程度の事だ。

先輩はスタメンから、鬼道は二軍からメンバーを選ぶという条件で、最初は不平等な試合だと思われていた。しかし結果はそうではなかった。


蓋を開けて見れば鬼道の圧勝。

二軍の部員達もまさか自分達がスタメンに勝てるとはといった風で、将に違いがあれば自分達の能力は格段に上がると、部員が鬼道を“統治者”の目で見始めたのもその頃からだろう。

実力主義の帝国だ。その先輩はサッカー部を去らざるをえなかった。
そしてその先輩は、サッカー部のキャプテンだった。


頭の回転が早く、人を見る目があり、適材適所に割り振る事に関しては大人以上の能力がある。

佐久間はその時、芝生の外から感嘆の溜息をついていた。

掛け声、命令、仕種、技。
鬼道のそれら総てが完璧に見えて仕方なかった。この人の下でサッカーがしたい。この人と一緒なら絶対に強くなれる。

結局の所佐久間はその時から魅入られていたのだ。



佐久間にとって鬼道は尊敬している人物だ。敬愛、傾倒。言葉はなんだってあった。そのはずだった。

しかしある時、佐久間は問われた。


――佐久間にとって、鬼道はどんな人間に見えるんだ?


そんな質問をされたら、佐久間が今まで口にしてきた言葉はあまりにも意味のない物になった。


どういう人間か。
それは容姿であり人間性であり生まれであり、鬼道自身を問う、それだけの質問だったが、佐久間は呆然とした。

容姿の事だって人間性だって生まれだって、佐久間は答える事が出来る。


しかし佐久間は、鬼道がどういう“人間”であるかを答えるすべを、当時は何一つとして持っていなかった。





「…………」

佐久間の前にはにっかと笑い、既に大盛りにコンボされたデミハンバーグを平らげたくせに、再びメニューと睨み合いを始める雷門中サッカー部キャプテン、円堂守の姿があった。

よく食べるなと、感心半分呆れ半分で佐久間は目の前のアイスティーのストローを回す。

溶けかけた氷は浮上し、既に冷却の意味は果たしていない。
大分薄まっているだろうグラスは、来た時の量とあまり変わりはなかった。


「佐久間!これも頼んでいいか!?フローズンスタロー…スターベ?」

「……いいから頼め」

「サンキュー!」

円堂は備え付けの呼出しボタンは押さずに、隣の席の食器を下げに来たウェイターに声をかけた。
ウェイターは笑顔を崩さず注文を取り、大量の皿を華麗に両手の盆に乗せて去って行った。職人芸である。


「でも本当にいいのか?こんなにご馳走になって」


食べた後に言う言葉ではないと思いつつも、佐久間は否定のために手を振った。


「別に大した金額ではないし、こちらとしても条件は出したしな。――その秘伝書、確かに鬼道さんに渡してくれればそれでいい」


鬼道によって封じられた必殺技はあの二つだけではない。

影山によって開発され、完全に技として完成したのがあの二つだっただけであって、開発途中の物はいくつもあった。

完璧主義者の影山が途中で放置したという事は、その必殺技が完成したとしてもそれなりの威力しかないと判断された物なのだろう。

しかしその開発途中の物ですら、危険性は他校の必殺技より圧倒的に高かった。

聡くずる賢い影山の事だ。
こちらで破棄したとしても、影山の脳内には既にインプットされているのだろう。

処分するより転換を。
有用性はある。皇帝ペンギンのように、自分達の物にしてしまえばいいのだ。


まぁその転換を自分達はやり切れず、帝国とはもう関係がない鬼道に託す事に対して佐久間が酷く自嘲すると、源田が渋い顔をしたのだが。


「鬼道に直接渡せばいいじゃないか」


円堂が至極当たり前な事を言い、言われるだろうなと思っていた佐久間は苛立たしげに頬杖をついた。

「こんな事で鬼道さんの手を煩わせたくない」

「こんな事…って大切な物じゃないか。それに鬼道は煩わしいなんて思わないぞ」

「………そうかもな」


でも、そうじゃないかもしれない。それは言わず、佐久間は口をつぐんだ。


人から見た自分など一生知る事はない。

鬼道にとって帝国は、そしてチームメイトの自分達はどういう存在だったのだろうと考え、しかし佐久間は早々にその思考を止めた。

答えは鬼道からしか与えられないし、それに例え「大切だ」と言われようとも佐久間は信じないだろう。

だって、鬼道が今いる場所は帝国ではない。

雷門に行った。雷門を選んだ。帝国は捨てられた。
不動が言った言葉があながち間違いではなかったからこそ、自分達は惑わされたのだ。


何が駄目だったのだろう。
どうしたら良かったのだろう。

鬼道がいなくなった帝国サッカー部を、佐久間は鬼道のように上手く治められない。

出来ないのだ。
きっと。
後ろ姿を見ていただけで、同じ目線に立とうとしなかった自分には。



「なぁ…お前にとって鬼道さんはどんな人間に見える?」


佐久間は問い掛ける。
嫉妬のようで厭味のようで、でもただただ素直に気になった。
自分ではない、帝国ではない目は何を見るのだろう。

円堂は佐久間の晴々としない気持ちを知ってか知らずか、からりと明瞭簡潔に言い切った。


「鬼道はサッカー馬鹿だな!」

「………は?」

「サッカーが大好きでサッカーで頭がいっぱいで何をするにしてもサッカーが一番っていう奴をサッカー馬鹿って言うんだってさ。オレもそうだって言われたけどさ、鬼道も相当だよな!」

「…………簡単に言い切るな、お前は」


苦笑しながら言うと、円堂はその発言こそ不思議だとでも言うように首を傾げた。


「簡単だろ?だって難しく考える必要なんてないじゃないか」

「――――、」

「鬼道はサッカー馬鹿で、妹思いで、家がでかくて、頭がよくて、時々スパルタになる凄い奴。オレが知ってる鬼道はそういう奴だよ。佐久間は違うのか?」


佐久間は面食らって言葉を飲み込み、そしてその言葉の意味をゆっくり反芻してから力無く笑った。


「………いや、違わないな。鬼道さんは帝国にいた頃からそういう人だったよ」

「だろ?」


円堂は当たり前のように笑う。

佐久間はその笑顔を見て無性に泣きたくなりながら、鬼道が追った円堂守というライバルを、少しだけ理解した気がした。






「オレは難しく考えない事にした。だから秘伝書はオレが直接鬼道さんに渡しに行く」

雷門の円堂に会いに行った筈の佐久間が何故か背後で仁王立ちし、先の言葉を何かの宣言のように言い捨てた。

言われた源田は呆然と佐久間を見つめて、ようやっと出迎えの言葉を返す。


「佐久間……おかえり」

「あぁ」

佐久間の顔は人が見たら怒っているように感じられるが、源田は長年の関係からそれが照れ隠しの表情だと知っていた。

源田はすぐに何かに思い当たり、嬉しそうに破顔する。


「そうか、良かった。じゃあ佐久間、オレも一緒に鬼道に会いに行くからな」

「………オレ一人で十分だ」

「オレも鬼道に会いたいんだよ」


も、に意味を込めて言うと、それに気付いた佐久間が苦虫を噛み潰したような顔になった。

源田は笑う。
覆水は盆に返らずとも、再び水を貯めるのにあまり多くの時間がかからなかった事が、源田にとっては限りなく嬉しかった。










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