動物学校
シャチ←レサ



波にさらわれる砂みたいに




どうして人間になんかなろうと思ったんだろう。
トイレの個室で、まるで大きな絆創膏みたいな生理用品を取り付けながら私は思った。

「なほ〜大丈夫か?ハラ痛い?」

「うぅん、ごめんね、大丈夫・・・」

2限目の授業が終わって、なんだか下着がべとべとするなあとトイレへ立ったら、生理になっていた。保険の授業で教わった周期とは違うタイミングの日だったので、私はびっくりしてモンモンちゃんに泣きついて、違う日に来るなんてもしかして病気なのかな?!と周りに聞こえないよう小声で言うと、

モンモンちゃんは、「ああ、そういう時もあるで。ウチも前終わったばっかりやからアレ持ってるし、貸したるから・・・」とこともなげに言い放ち、私を再度トイレに連れて来てくれた。

トイレから出て、手を洗うとモンモンちゃんがハンカチを渡してくれて、あとこれも渡しとくわ、ともう一つナプキンをくれた。

「モンモンちゃんごめんね、ありがとう。」

「全然。なほ、違う日に来たん初めてやったん?ウチしょっちゅうやわ。」

「うん・・・知らなかった。人間の女の子って大変なんだね、びっくりしちゃった。」

「ほんまやな。動物やったらこんなん無いのになあ。」

モンモンちゃんがそう言いながら手洗い場の巨大な鏡を見て、制服のスカーフを直している。私もスカートに血がついてないかチェックして、大丈夫だったので前髪をいじって少し直す。

「ほな教室もどろか。」

「うん、借りちゃってごめんね。」

「そんなんええよ。具合悪くなったら言いや。」


教室に戻って、3限目の授業中。
さっき生理になったことに気付いてしまったせいか、私は少し体調が悪いような気になって、ぼんやりしてしまっていた。
何となく斜め前の席にいるモンモンちゃんを少し眺めて、それからもう一人の仲良しのひいらぎくんの席を見たけど、またどこかでサボっているのか、空っぽだ。

レッサーパンダの女の子には、生理が来ない。シャチの女の子にも、もちろん男の子のひいらぎ君にも、生理は来ない。
だけど、人間の女の子になった私やモンモンちゃんには、毎月のように、生理が来る。
こんなものなくたって子供が作れる動物はたくさんいるのに、こんなに知能の発達した人間の身体に、どうしてこんなものが必要なんだろう。

私の思考回路はどんどん授業から遠のいて、知らないうちに自分だけの世界にたどり着いていた。

・・・いつだったか、モンモンちゃんは、将来、真人間になる気はない、と言っていた。
私はまだどうするか決めていないけれど、それを聞いた時、私の中から何か大きなリボンみたいなものが、するりとほどけて抜け落ちて、どこかへ消えて行ったのを覚えている。

モンモンちゃんは、真人間にならない。
モンモンちゃんは、将来、シャチに戻って、また、海に帰っていく。

その未来を想像して、固まってしまった私を見たモンモンちゃんが、「なんや、寂しい?」と少し困ったように笑いかけてきたので、私は、あわてて笑顔を作った。
「寂しいけど、でも、モンモンちゃんがそうしたいなら」と、確か、そう返した。

一緒にいたひいらぎくんも気を遣って、「そりゃ超絶優しいなほちゃんが、友達に会えなくなんのが寂しくないわけねーだろ。会いに行ったら顔くらい出すだろ、シャチ子」と言ってくれたので、モンモンちゃんが「あったりまえやろ、まあ、ひいらぎ一人ならヒレだけやな。顔はもったいないし出さへんわ。なほがおったら波打ち際まで行くけど」と言って、笑って、その時は何となく、やりすごしたけど。

私、何のために、人間でいるんだろうって、その日から、急にわからなくなった。


そんな風に、あの日のことをずっと思い出してしまって、私は虚無的な気持ちで、もう何も考えられずに、ただひたすら黒板に書かれた字をノートに写して、時々、ポケットに手を入れては、さっきモンモンちゃんがくれたナプキンがちゃんとあるかどうか確かめてばかりいた。私がハンカチに包んだそれは、もちろん落としたり無くしたりすることなく、ずっとそこにあった。

なんどもポケットに手を出し入れしてしまって、ああ、落ち着きがなくて恥ずかしい、と思ったけど、どうしてもやめることが出来なかった。


**


「なほ、しんどかったら早退したらよかったのに」

帰り道、モンモンちゃんがそう言った。全然頭に入ってこない授業を終えて、その授業中ずっと気にしていたナプキンも、もう今は私の下着に引っ付いていた。

「え?」

「お昼食べた時も授業中も落ち着きないし。ぼーっとしとるし。なんか心配やったわ。」

私が後ろの席でごそごそとしているのを気付かれていたらしい。恥ずかしい。
ばつが悪くて、私は少し赤くなった。

「あ、うん・・・ごめんね。やっぱり、変だったかな。急になっちゃったから、ちょっと動揺しちゃって、集中できなかったの。心配かけてごめんね。」

「別に、ええけど・・・無理せんときや。」

それからもうそれ以上モンモンちゃんは私の体調について言ってこなかった。
そのあとは、さっさとプール開きせえへんかな、とか、結局ひいらぎが来たんは5限のハム先生の英語だけやん!とか、他愛のない話をして、私も、それに合わせてニコニコ笑ったり、返事をしたりした。

モンモンちゃんは、私の、モンモンちゃんがいなくなった時のことを想像して感じる虚無感を、私の中の何かがごっそり、砂のようにさらさら消えて行くようなその感覚を、知らない。

じゃあまた明日、とモンモンちゃんと分かれて、私たちは専属の寮部屋へ帰った。
まだ動物人間として未熟な学生の私たちは、肉食や草食、陸動物、海動物と、寮が分けられているので、私たちの部屋はいつも遠かった。


自室のドアを閉めると、緊張が解けてどっと疲れが出た気がした。
モンモンちゃんには見せなかった憂鬱な顔で私は靴を脱いで、かばんを放り投げ、ベッドにしなだれるようにしてもたれかかり、そして私は泣いた。
なんだかお腹が痛い。さっきまで気が付かなかった。私はお腹が痛かったんだ。

気付いてしまうとじくじくと突き刺すみたいな痛さで、泣くと、経血が多めにあふれて、ナプキンを汚しているのを感じる。せっかくモンモンちゃんがくれたのに、取り換えて捨てなくちゃならない。当然だ。

なんだか全部が悲しくて、私はやりきれない気持ちで、ああ、いらない。と思った。
モンモンちゃんがいない生活なんて、モンモンちゃんがいない人間の世界なんて、女の子の身体なんて、全然必要ない。こんなの、もう、全然、全然いらない。
苦しい、悲しい。すごく寂しい。私だって動物に戻りたい。モンモンちゃんとずっと一緒に居たい。だけど、出来ない。私はモンモンちゃんを引きとめられない。そんな資格ない。無いと思う、きっと。

彼女の行く手を阻む自分というのが、とてもみにくくて、恐ろしかった。いつかそういう事をしてしまいそうな自分が、とても怖かった。そんな姿をさらしたくなかったし、モンモンちゃんの望むとおりに、そのまま、してほしいのに。私は、モンモンちゃんの邪魔をしたくないのに。それでも私は、駄々っ子のように、いやだ、いやだと思った。

モンモンちゃんに、私のこんな気持ちを知ってほしかった。
モンモンちゃんがシャチに戻って、海に帰ると言った時の、私の砂みたいに崩れてしまった気持ちを、知ってほしい。いつかその時が来るって分かっているのに、こうやってしがみついてしまっている私の苦しさを、その葛藤を、知ってほしい。

でもそれも嘘だ。そんなのじゃ足りない。だって、本当は、泣きわめいて、行かないでと、そばに居てと、私は彼女を縛り付けたいんだ。わがままを言って、困らせて、しょうがないなって言って、私を撫でてほしい。どこにも行かないでほしい。


私は、人間で居続けることを選ぶだろう。だって、レッサーパンダに戻ってしまったら、海に行けない。モンモンちゃんに会いに行くことができない。
海で、大きなシャチの身体で、悠然と泳ぐモンモンちゃんは、きっととっても美しくて、素晴らしいだろう。どんな動物よりきらきら、輝いて見えるだろう。

だから私は、人間になる。人間になって、こんな必要ない、血や痛みに耐えて、それでも、モンモンちゃんに会いに行くためだけに、そうするんだろう。

あぁ、なんて重い。こんな気持ちを知られたら、どんなふうに思われるんだろう。
いつもいつも、怖かった。

だから私は、かわいい女の子で居続ける。
フワフワして、いい匂いがして、かわいいと言われる、優しい女の子であり続ける。

こんなに汚くちゃ、嫌われちゃう。
こんなにわがままじゃ、嫌われちゃう。
それが、何よりも怖い。

何もかもがつらくて、痛くて、苦しくて、私は嗚咽を止められずに、ひたすらに泣いた。
泣きながら、あとできちんとお風呂に入って、腫れないように目を冷やして、いい香りのするシャンプーで頭を洗わなきゃ、と思った。

だって私、明日もにっこり笑って、学校に行かなきゃいけない。
大好きな女の子が、私のことを、そこで待ってるから。


end



可愛い女の子には闇が沢山あるといいなあという個人的な趣味。

あくまで私の捏造・妄想なので、公式のちゃい御大のシャチレサちゃんとは違うと思いますが…!!!キャラをお借りして好き勝手させていただいてしまい申し訳ございませんでした・・・そしてありがとう・・・大好きですシャチレサ・・・



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