厳かに命を奪っているきみは神様みたいだ。 久しぶりに古くからのメンバーだけで出陣したら、帰りが遅くなってしまった。 まだ帰路には遠い森の中で、姫様が「もう歩きたくな〜い!疲れた!おなかが空いたわ!」と言い始めて、かといって一国の姫を野営させるわけにもいかないので、たまたまナイト装備だったルートが姫様を馬に乗せて城まで送ることとなった。 「なんだか迷惑かけてるみたいで申し訳ないわ。」 「姫様のせいではないですよ!さあ、まだ日があるうちに帰りましょう。」 「俺らがふがいなくて遅くなっただけなんで気にしないでください。」 「姫様お気を付けて。」 「みんなも気を付けてね。」 「じゃあ、悪いけど先に帰らせてもらう。みんな気を付けて。」 「ルートも気を付けてなー」 と、そういういきさつがあって、俺と、ゼルと、ラットとスパイクの四人で森に野宿することになった。 寝る場所はまあ、そうはいっても全員しっかりと体を鍛えている兵士だ。どこでも構わない。ただ食べるものと火がないので、ラットとスパイクは薪と寝床によさそうな場所を探し、俺とゼルは食べ物を狩りに行くことになった。 「よろしくお願いしますね。魔術の材料としてハーブと塩と水くらいなら私が持ってますので、今晩だけならなんとかなるでしょう。火も魔法で熾せますしね。あ、いい場所を見つけたらそこから魔法で狼煙というか、合図を送りますから、それを目印に来てください。」 「てことだ。あと俺は肉が食いたいからよろしく。大車輪で薪めっちゃ作っとくから。」 スパイクとラットがそう言って、俺達は二手に分かれることとなった。ゼルが城に来る前、野生の動物を狩って生活していたということはみんな知っているし、俺たちが付き合っていることも合わせてスムーズにその人配となった。 +++ スパイクとラットと分かれた森の中で、ざくざくと雑草や小枝を踏みながら進む。 「川の近くに行けば鳥とかがいると思う。今日この森を歩いてた途中、小川を見かけたから、そっちに行こう」 とゼルが先導して歩いてくれ、彼の言う通り少し歩いただけで小川を見つけた。 もう薄暗いのでなかなか獲物を発見できないのではと思ったけれど、「ジョニーに木の根元で剣を振るって振動を起こしてもらったら、木にとまっている鳥が飛び立つはずだから、俺がそれを狙い射るよ」と言われ、その通りにすると本当に木で羽を休めていたのだろう鳥たちが何羽も飛び立ち、ゼルがあっという間に弓矢でその鳥達を射て、一度に三羽も仕留めてくれた。 ゼルは慣れた様子で射落とした鳥たちを集め、川べりにあぐらをかいて座り、羽根むしりと血抜きを始めた。 振動を起こした以外なんの役にも立ってない俺は心底感心しながらゼルの隣に座ると、ジョニーはこいつらの羽根むしって、と鳥を二羽俺によこしてくれた。 「ホント、相変わらずすごいね。俺には真似できないよ。」 「へへ。まあ、ずっとこうやって暮らしてたし。狩りなんて久々だったけど、城で習ったおかげで弓は昔より断然うまくなってるし、今ならこっちでやってくにしても困らなそうだわ」 そう冗談を言いながらゼルは矢じりの部分で器用に鳥をさばきはじめた。首を落として血を抜き、腹を開く。ゼルの手際に感心しながら隣で見守っていると、ふと彼が作業を止めて俺を見た。 「あのさ、気持ち悪いかもしれないんだけど、心臓食べていい?」 「え?」 「鳥の心臓。いっつもさ、内臓取るときは食ってたんだよね」 「どうして?生のままで?」 「うん。」 ゼルの突然の申し出に俺は困惑した。しかし、基本的に自然を重んじる生き方をしている彼のことだから、何か理由があるのかもしれない。少し考えて、返事する。 「・・・ゼルの住んでた場所ではそういう教えがあるのか?」 「いや、別に。まあ父さんとか母さんが自然に感謝しろってよく言ってたのもあるけど、これは俺の勝手な自己解釈。」 そういうと彼は先ほど矢じりで切り開いた鳥の胸に指を差し込み、ぐちゅりと心臓を取り出した。 「自己解釈・・・」 彼らしいと言えば彼らしいと思った。鳥の胸から、小さなハートともつかない赤黒い塊が取り出される。最初から食べるつもりで狩ったとはいえ、つい先ほどまで生きていた鳥の心臓がえぐられているという生々しさに俺は顔をゆがめそうになったが、ゼルがそれを口に入れるさまが、なんだかとても厳かに見えた。 自分がどんな顔をしていたのか分からないがゼルがこっちを見て言った。 「気色悪い?」 「・・・いや・・・」 返事に困っていると彼は俺が羽をむしった残りの二羽からも綺麗に心臓を取り出して口に入れた。 「まだあったかい。」 ゼルの、手袋を外した手はさばいた鳥の血にまみれていて、心臓を口に入れたせいで唇の端にも血が付いていた。その唇にキスしたいような気持にもなったけど、俺はそれを黙って指先でぬぐった。ゼルはなにも言わなかった。 心臓を口の中で転がしているゼルは何となく無感情で、その喉元がごくりと動いてそれを嚥下するのが分かった。 ゼルの、体の中に、今まで生きていた三羽の鳥の命が、確かにそこに入ったように感じて、なんだかドキドキした。 「神様みたいだね」 「ん?」 「なんだか、命を・・・飲み込んでる。」 「うーん」 そう言うと彼は少し考えるようにして口元を手の甲で拭ったけれど、手全体に血が付いていたので、あまり綺麗にはならなかった。 早く川で血を流せばいいと思う反面、その野生的な姿は彼にとても似合うと思った。 「でもさ、動物を殺して食べるなんてみんなやってることだよ。そうやって生きてるじゃん。みんなはさ、誰かがもう殺してしまった肉になったものを食べるから、忘れがちだけど、俺は直接、殺してた人だから、なんか、そういうの忘れたくなくて」 「そうか」 「っていうのを、昔から、やってた。実は。俺のこだわり。」 そう言いながら彼は小川のせせらぎで手を洗い、顔を洗って血を落とした。 「もったいないけど、キャンプじゃ内臓は食べづらいし、ラットはいけそうだけどスパイクとかお前とか、腹下すかもしれないし捨てよう。きれいにして肉だけ持ってくわ。」 「ゼルは心臓食べてお腹壊さないのか?」 「俺のハラは昔の貧乏生活のおかげで頑丈にできてるから、平気。」 そう言った彼に心臓を食べられた鳥たちは、みんな揃って小川で血抜きされ、内臓を処理され、それは立派な食料になった。 ゼルに殺されて食料にされた鳥が、彼の血肉になった鳥の心臓がうらやましくて、俺も、死ぬんだったら彼に殺されて心臓を食べられたいなあとぼんやり思った。 恋人に殺されたいだとか、食べられたいだとか。そういう感覚が、誰から見ても異常なのは分かっていた。付き合い始めの頃にそういう事をゼルに言って、ずいぶん負担をかけたと思う。最近は口には出さなくなったけど、でも結局俺はいまだに「そういう感覚」を捨てられないでいる。 「・・・ジョニー?」 ゼルが、黙りこんだ俺の顔を覗き込んだ。 はっとして「え、なに?」とごまかす。 「やっぱキモかった?」 「いや、ゼルらしいなって、思ったよ。」 「ふーん」 ・・・命を飲み込むゼルは神様みたいだった。 神様のような君に俺も心臓を食べられたいと思ったし、やっぱり彼に命を奪われたいと思うことをやめられない。 「よっしゃ!お肉って感じになったし、あとは木の実とか拾ってみんなのとこ戻ろう。」 「そうだね、スパイクの狼煙は上がってるかな・・・」 もうすっかり暗くなってしまったあたりを見回して、ゼルの手を取り立ち上がった俺は、彼への汚い感情すべてを塗りつぶして、にっこりと笑顔だけを向けたのだった。 END. |