あぁ愛しのオルグレイヴス。

私の恋心を確かめたいのでしたら、私の眼球をくり抜いてごらんなさい。

私はどんな痛みを与えられても、陥没した眼窩に憎しみなんて愚かな感情は宿さず、愛しさだけをもって貴方に手を広げる事が出来るでしょう。




『然有らぬ夜陰』 西祈々正志








黙読した文節を頭の中で反復した豪炎寺ははた、と動きを止めた。

夕暮れの橙が満ちる図書室の中で、真摯に読書に打ち込む者は少ない。
テスト期間中はいつもは足を踏み入れない連中のマナーの悪さに辟易していたというのに、それを過ぎ去ってしまえばまた同じようなメンツになっているが、本を読む事を目的にする者ばかりではない。

現に豪炎寺の他に真っ当に読書に勤しむ生徒は片手で事足りて、突っ伏して寝ている者が数名、ひそやかな声で談笑している者も少なからずいた。


豪炎寺は自分の中で定位置になっている奥まった席に座り、図書室の一部になる。
二階まで吹き抜けになった高さの窓から落ちる光に晒され、じんわりとした温もりの席で一冊の本を読む。

月日によって劣化した古書は紙が黄ばみ、独特の埃の臭いを漂わせていた。体裁は葡萄色に金箔。出版年月日は豪炎寺の生まれる前である。


(――オルカンティーラの愛し方は極端であったが、それ故に愛は愛になり、しかしそれは愛でしかなかった。か)


最愛の人に出会ってしまったせいで精神が病んでしまった少女と、眉目秀麗な劇団員の青年の愛憎劇は豪炎寺を楽しませる事がなかったが、とりわけ問題がある訳ではなかった。

豪炎寺にとっての読書とは知識を得る為の作業だ。歴史を知り思想を知り言葉を知る。その中に面白みは求めていない。

だから時々、内容を事前に知っていれば手を出さないような本にも巡り会うのだが、それはそれ。一度選んだ本を読み終えるのは、書き手に対しての豪炎寺なりの礼儀だった。


(……オルグレイヴスはオルカンティーラが信じられなかったんだろうか)


豪炎寺は愛していると訴え続けた、まだ齢十四の少女を思った。

物語の半ばにやっと到達した豪炎寺に、この本の結末が少女にとって幸福であるかどうかは知る所ではない。

しかし半ばだからこそ、重ね合わせている気持ちがあった。


(……オルグレイヴスは、吹雪に似ているな)


吹雪の周りに絶えない少女達の愛情は、決して吹雪に届く事はないだろう。

信じられない、と吹雪は言ったのだ。人から与えられる愛情を、自分は信じられないと。


吹雪は無くなってしまった愛情を知っている。永遠がないと気付いたんだと咽び泣いた。吹雪の胸に秘めているのは宛て先不明で肥大した心。


憐れにもなる。
彼女達は吹雪の表層だけの好意や笑顔に惑わされ、殻の内の思いを手に入れる事はない。


(………もしも、)


豪炎寺は自分が不謹慎であると自覚していた。

永遠がないと吠えた吹雪を慰めたのは、彼に愛を向けられている宵の国の住人ではなく、たった今彼の前で生きている自分だったからだ。


(………もしも、オレが、好きだと言ったなら)



吹雪を愛していると言ったなら、オルグレイヴスの救いになるだろうか。

それだけをふと考えて、自分の考えのあまりの馬鹿らしさに笑った。


(吹雪はきっと、信じられないと言いながら泣き喚くんだろうな)


自分の真実の思いを信じて貰えなければ傷つく、それぐらいは俗物的だ。

しかしそれは絶望でありつつも、誰の物にもならないという確かな希望でもあった。






あの人を愛しているの

でも愛を初めてあの人に教えた人は死んだっていうのに

それを信じさせる術を持つ人なんて

この世の何処にもいやしないわ











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