吹雪は自分より身長のある鬼道の胸板に頭を寄せ、同学年の男子より多少軽い体重をその腕の中に移した。
不安にかられ右手で鬼道の服をより強く握り締めると、その行動に呼応したように吹雪の背中に回された腕が鬼道の方に引き寄せられる。
人の鼓動を聞くと安心するんだ、と吹雪はその白い瞼をおろした。
二人の心拍数は正常値。
吹雪を脅かす物は何もない。
「――吹雪のサッカーセンスも、体力も、脚力も、何もかもが生まれた時に神様から贈られたギフトだ。しかしギフトはギフトでしかなく、勿論努力はしなければならない。でも才能は生まれつきの物だ」
「……」
「オレ達は祝福されている。だからここに居る事が出来るんだ」
ぽつぽつと、吹雪の頭上から降ってくる言葉は慰めの意味を持っている。
その染み込むような優しさに泣きたくなって、でも鬼道の前で流す事の出来るような綺麗な涙は、今の吹雪は持ち合わせていなかった。
自分はいらない人間なのだと吹雪が気付いたのは、もう大分前の事だったと思う。
でもこの世界に居続けたかった吹雪は必死に足掻いて、辛さに淀みながらも、吹雪自身のままで生きていけるだけの土台を作り上げてきた。
人に好かれるように、人に嫌われないように。
吹雪は笑う事が人より上手かったから、その表裏の願望に気付いた者は恐らくいなかっただろう。
でも涙を含みながら作った土台はどうにもやわで、ふとした瞬間に崩れ落ちそうになるのだ。
鼓動が欲しい。
生きている証の音が欲しくなるのだ。
「……なら、アツヤは祝福されなかったんだね」
「――――、」
「そうでしょ?だってアツヤは死んじゃったもの」
意地悪い質問である事は吹雪自身理解していた。
鬼道は頭が良いから短慮に慰めの言葉を吐く事はしない。だからこそ、この問いの答えは鬼道から貰いたかった。
ことりと押し付けた体がどう反応するのか待っていると、鬼道は悩んだそぶりも見せず、仕方ないんだと言った。
「アツヤは愛されたんだろう。だから他の奴より早く神様の元に行っただけだ」
「…愛された」
「そうだ」
「それは…随分強欲な神様だね」
「神は本来人間臭いものだからな」
その言い方や感情があまりにも鬼道らしくて、吹雪はたまらずくすくすと笑った。
笑われて訝しんでいるのか、鬼道の回りの雰囲気がそっと揺れて、それがまた吹雪にとっては好ましかった。
世界は祝福と愛に満ちている。
吹雪が強く強く耳を押し付けると、鬼道の鼓動の他にきちんと命を刻み続ける自分の鼓動が聞こえた。
それは吹雪の物でありながら紛れも無くアツヤの鼓動であり、十四年前に二分した片割れの、分かち合った血の音だ。
(………でも、)
聞きながら吹雪は思う。
ならば祝福されるのではなく、アツヤと同じように、自分も愛されたかったと。