*ジョニ←ゼル



海岸にて





「死神とキスしたみたいだ」
そう彼が言ったのは、ラムネ海岸のラスボスを倒した日のことだった。


弓使いのゼルは俺が城に引き入れた少年だった。俺より4歳年下の彼は、幼い頃に父親を亡くしていた。貧しい生活の中、病気がちの母を助けるために独学で弓を扱い、森で獣を狩って暮らしていた。そこを俺が見つけて、兵士にならないかと誘ったのだった。

初めて会った時、彼のその強い目の光に魅せられたことを俺は覚えている。

俺の誘いで母と二人で城に入ったゼルは、最初こそなかなか苦戦したものの、今では立派な兵士として、姫や仲間を助ける一員となっている。


* * *


「ジョニーはさあ、なんで俺を仲間にしようと思ったの?」
「どうしてかな、もう忘れてしまった。」


先ほど討伐したプカプカが落とした金の宝箱には新しい弓が入っていた。
仮面を外し、ゼルはその弓を嬉しそうに眺めながら俺に聞く。俺はあまり深く考えずに、何となくそう返事をした。お城からの魔法がかけられている俺たちは、水の中でも息ができる状態ではあったが、全身ずぶ濡れだった。

やっと海から上がりきって浜辺に着くと、ゼルは先ほどまで眺めていた弓を背中の装備に仕舞い、海水で重く濡れた緑のベレー帽をぎゅうと絞った。俺もそれにならい、兜を外すと、中にまだ溜まっていたらしい海水と砂がびしょびしょとこぼれ出した。
姫様とルートはもう、新しいイケメンを探すためにどこかへ繰り出してしまい、ラットとスパイクは喉が渇いたと言って飲み物を買いに近くのお店へ行ってしまった。

そろそろ日が暮れはじめる。太陽が大きくなり、あたりは薄いオレンジ色になりはじめていた。


「きれいだなあ。せっかく海に居るし、夕暮れになるまで眺めてようぜ。」


とゼルが言い、俺も特に異論はなかったので二人で砂浜を歩き、鎧も姫たちが戻るまではいったん脱いでしまいたかったので人気のない岩場の陰に二人で座って、上半身の装備を脱いだ。ゼルも濡れた服が重いのか、いつもの緑色の式服を上だけ脱いで、黒のインナーだけになった。

大剣も弓も岩場に立てかけて、すっかり戦闘態勢から抜け出した俺たちは、ぼんやりと波の音を聞きながら夕日になりつつある太陽を眺めていた。


「俺もなんで、お前の誘いに乗ったか覚えてないんだよなあ。」


本当にぼんやりとしていたら、砂浜にあぐらをかいたゼルがそう言った。
何のことだろうと一瞬考えて、ああ、さっきの質問か、と思い当った。


「そうか。まあ、俺もあまり覚えてないし・・・何となく波長が合ったとか。そういう感じなんじゃないかな。」

「そうかなあ。」

「ただ、あの時俺は、君と働いてみたいなって直感的に思ったんだ。君の目がすごく、なんというか・・・兵士向きだな、と思ったんだ。それは覚えてるよ。」

「兵士向きかあ。」

「うん。強い目をしてた。今も、君と目を合わせる時はそう思うよ。」

「・・・お前は、あんまり兵士向きじゃないんじゃないの。」

え、と思った。そんな事を言われたのは初めてだったし、そのゼルの言い方のトーンが、なんというか、本気だったから。

「・・・どうして?」

「なんとなく。別に馬鹿にしてるとか、けなしてるとかでもなくて・・・ごめん、なんでもないわ。忘れてよ。ただ何となくそう思っただけ。」


俺はゼルの本意が分からなくて、今までお互いに目をあわせずになんとなく会話をしていたのだけれど、そこで初めてゼルの顔を見た。けれど、彼は少しけだるそうな顔で夕日を見ているだけで、何を考えているかは読めなかった。


「兵士向きじゃない、か・・・そうかもね。俺は本当は戦いたくなんてない。もともと争い事は嫌いなんだ。君は戦うのが好きなのか?」

「好きって程じゃないけど、でもまあ勝つのは好きだよ。強くなって、もっと強い敵と戦って、倒して、勝って、報酬を貰って・・・達成感あるじゃん。だから、別にモンスターを倒すのが特別好きってわけじゃないけど、勝つのは好きだな。」

「スポーツみたいなものってことか?」

「うーん、そうかも。だいたい俺はここに来る前から、獲物を狩って売って、報酬っつーか、収入を得て暮らしてたわけだから。俺の出身の村自体、そうやって暮らしてる人間が多かったし、俺の性には合ってるのかな、とは思うよ。」

「なるほどね。じゃあやっぱり君はつくづく俺の見立て通り、兵士向きだったわけか。」


俺が笑ってそう言うと、彼は少し肩をすくめて、曖昧な返事をした。
そして次に、彼は俺の目をしっかりと見て言った。


「あのさあ、ジョニーってさ・・・いつでも死ぬ準備できてます、って顔してるよね。」


今日のゼルはとても唐突だ。何故、彼はそんなことを言うのだろう。俺は彼に嫌われているのだろうか。太陽はもう真っ赤に熟していて、海もそれに同調するように強いオレンジ色に染まっていた。美しい海辺の夕日だ。

ただそれを眺めるために彼と座っているだけだったのに。


「・・・どうして君にそんな事を言われなくちゃならないんだ?」


俺は眉をひそめ、波の音に消されそうなくらいの低い声で呟いた。俺は彼の言葉にとても動揺していた。何故ならそれは図星だったからだ。俺はいつも、表面上で笑いながら、いつもどこかで、人知れず死んでしまいたいと思っていた。物心ついた時から、俺はずっと、虚無を抱えていた。

どうしてゼルに、そのことが分かったのだろうという焦りと、苛立ちと、憂鬱をないまぜにしたような感情が湧きあがっていて、だけどそれに任せて彼を傷つけることも俺には出来なかったので、何とか紛らわせようとゼルから目を離し、湿ったその海の砂を片手で握りしめた。


「ジョニー、優しいよね。俺殴られるかと思った。殴ってもいいよ、別に。」

「なんで・・・わざわざ君を殴ったりしない。ただ唐突に、殴られるかもしれないってほど失礼なことを言うのは、理解できないけど、ゼル。君は、どういうつもりでそんなことを言うんだ。」

「・・・ずっと気になってたから。殴られるかもってわかってても言っちゃうくらい気になってたから。」

「どうして・・・」


どうして。俺はそんなにわかりやすかっただろうか。ただみんなが気を遣って、俺のそんな虚無を見て見ぬふりをしていただけだったのかな。だとしたら情けないを通り越して、もはや滑稽だ。そう思うと少し冷静な気持ちになった。余裕を取り戻そうと俺は笑う、握りしめた砂をこぼしながら、いつもの、誰にも嫌われないための笑顔だ。


「そうか、俺は、そんなにわかりやすいかな?みんなから見て・・・」

「違う。お前は上手いよ。取り繕うのが上手いよ。でも俺はお前のことを見てるから、わかる。」


あぁ全然彼についていけない。ゼルはアーチャーだ。とすると彼はやはり、彼の放つ弓のように、突き刺すことに長けているに違いない。敵の弱点を突き刺すように、俺の見られたくない場所をあまりにも鋭く突き刺す。息が苦しくなる。

お前のことを見てるから、と彼はそう言った。俺は外していた目線をゼルに戻した。ほとんど睨みつけていたと思う。君の本意はなんだ。何故君は俺を見る。何がしたい?


「ジョニー、怒らないで。俺もお前のその目が好きだよ。優しくてまっすぐなのに、いつも、どこにもいない目をしてる。誰も寄せ付けない、誰にも心を開かない。透明なのに、何も映さない、ガラスみたいな目だ。すごく気になるんだ。気になって仕方がないんだ。だからいつもお前を見てるんだよ、ジョニー。」

「何を・・・」


何を言っているんだ、そう言おうとしたけど、ゼルに阻まれてしまった。
あっという間に腕を引き寄せられて、口づけられた。

まったく意味が分からない、と言った顔をした俺に、ゼルは、


「死神とキスしたみたいだ」


と言って笑った。



***




何も映らない瞳に映ってみたいという好奇心



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