「あれ、お前、今日非番なの。」

午前11時、最近姫のお供に連れて行かれることが少ない俺は、従業員用のレストランへと向かうべく部屋を出た。階段を下りている途中で珍しくギャンベゾン(甲冑の下に着る衣服)だけでいるジョニーを見かけて驚いた。

「あぁ、ゼル。」

階段の踊り場にある窓から、ぼんやりと外を眺めていたジョニーは俺の声にハッとしたのか、一瞬体制を立て直してから俺に笑いかけてきた。俺はジョニーのこの笑顔が少し苦手だ。ジョニーが相手に自分を分からせない笑顔をしていると思うからだ。

防衛の笑顔って感じ、癖なのかな。でも、いつものことだからあまり気にならない。

俺はジョニーの立っている踊り場まで降りて行って話しかける。

「珍しいなーいっつもお供してるのに。今日はお前なしでもいいってこと?」
「んーっていうか、最近新しい仲間が結構増えただろ。だから今日は、新しいメンバーだけで挑んでみるわよ、って姫が。だからスパイクもラットも今日は城にいると思うよ。」
「ふーん」

そう言えば朝、訓練場で黙々と槍を振るラットを見たかもしれない。
お供に行くためのアップしてんのかと思ったけど、ただ訓練してただけだったのかな。

俺も後から行こう。あまりお供に呼ばれないからって、いざ駆り出されたときに使い物にならないんじゃ、恰好悪いからな。

「俺、腹減ったから従者食堂に行くけどジョニーもいく?それともギャンベゾン着てるってことは訓練すんの?」
「あぁ、そうしようかと思ってたけど…姫のお供の代わりにゼルのお供でもしようかな。」

すこし冗談めかして言って、また笑う。

ジョニーの整った顔にその笑顔が浮かべられると、まるであつらえたような完璧さをしていて、俺はこの笑顔を見るたびに、ジョニーのことが分からないと思う。

「…俺、ココア飲みたいんだよ。母さんがクッキーくれたんだ。」
「ハハ、平和だなぁ。ゼルのおかあさん、どう?」
「うん、おかげさまでもう元気だよ、って、そんなの前から知ってるだろ。けっこう、城の女中も楽しいみたいだよ。新しい夫でも探そうかなんて冗談言ってたぜ。冗談じゃないかもしんねーけど」
「そっか。まぁ、それもいいんじゃないかな。第二の人生ってやつなんじゃないか?」
「いや、でも実際マジでそうなったら、俺はちょっと複雑かも。」
「そうか…まぁ、そうかもね。」

会話をしながら歩いて、すぐに従者食堂についた。
お城の食堂だって言っても、従者の毎日の食事が出るところだから派手なものはない。それでも、毎食それなりにバランスの取れたものは出るし、おやつだってたくさん置いてある。

それにもちろん、この食費は自分たちの給料から毎月天引きされてるのだから、利用してなんぼだ。

俺はバイキング形式になっているフードメニューからチキンやサラダ、ピザやなんかをトレーに載せた。
ちょっと早いけど、もうこの時間ならおやつだけ食べるより、昼食をとった方が健康的だ。

それからお皿を二枚取って、一皿にだけサンドイッチを盛って席に着いた。

「はい、ココア。」
「あっ!さんきゅー。」

ジョニーが、俺の隣に座りながらココアを差し出してくれる。
ジョニーももう昼食にするみたいで、スープやサラダを取ってきていた。

「サンドイッチは、ジョニーのだぜ。」
「ありがとう。」

ジョニーはココアじゃなくてコーヒーを飲むみたいで、砂糖のツボを目の前に置いた。

俺は母さんが焼いてくれたクッキーを出して、さっきサンドイッチを盛る時にもう一皿取ってきていた空のお皿にザラザラと載せた。

「ジョニーも食えよ。」

そのお皿をジョニーと俺の間に置いて、母さんお手製のデザート付きの昼食だ。
あー、なんだか、めちゃくちゃ平和。

姫様とみんなは、今頃どんな敵と戦ってるんだろう。帰ってきて、宝箱や経験値玉の整理を手伝いながら聞いてみよう。

新しい弓なんかが、手に入ったりしてないかな。そしたら、試してみたいなあ。

俺はぼんやりそんなことを考えて、サラダを食べながらジョニーに話しかける。

「なんかさー、平和だよな。」
「うん。」
「俺さぁ、昔は、こんなに平和に過ごせるなんて思ってもみなかったよ。」
「そうか。」
「…うん。」
「…嫌なのか?」

ジョニーが、なんとなく心配そうに俺を見た。

俺は、この城に来てからもう4年になるのだけど。俺が城に来たきっかけってのは
ジョニーが誘ってくれたからだった。
だから彼は、よく俺や母さんのことを気にかけてくれるのだと思う。

ある意味、責任を感じているのかもしれない。自分が連れてきたから、って思ってるんだ。

ジョニーはとても気を遣うタイプだし。

「大丈夫だよ。そういうんじゃなくて…ただ、ちょっと昔のこと思い出しただけ。」
「そっか…」

ジョニーがすこしホッとした顔をする。
そう、俺たちは、まだ20年前後しか生きてないってのに、「昔」ってものがあった。

ずっと今までこうやって、平和で生きてきてたらよかったけど、そうもいかなかった昔が。
俺はサラダをかみしめながらぼんやりとその「昔」のことを思い出していた。

***

ジョニーは、両親を小さいときに亡くしている。
理由は、そのころに流行った病気だったと思う。ジョニーは割と裕福な家系だったそうで、お父さんにもお母さんにも、かなりのお金をつぎ込んで治療したらしい。それでも、どうやったって治らなかった。怖い病気だ。今は、当時ほどの流行りはなくて落ち着いたけれど、いまだにその病気にかかると死んでしまうことが多いんだ。

それで、その流行り病はやっぱり感染するから、小さかったジョニーは親戚のうちに引き取られて、両親が直るまで待っていたらしいんだけど…結局、ダメで。

ジョニーは親の死に目にもあえずに、10歳になったときその事実を知らされた。
実際両親が死んだときは、ジョニーが8歳の時だったらしいんだけど、かわいそうだからと言って、親戚のおじさんとおばさんがジョニーが10歳になるまで事実を隠していたらしい。

まぁ、ジョニーは何となく、両親が死んだことを感づいていたらしいけど、やっぱりその時はショックだったそうだ。

それから10歳になったジョニーだけど、みなしごになった自分を面倒見てもらうのを申し訳なく思って自分から働きたいと親戚に言ったそうだ。
そのころ、親戚のおばさんには、おなかに子供が出来ていた。おじさんは、「気を遣わなくていい、まだうちに居ればいい」と言ってくれたそうだけれど、ジョニーはどうしても、自分で働きたいと言ったそうだ。

それで、やっぱりなんだかんだいい家系だったおじさんとおばさんは、それなら勉強も、騎士の特訓もできるお城に務めなさい、とジョニーの就職先を取り計らってくれたらしい。それでジョニーは衛兵の見習いとして、下働きもしながら城に住むことになったそうだ。

まぁ、なんちゅーか、両親無くしたのはかわいそうだけど、そうやってなんだかんだ裕福で色々してくれる人が周りにいたっていうのは恵まれていたと思う。ボンボンっていうか。

城に誘ってくれた恩人にこんなこと言うと失礼かもしれないけど、何となくそう思ってしまう。貧乏人の妬みだろうか。

とりあえずそれが、ざっくりだけどジョニーの昔の話だった。
俺が母さんと二人で城に来たばかりのころ、ジョニーがその話をしてくれた。どうしてわざわざそんな話をしてくれたのかというと、俺も小さいときに父さんを亡くしていたからだった。

俺の父さんの場合は流行り病じゃなくて、村を荒らすモンスターと刺し違いになって死んじゃったんだ。俺が13歳の時だった。

この国にいるモンスターというのは、実際、そいつらの縄張りに入らなければ、そこまで被害を受けることはないんだけれど、どうしてだかそのモンスターはたびたび俺たちの住んでいた村にやってきては暴れていたんだ。

立派にもそのモンスターを倒してくれた俺の父さんだったけど、もうその時は号泣で、うちは貧乏だったから、父さんが死んじゃったら稼ぎはどうするんだよ、病気がちな母さん残してどうするんだよ、馬鹿って大泣きに泣いた。

でも本当に村の人たちはその凶暴なモンスターに迷惑していたんだ。毎回そいつが現れるたびにケガ人が出たり、作物荒らされたり。骨を折られて、治りきらずにうまく立てなくなったような人もいる。

だから、父さんはそのモンスターをやっつけてくれて、名誉死だって村の人たちはみんな丁重に弔ってくれた。だから、父さんの死は無駄じゃなかったんだ・・・って思うことにしているけれど、やっぱり対モンスター用の訓練もしていない素人がそんなことをして、馬鹿だったと思う。

俺は父さんが死んでしまってから、母さんを守るためにどうしたらいいかと思っていろいろ考えた。だけど昔俺が住んでいた村全体、あまり裕福ではなかったから、学もなければ仕事もほとんどなかった。

でも、とにかく食いぶちを作ろうと思って狩りの練習をするために独学で弓矢を始めたんだ。鳥でもウサギでも何でも射て捕まえて、そのまま持って帰って食べたり、母さんは料理が得意だったから、きれいにさばいて町に売りに出したりすれば、それなりに生活できるんじゃないかと思ったから。

でも実際、そこまでうまくいかなかった。弓矢も独学じゃやっぱり下手だし、捕まえられたとしてもいい値で売りに出せるようないいものは捕れなかった。

それでもしないよりはましだから、俺はとにかく毎日がむしゃらに狩りに出てケモノ達を捕まえていたんだ。最初はウサギなんか殺すのはかわいそうだったけど、そんなことも言っていられないくらいうちの生活は苦しかった。

それから1年くらいたった時だった。俺は14歳になってて、そしてやっぱりその日も狩りをするために森へ出かけていた。俺の住んでいた村は城下町よりももう少し下の方で、その村と城下町の間には森があるんだけど、いつもそこで狩りをしていたんだ。

弓矢は相変わらず下手だったけど、それでも始めた頃よりは幾分うまくなっていた。それで、鳥やウサギのさばき方も母さんに教えてもらっていたから、森でとった獲物をその場でさばいて、城下町まで新鮮なうちに持って行って売るというのがいつものやり方だった。

だけどその日はなかなか獲物が取れなくて、まだ獲物が十分に取れていないうちに、かなり城下町に近い場所までやってきていた。やばいなぁ、今日は稼ぎがないままで帰る羽目になるかも、と思いながら獲物を探していたら、遠くから音がする。

獲物かと思って身を隠して、少し遠巻きから弓を射たら、人の声がした。
そう、俺は城下町の近くだったことを忘れて、人がいるかもしれない可能性を考えていなかった。あわてて飛び出して、確認しに行くと、そこに居たのはお城の立派な馬に乗った、鎧を着た兵士だった。

幸い、俺が放った矢は馬の目の前にすとんと落ちたらしく、俺は弓が馬や人に当たってなくて心底ほっとした。人を傷つけてなかったことに安心したのはもちろんだけど、こんなお城の馬や人に矢が当たりでもしたら、首をはねられて、俺まで母さんをほっといて死んでしまうところだった。だけど無礼を怒られて捕まりでもしたら大変だから、俺はすぐにその人の前に出てって、

「ごめんなさい、この矢は俺のです!大変な失礼を!!家が貧しいので、その助けをするために狩りをしていたのです、お許しください!」

そういって城の人の前に跪いて謝った。
城下町に行くのだったら、もしそのあたりの人に対して失礼なことをしたら哀れっぽく謝りなさい、あの辺の人たちは、裕福で恵まれてるから情にもろいのよ、と母さんが教えてくれていたので、俺はもう本当に哀れっぽい感じで上目づかいで、泣きそうな顔を作って両手を胸の前で合わせて、その鎧を着た城の人に許しを請うそぶりを見せた。

鎧の人は突然出てきた俺に驚いた様子だったけど、「いいんだ」と言って鎧の顔あてを上にあげた。俺は、馬に乗って鎧を着ているような城の人は、髭を生やしたおっさんかなんかだと勝手に思い込んでいたので、その声と顔があまりにも若くて、お情け頂戴の演技も忘れて拍子抜けてしまった。

だって、本当に俺と少ししか違わないような年齢の男だったから。それがジョニーだった。

「君は、大丈夫?」
「あ・・・っあの、はい!本当に申し訳ありませんでした!お許しください・・・」
「いいよ、矢は当たらなかったんだ。君、名前は?」
「え、あの、ゼルと申します・・・」
「そうか、ゼル。獲物は捕れたかい」
「いえ、まだ・・・あんまり」
「あはは、そうか。見たところ、俺より少し年下くらいかな。いいよ、そんなにかしこまらなくても。下っ端なんだ。気にしないで。俺はジョニーっていうんだ。」
「はぁ・・・」

なんか、変な人だな。今思うとジョニーの第一印象はそれだった。
ジョニーはその時すごく気さくで、今と変わらないくらい整った顔をしていて優しそうだったけど、なんだか妙に馴れ馴れしい気がして、俺は警戒心しか沸かなかった。

それでも許してくれてよかった、とほっとした俺は、立ち上がって、お辞儀をして、本当に申し訳ありませんでした、ではこれで。とかなんとか言って立ち去ろうとしたら、ジョニーが「ちょっと待って」と言った。おいおいなんだよと思うと、ジョニーは馬から降りて俺のところまで来て、懐からお金を出して、

「ねえ、君の今日捕った獲物、俺が全部買わせてもらうよ。」

と金貨を三枚も俺に渡してきた。

俺はぎょっとして、そのまま黙って貰っておけばいいのにその時は気が動転して、こんなのもらえません、と突き返した。だって、俺がその時に持っていたのは小さな山鳥が2、3羽で、町で売っても銅貨1枚にもなるか分からないくらいだったから。

「いいんだ、俺がそうしたいだけだし。」

そう言われて、つくづく俺は母さんの言った事って本当だったんだなと感心した。
情にもろいんだ。さっき、俺が家が貧しいって言ったから、きっと同情したんだな。

そう思ってすこし馬鹿馬鹿しい気持ちになったけど、やっぱり金貨3枚もどうしていいかわからなかった。っていうか、こんなに持ってたらどこかで襲われて強奪されそうだ。

そう思った俺は、じゃあ、せめて銅貨にしてください。本当にこんなに貰えませんとジョニーに言った。

そうしたらジョニーは笑って、それなら、銀貨2枚と銅貨10枚にしてあげよう、使いやすいようにね。と言って金貨をしまってそれだけくれた。

正直銀貨だってどうしていいかわからなかったけど、金貨をしまわれたときにやっぱりもったいなかったかなぁなんて思ってしまったので黙って貰っておくことにした。

それで俺はジョニーに血抜きだけ済ませてあった山鳥をその場で羽をむしって、ナイフでさばいて渡して、ありがとうございましたと言った。ジョニーは山鳥をさばいた俺に驚いていたみたいだったけど、特に何も言わなかった。

別れ際に、「ねぇ、君はこのあたりによく来るのかい?」と聞かれたので、はい、大体毎日、獲物を売りに来ます。と答えたら、ジョニーは笑って、「じゃあ、また買いに来るよ」と言った。社交辞令かなぁと思って、ありがとうございますともう一度言って別れた。

ジョニーからもらったお金をどうしようか少し迷ったけど、毎日捕まえた獲物を売りに行っている市場のおっさんに合わないのもなんだかすっきりしない気がしたから、そのまま城下町へ行った。

店に着くと、おっさんが、おうゼル、今日はどうだった?と聞いてきたので、俺は何となく嘘をついて、

「うーん、ダメ。今日は本当全然ダメだったよ。おっさん、パンとミルクだけくれよ。」

とさっきジョニーがくれた銅貨を一枚だけ出して、二人分のパンとミルクを買った。そしたら景気付けだとおっさんがほんの少しだけ魚の燻製をサービスでくれて、嘘を吐いてしまった俺はちょっと申し訳なかった。

家に帰って今日の出来事を母さんに話すと、母さんは厳しい顔をして、そういう事は本当に気をつけなくちゃだめよ、と言った。

「でもさあ、ほんと、城の人って情にもろいんだなぁ。俺びっくりしたよ。」
「あら、それはきっとゼルが可愛かったのよ!私に似てね。」
「いや、それは違うと思うけどさ・・・」

母さんは体が弱くて病気がちだけど、気持ちだけは本当に気丈だ。病は気からなんて、嘘だなあと俺は思う。気が強くたって病気になるときは病気になるのだ。

「だけど、もしその人が本当に危険だと思ったら逃げるのよ。世の中には恐ろしいことがたくさんあるからね。」

そういって母さんは、パンを小さくちぎって、ミルクにひたして食べた。
たしかに、あの人少し変だったなぁ、と思いながら、俺もパンをかじった。


それからしばらくして、俺は町でまたジョニーに出会った。
その日は王様の誕生日のお祭りだったみたいで、城下町はとても活気づいて、出店も普段よりずっと多かった。その日は出がけに二羽、ウサギを捕まえて、それから城下町に行くまでに山鳥をまた4羽仕留めたから、それなりに金になりそうだった。

派手だなーと思いながら、俺はお城のパレードを少しだけ眺めて、いつもの店に行こうとしたら、突然肩にヒヤっとした感覚がしてびっくりして振り向いた。鎧姿の男がいた。

「ごめん、俺だよ。ジョニーだよ。ゼル君だよね?」

「あ、あぁ・・・久しぶりですね。驚きました」

「ごめん。久しぶりだね。」

ジョニーは顔あてを上にあげて顔を出し、俺の目を見て喋った。さっきまで、パレードの警護に立っていたみたいで、今は休憩中らしかった。立っているときに俺を見つけて、話しかけに来たそうだ。

「すごいだろ、王様のパレード、にぎやかだよね。」
「そうですね・・・」
「今日は、沢山獲物が取れた?」

ジョニーは前の時と変わらず、気さくで優しい。だけど俺はやっぱり、まだ親しいわけでもないのにその優しい雰囲気が不可解で、警戒していた。それとも、俺が貧乏な庶民だから、下に見てそういう態度なんだろうか。

なんだかどちらにしても少し信用ならなくて、でもとりあえず俺は背中に背負っていたカバンの中の今日の獲物を見せた。

「すごい、今日はたくさんあるんだな。」
「えぇ店に、売りに行くんです」
「・・・俺も一つもらっていいかな?」

え、と俺は思った。
だって、警護で立ってるとき邪魔になるじゃないか。それにこの人が俺の獲物を買ったとして、どうせ城でちゃんとした食事が出るんだろうから、食べるとは思えない。前の山鳥は、なんとなく流れでそのまま渡してしまったけど、今日は市場で売ったってそれなりに金になると思うし、正直俺はジョニーのその言葉も態度も、気味が悪かった。

「・・・あの、買ってくれるの、別にかまいませんけど、同情とかでそう言ってくれてるんだったら、別にいいです。俺、そりゃホントに生活は苦しいけど、そんな無理に買ってもらうの、嬉しくないし、普通に市場で売って金になって、必要な人が買ってくれる方が良いんで」

つい本音を言ってしまった俺は、少しだけ後悔した。ジョニーは一瞬目を見開いて、俺の正直な言葉に少し怯んだ様子だった。だけど、すぐ笑顔になって、こう言った。

「ごめん、そんなつもりじゃなかったんだけど…悪い気にさせて、本当に悪かったよ。」

じゃあどういうつもりだったんだよ、とすんでのところで言ってしまいそうだったけど、俺ははぁ、いや、俺の方こそなんかすいませんと小さく言って頭を下げた。それからすぐに立ち去ろうとしたら、やっぱり前と一緒のように引き留められた。

「ねえ、待ってくれ。前にもらった山鳥は、ちゃんと城の食堂の人に頼んで、全部食べたんだ。無駄にはしてないよ。もう少しだけ話がしたい。」

この人、何なんだろう。
俺は少し苛立って、振り向きざまに睨むようにジョニーを見た。

「あのさ、本当に悪い気にさせてごめん。俺、君と仲良くなりたいのかもしれない」

ジョニーはひどくまじめな顔でそう言った。
俺が怪訝な顔で黙っていると、

「また次も、見つけたら声をかけていいかな?」

俺は、また君と会いたいと思ってる。どうしてか、自分でもわからないんだけど。
そう小さくいってジョニーは下を向いた。俺はなんだかもうこの人のことが良くわからなくて、でもなんとなく悪意がないのを感じ取ったので、まぁ、声かけてくるくらいならいいですけど、と言った。

「そうか、ありがとう」

その時初めてジョニーの、少し泣きそうないびつな笑顔を見た。

それから、俺たちは何度か城下町で出会って、やっぱりたまにジョニーはかなり金を出して俺の獲物を買ってくれることもあった。その行為はあまり好きじゃなかったけど、お金と生活と、背に腹は代えられないし正直助かっている面もあって、断りきれないことも多かった。

それになんだかんだ俺も徐々にジョニーへの警戒心が薄くなっていって、悪い奴じゃないってことは分かってきていたし、ジョニーに会ったときに買ってもらうための木の実なんかも拾ってくるようになった。

木の実なら、わざわざケモノを買ってもらわなくたって、城に帰っても自分で食べられるだろうと思ったからだ。
そりゃもちろん、お城で出るようなお菓子の方がおいしいのかもしれないけれど。


そしてそれから、そうやってたまに会ったり、というか一方的に俺がジョニーに見つけられて話しかけられるようになって、一年たったくらいの時だったかな。

ジョニーが城に来ないかと誘ってきたんだ。

「はっ?なんで?」

その誘いを聞いた俺の第一声はそれだった。
その日俺がジョニーと出くわしたのは、俺が獲物を店にもう売ってしまった後で、せっかくだからお茶でもしないかと誘ってくれたジョニーと一緒に、屋外ベンチに座るカフェでコーヒーを飲んでいた時だった。


俺はカフェに来るのなんて初めてで、ジョニーにお金を出してもらうのも悪かったんだけど、ジョニーがどうしてもと言うので、一番安いジュースを出してもらって大切に飲んでいた。なんだかやっぱり城に住んでるような人って、ブルジョアな感じなんだなーなんて思っていたけど、味とかはあまり分からなくて、どちらかというと、母さんがたまに作ってくれる木の実やフルーツのジュースの方がおいしいな、なんて考えていた。

「なんでって・・・まぁ、建前としては、姫が今度15歳になるんだ。その姫の警護役として、人を探してるんだよ。」
「姫の警護役?」
「うん。警護っていうか遊び相手だよな、実際は。それで、できれば姫に年齢の近い人間が良いんだけど・・・そういえばゼルっていくつ?」
「いや、俺も今度15になるけど・・・え、待ってくれよ、姫ってお城のお姫様のことだろ?ケリ姫様だろ?俺がその警護役?!」
「まぁ、そうだね。正式にはアン・パント・ケットバス姫。その護衛だよ。」
「はぁ〜?!そんなの俺なんかができるわけねーじゃん。マジで言ってるわけ?」
「もちろん、マジだよ。本気でゼルに来てほしいんだ。俺も19になるからさ、姫より4つ上なだけだから、警護役やってくれないかって言われててさ。それで、ほかに年の近いもので心当たりがあれば、って上役が」
「はぁ〜?それで俺ってわけ…」
「うん。どうかな。」
「どうって・・・・」

ジョニーはラフな感じでそう伝えて来たけど、目はすごく真剣だった。
それに、ジョニーは冗談とかダメ元でそういう事を言ったりするタイプじゃないことをその頃には俺もわかっていたから、本気でその話を持ちかけていることはわかったけれど、かなり突飛な話だったので俺は戸惑った。

第一、母さんは置いていけないし、俺みたいな庶民がこの国のお姫様の護衛につくだなんて、考えられない話だった。

「っていうかさ、なんでそんな話俺に振るの?ほかにもっと心当たりないの?年が近いって理由はわかるけどさ、別に、俺じゃなくても…もっと、お金とか地位のあるようなやつっていうか。」
「そんなのは関係ないよ。今の俺の周りでだと、ゼル以外にはいないと思うんだよ。」
「はぁ・・・あのさあ、初対面の時から、ずっと思ってたんだけど、なんで俺にそんなに絡んでくるの?」
「それは・・・・」

ジョニーは俺から目をそらして斜め上を見て、うーんと考え込んだ。

「俺もよくわからないんだけど、なんとなく、あの時、初めて会った時にさ、ゼルは俺の前に出てきてさ、すごい剣幕で謝ったじゃないか」
「そうだっけ。あぁ、そうか。ごめん、あの時は・・・」
「いや、それはいいんだけど。それでさ、その時、俺びっくりしてたし、矢が刺さりそうになったことも少し腹立ってたんだけど、なんだろうな・・・」
「うーん?」
「あの時・・・ゼルが俺の前にバーッて出てきて、すごい剣幕で謝ったからさ、なんか、すごいなあって思ったんだよ」
「すごい?」
「だって普通、こんな鎧来て馬に乗ってる奴見たらビビっちゃうだろ?謝らずに逃げたり、もっとコソコソ出てきて、卑屈にすいませんって言ったりとか、する人の方が多いんじゃないかと思うんだけど。でも、ゼルはすぐに飛び出してきて、俺に頭下げてくれて、自分の境遇もグワーってしゃべって許してもらおうとしてたから」
「だってヘラヘラ出てって余計怒らせて首はねられたりしたら洒落になんねーじゃん。」
「うん、なんかそれを感じたんだよ。この子、ほんとに悪気なく俺の方に矢を飛ばしちゃって、悪気なく生きようとしてるんだなって。ってまぁ、実際にその時はそこまで思ってなかったけど、何となく直感的に、俺、ゼルのこと好きだなって思って」
「はぁ」
「だから、仲良くなりたいって思ったんだよ。たぶん」

ジョニーはちょっと恥ずかしそうに笑って、コーヒーを飲みほした。

「だから、一緒に俺と、姫の護衛、してみないか?」
「いや、突飛だよだから!なんでそうなるんだよ!」
「つまり、俺はもっとゼルを知りたいと思ってるんだよ。だからゼルと一緒に働いてみたい。さっき、姫の護衛を募集してるのは建前だって言っただろ?それが、俺がゼルを誘ってる本当の理由だよ。」

さらっとそう言われて俺はますます困惑した。

俺は、ジョニーとはだいぶ打ち解けた関係になってきたなとは思っていたけれど、そういう風に真正面から好意を伝えられるほどだとは思ってなかったから、なんだかしどろもどろしてしまって、ああ、だけどそう言えば、俺だって父さんが死んでしまってから、その日暮らしの生活に手いっぱいで、友達らしい友達もあまりいなかったし、母さんやジョニー以外のやつとこうやってゆっくり喋ったりだとか、笑いあったりだとか、していなかったのかもしれない。というか、してなかった。

そう思うと、俺は、ジョニーのことをどこかで毎日待っていたのかもしれない。なんだか妙に馴れ馴れしい変な奴だと思っていたけど、どこかで、ジョニーに出会ったあの日から、城下町に来るたびにジョニーが俺を見つけて、話しかけて来てくれるのを、毎日期待していたのかもしれない。

だってそうでもなければ、こうやって二人で向かい合ってお茶を飲んでるなんて、なかったことなんだから。

ジョニーは綺麗なブルーの瞳をしていて、その目で俺を捕えて、ただ返事をじっと待っている。だけど俺はその時すぐに答えを出すことは出来なくて、母さんに相談してみる、とだけ返しておいた。

ジョニーは、それじゃ、俺も上役にゼルのお母さんも一緒に来てもいいかどうか聞いてみるよ、と言った。だから気が早いんだよ、と突っ込んだけど、とりあえずその日はそれで別れた。

うちに帰ってから俺は、ジョニーからの話を母さんに話した。

「あのさ、母さん。ジョニーってわかるよね?」
「ジョニーくん?あぁ、お城の警備兵の男の子でしょ?」
「うん、そうなんだけど・・・」

どういう風に切り出そうか俺は迷った。俺が城で働くと言ったら母さんはどんな顔をするだろうか。そして、母さんも城に来ていいことになるかもしれないと言ったら、どんなふうに思う?・・・叱られるだろうか、と俺は思った。

ジョニーのことは何度か、母さんに話をしていた。城の警備の兵士で、俺の捕った獲物を高い金で買ってくれる不思議な奴がいると。

何度も会うし、そのたびに買うというので、ジョニーの好意に甘えてそのまま買ってもらうこともよくあるんだ、と。

その話をすると母さんは「お友達が出来たのね」と笑ってくれたけど、俺はいつもどこか不安だった。

そうやってジョニーの好意に甘えている自分がなんとも後ろめたかったし、俺はいつもジョニーの優しさは俺のことを貧しい庶民だと思って同情しているからだ、とどこかで思い込んでいて、自分はその同情に付け込んで、甘い汁を吸っているだけなんじゃないかと思っていたからだ。

だから今回こそ、人の好意に甘えすぎるのはよくないと叱られるんじゃないかと思った。よしんばその申し出自体はいいとして、母さんは、「父さんが死んだこの村を離れて生きるのは、自分には出来ない」とさみしい顔をするかもしれない、と思った。

母さんの反応を恐れて言いよどんでいた俺に、母さんが助け舟を出した。

「ゼル、どうしたの?ジョニー君に何か言われたの?」
「えーっと・・・なんて言うか・・・」
「いいのよ、言ってみて?」

そう促されて、しばらく俺はうーとかあーとか言いづらそうな声を出したけど、ついに意を決してジョニーに言われたことを言ってみた。

「えっと、その、ジョニーがさ・・・俺に、城で働かないかって・・・」
「お城で?あの、ケットバス城でってこと?」
「あ、いや、まだホントにちょっと言われただけで、なんていうか、たぶん実際は面接とかあるんだろうけど・・・びっくりするんだけど、姫の、警護につかないかって言われて」
「ジョニー君は、お姫様の警護兵なの?」
「うん、ジョニーは今度から警護兵になるらしくって・・・で、ほかにも何人か姫に年が近い人間を中心に警護役を探してるみたいで、俺に来ないかって…」
「ゼルが、お城の兵士になるってことなの?」

そう言われてハッとした。そうだ、その話だと、俺は兵士になるってことだ。

ただ何となくお城で、一国の姫のそばで働くという事の大きさに気を取られていたけど、その申し出を受けるということは、俺は兵士になるってことなんだ。当然ジョニーはそうなってくれという意味で俺に話を振っているのだろう。

一体彼が俺に何を期待してるのかわからないけど、なんだか本当にとんでもない話だなと思った。

「そう、だよね・・・うわ、俺やっぱりやめる、そんなの勤まらないよ。」
「まぁ、どうして?」
「どうしてって・・・無理だよ、絶対に無理!兵士なんて・・・」
「だけど、ジョニー君は、兵士なんでしょう?」

俺はなんだか頭が混乱してきてしまった。
母さんは、「絶対そんな話断りなさい」と言うと思ったのに、なんだか全然そんな感じじゃない。俺が兵士になるのが嫌じゃないのだろうか。母さんと離れて暮らすかもしれないとか、この村を離れてしまうかもしれないとか、そんなことを思わないのだろうか。

困惑した表情で俺が黙っていると、母さんがこう言った。

「ねえ、ゼル。母さんね、母さんは…ゼルに、やりたいと思うことをやってほしいのよ。母さん、本当はいつも申し訳ないの…まだ子供のあんたに働かせて、自分はこうやって家でただ、待っているだけ。すごく申し訳ないの。もっと、ゼルのやりたいこと、自由にしてほしいのよ。母さんのことを気にしないで。いざとなれば、一人でだってやっていけるわ。ご近所の人だって優しいし、あんたほどもう食べるものだっていらないのよ。ジョニー君に誘ってもらって、ゼルが、やりたいって思うのなら、行っていいのよ。心配じゃないわけじゃないわ。でも、母さん、ゼルのこと信じてるから。」
「母さん」

俺はその言葉に、どう反応していいかわからなくて、ただ下を向いた。
ああ、だって俺は今まで、母さんのために、生活の為にずっと、頑張って、ただ喰っていかなくちゃ、生きていかなくちゃってそれだけをずっと考えていた。

だから、自分が今後どういう事をしたいだとか、何をしたいだとか、そんなことまるっきり考えていなかったから、俺は、突然自分というものがそこに投げ出されてしまって、訳が分からなくなってしまった。

なんだか頭がぐちゃぐちゃで、俺は泣きたくなった。俺は、俺の為に何かをしたことって、もう父さんが死んでしまった時から無くなってしまっていたから・・・今更どうしていいのか全く分からなかった。

ジョニーは来て欲しいという。俺は、よくわからない。
母さんは、行きたいのなら、行ってもいいという。
でも、やっぱり、俺は、よく、わからなかった。

「・・・・俺・・・・わかんない・・・・」

俺はそのまま、母さんに言った。
母さんはちょっと、今までの気迫を萎えさせて、小さく、

「そうよね・・・」

と言った。

「しばらく、考えてみるのもいいんじゃない?そうよね、突然よね・・・・。怖いし、どんなことが始まるのか、全然わからないものね。いいのよ。ゆっくりで。でも、母さんのことは気にしないで。本当に、大丈夫だから。ゼル、あんたね、自分のこと、もうちょっと考えてみなさい。ごめんね、母さんのせいで、そんな余裕なかったね・・・」

そういって母さんは俺の頭を撫でてくれた。
そんなつもりはなかったけれど、俺は久々に、本当に久しぶりに、その時少し泣いていたかもしれない。覚えていないけど、たぶん、泣いてたんだろうなぁと今になったら、何となく思った。



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