※ケリ姫スイーツ、蒼白×クリマ



馬酔木の頃






1.

正月を控え、陰陽師のクリマ、侍のセキメン、そしてその兄の蒼白はケットバス王国から和ノ国へと帰省することになった。

元よりケットバス国と和ノ国はとても遠い国であり、クリマやセキメン、蒼白達をはじめとする和ノ国出身者たちは、縁路はるばる馬にまたがり、船に乗り、その足で歩いてやってきたものだったのだが、ケットバス国へついてみれば、和ノ国にはない優れた技術が多く集まっており、科学者マッドの発明によるジェット機や飛行士エースの飛行機により、楽々と和ノ国へと帰って来られたのであった。

かくして、「もうこんなに遠い国へ来てしまっては、故郷へ帰ることはあるまい」と、ケットバス国に骨をうずめる気であったクリマやセキメン、蒼白、忍者のブルー、アサシンのレッドといった和ノ国出身者たちのその決心もあっけなく懐柔されてしまったのだった。

「ブルーやレッドも、こんなにも簡単に帰れるのならば帰ってくればよかったというのに。」

鎧も刀も外したセキメンが、軒先に座り七輪で膨らみかけの餅をつつきながらそう言った。
ブルーとレッドは、『そんなに簡単に帰れるのなら、今帰らなくてもいいだろう』と、ケットバス国で新年を迎えることにしたそうで、和ノ国へ帰ったのはセキメンと蒼白とクリマの三人だけであった。

「そうですね、驚きましたよ。私たちが半月かけて訪れたケットバス国から、たったの半日で帰れたのですから。あちらの方の国は、私たちには想像もできないくらいいろんな文化が発達しているのですね。」

そう言って柔和な笑みを浮かべながら、クリマがセキメンの隣に座った。まことに、とセキメンが同意してクリマへ笑いかける。

「そういえばクリマ様、兄上を知りませんか?今朝から見ないのです。」

「蒼白なら、刀の手入れをすると言って自室へおりましたが・・・」

「なるほど。どうせ休暇中で戦わないのだから、手入れなど…いや、そんなことを言っては武士道に反しますか。それにしても、あの兄上がクリマ様をほっぽいて刀の手入れとは、やはり故郷に帰れてほっとしているのだろうなあ。」

「ふふ、そうかもしれませんね。」

そういってクリマとセキメンは朗らかに笑い合った。



2.

一方、蒼白は自室にて刀を磨いていた。蒼白は、故郷に帰れてほっとしているわけではなかった。ただ彼は悶々と昔のことを思い出していた。

蒼白は、その名の通り肌の色がとても薄く青白く、髪の毛も和ノ国で生まれた者とは思えないような見事な銀髪をしていた。その特異な外見のため、幼いころはずいぶんと苛められ、こんなに肌が青白いのは化け物の祟りであるとか、こんな髪の色をした子供は不幸を呼ぶ魔性の子だ、などと散々言われて育ってきた。

弟のセキメンは、兄とは違い和ノ国のものらしい黒髪と黒い瞳、少し赤みの挿した黄色の肌であったが、なぜ兄の蒼白がそのような見た目なのか、セキメンにも彼らの両親にも全く分からなかった。
両親は、そんな髪や肌の色をした蒼白のことを気味悪がり、やはり周りが言うように何かの祟りなのだろうか、何か深刻な病気なのだろうかと心を煩わせてきた。しかし実際の蒼白の体には特に悪いところなど見られず、縁起の悪いことが起こるようなこともなかった。

それでも両親は世間から白い目を向けられる蒼白を嫌い、人目につかせたくないため、隣町にひっそりとある祖父の家に預けきりとなっていった。

祖父はむっつりとして変わり者であったが、蒼白の見た目が人とは違うことなど一切気にしておらず、また剣術が達者であったのでいつか役に立つだろうと蒼白に稽古をつけてやっていた。一方でセキメンは両親の家にいることが常で、兄には会いに行くなと言われていたが、それでもやはり兄を心配して、よく両親の目を盗んでは祖父のうちに出向いていた。その時に二人で祖父から剣術を教わったものだった。

そうした日々が幾年月と過ぎ、蒼白がそろそろ成人するようになる頃、両親が流行り病で死んでしまった。二人の家は貧しく、両親の薬代に借りていた金を返せず、そのために家は売り払われて、兄弟の住む場所は祖父の隠居となった。

祖父もその頃にはずいぶんと老いてしまっていたが、まだ寝たきりというわけではなかったのがせめてもの救いであった。

蒼白はそのころ、祖父の入れ知恵で用心棒の仕事をしていた。幼いころから祖父に教え込まれ、刀の腕が立つというのもあったが、真っ白な見た目で図体も大きく、無表情な蒼白は立っているだけでも人払いになる。物好きな金持ちが、好んで蒼白を用心棒として雇うこともあり、何とか細々と生活ができる程度の金を工面していた。

そんな時、クリマが用心棒を募集しているとうわさを聞きつけたのは、兄と同じく用心棒の仕事をしていたセキメンであった。セキメンは町の商店の簡単な用心棒であったので、そこに訪れる客からよく様々な噂を聞いていた。
クリマはそのころ、世間でとても騒がれていた陰陽師で、その神力の強さと式神の扱いの凄まじさで、いたるところに呼ばれては破魔仕事を仰せつかっていたのだ。
なんでも、彼は自分そっくりの姿をした式神を操り、常人には見えぬ亡霊や邪気を払っているのだという。

セキメンは、兄のことも彼に見せてほしいと祖父に頼んだ。有名な陰陽師のクリマに見てもらい、兄には何も憑いていないと証明し、さらにそこで用心棒もできれば万々歳ではないか、とセキメンは意気込んだ。
しかし蒼白は、やはりもし本当に何かが自分に憑いていたら、とその真実を知るのが怖く、尻込みをした。

だが、セキメンは『絶対に兄上には何も悪いものはついていない、自分が保証する』とその気持ちを譲らず、祖父も、蒼白には自分も何も憑いてはいないと思うが、もし本当に憑いているのであれば、その陰陽師に祓ってもらえれば・・・と内心考え、セキメンと蒼白をクリマのところへ出向かせたのであった。

蒼白はその時、意気揚々と歩くセキメンの隣で、暗い顔をしていた。クリマに会えば、自分はすぐに滅されてしまうのではないか。もしそうであれば、見苦しい姿は見せず、潔く殺されよう。それが弟や祖父の為なのだ、と思い詰めていた。

蒼白は、両親に愛されず、世間からは白い目で見られ、外にもあまり出られず・・・と、そういった環境で育ったために、いくら弟や祖父がそうでないと否定したとして、幼い頃より自分は妖魔の類にとりつかれているのだと思い込んでいたのだった。

そのため、蒼白はクリマに会うや否や、「悔いはない、滅してくれ。」
と頼んだ。
しかしクリマは、蒼白のその言葉と、彼の白々として大柄な見た目に驚いていたが、

「何をおっしゃいますか。貴方には、何も憑いておりませんよ。」

とこともなげに言い放ったのであった。

蒼白は拍子抜けした。そんなはずはないと否定し、さっさと滅してくれと声を荒げた。
そして蒼白は、すさまじい剣幕でクリマに詰め寄り、胸倉に掴みかかった。

「ふざけるな!!俺には何も憑いていないだと?このような呪われた外見であるのに、鬼や妖魔にとり憑かれていないというのか?お前が有名な陰陽師だというから、わざわざ出向いたというのに・・・たわごとを。力があるのなら、さっさと、俺を滅するがいい!!この真っ白い化け物を、殺せ!今すぐに!!」

蒼白は悲痛な声で、そう叫んだ。しかしクリマは、その剣幕をものともせず、蒼白の目を見て静かにこう言った。

「落ち着きなさい。本当です、何も悪いものはついてはおりません。さぞ今まで辛かったのでしょう。けれど、もう大丈夫です。貴方は美しい。その銀に輝く髪は、天に浮かぶ満月より美しく、肌は新雪よりも白く、美しい。」

最後にクリマは蒼白の銀の髪に手を伸ばし、そっとなぜて、「私は、貴方が好きですよ。」と言って優しく微笑んだ。

蒼白はその言葉を聞いて目を見開いた。そして、震えるように掴みかかっていた手をゆっくりと放し、ボロリと大粒の涙をその鋭い目の端からこぼれさせた。

「・・・う、ぁああ・・・」

蒼白は小さくうめいて両手で顔を覆い、クリマの足元へと崩れ落ちた。
そうして肩を震わせ、生まれて初めて人前で涙を流したのであった。それは安堵と喜びの涙だった。彼はそのクリマの言葉で、初めて親や世間、そして、自らがかけた悲しい呪いから、解放されたのであった。



3.

そこからはもうとんとん拍子だった。
ぜひ蒼白もセキメンも、自分の神社の用心棒になってくれとクリマは二人に依頼し、セキメンは寺全体の用心棒として、蒼白は、クリマ専属の用心棒として働くこととなった。

そうしてクリマの神社で仕事を安定させた二人であったが、その2年ほど後、祖父が老衰で死んだ。蒼白にも悪いものが憑いていないと知り、セキメンもいい職にありつけ、安心を得た祖父は、孝行もんだなぁ、と、本当に珍しく笑顔でそう言って、二人の前からそっと天国へと旅立っていった。安らかな死だった。

しかし、ついに蒼白とセキメンはお互いだけしか身寄りがなくなってしまった。
そして丁度そのころ、クリマが破魔仕事の都合で住居を移さねばならなくなったので、二人はそれについていくことを決意した。

そうして故郷を捨て、クリマについて、様々な場所を放浪するにつれ、セキメンは和ノ国だけではなく、もっと別の世界を見てみたいですと言い始めた。蒼白は初め、こんなにも世話になったクリマ様のお側を離れるなどと、と反対していたが、若者らしいセキメンの熱意にクリマの計らいもあり、セキメンはクリマの側近をやめて世界へと旅立った。

そして、クリマと蒼白がセキメンからの申し出でケットバス国へと行くことになったのは、さらにその3年後のことであった。



4.

「・・・はぁ・・・」

自室で黙々と刀を磨いていた蒼白は、刀に映った白々とした自分を見てため息を吐いた。
実を言うと、クリマと蒼白は、1年ほど前より恋仲であった。蒼白の用心棒としての献身的な行動がクリマの心を動かしたのか、はたまた、出会ったあの時から蒼白がすでにクリマに惚れていたのか、それはわからない。ただ、蒼白がクリマの側近として仕えた月日の間に、何とはなしに二人は惹かれ合い、そういう事になったのだった。

自分には何も憑いていない。クリマがそれを証明してくれた。そして、ケットバス国へ行けば、科学者のマッドが、

「お前が白いのは単なる遺伝子欠陥で、俗にいうアルビノじゃ。単に体にあるはずだった色素が抜けとるだけ。そんなもので化け物扱いとは、和ノ国は大分遅れておるんじゃのお!ワハハハハ!」

などと笑い飛ばし、つまり自分は、たまたまそういう色合いに生まれてしまった普通の人間であるという事をあらためて知ることになったのだった。

・・・だがそれでもいまだに、化け物と言い続けられてきた自分の白々とした姿を見ると、すこし気味が悪いようにも思える。だけれども、クリマは、こんな自分を美しいと言ってくれる。

蒼白は、自分を救ってくれたクリマのそばにずっと居続けたいと思っていた。居続け、守り、愛していたいと思っていた。

だが、クリマはその強すぎる神力のため、人より年を取るのが何倍も遅く、すでに百何年と歳を重ねてきていた。蒼白は、見た目はまるで魔物のようではあるが普通の人間である。いくら鍛えて刀の腕を磨き上げたとして、神力も備わらず、このままいけば常人と同じく、百年とたたないうちに死に行くであろうことは当然であった。

一度、その話をクリマにしたことがあった。
貴方を残して逝くことになると思うと、心苦しいと。先のことを考えるのが、とても怖いと。蒼白がそう言うとクリマは、「そんな風に思ってもらえるなんて、それだけで私は嬉しいですよ。」と微笑んだ。しかしそのあと、ふと寂しそうな顔をして、「だけど私も、貴方と同じように死ねたら、いいのですがね」と、クリマは呟いたのであった。

蒼白は、たまらなかった。
もちろんそのあとすぐにクリマは「いえ、なんでもありません。忘れてください!」とごまかすように手を左右に振って笑ったが、蒼白はその時のクリマの寂しそうな顔がいつまでも頭から離れない。クリマの手を取り、「私の命が尽きるまで、貴方のお側におります!私の命が尽きるまで、あなたのことをお守りいたします!」とその時は言ったが・・・

「・・・クリマ様・・・」

蒼白は刀に映る自分から目を外し、自分の恩人であり、最愛の恋人であるクリマの名を呟いて天井を見上げた。

自分の命が尽きるまでなどでは足りない。彼が死にゆくまで、彼と同じ寿命を持ち、彼が自分を必要としなくなる時まで…その時まで、ずっとずっとクリマの側に仕えていたい。矛盾だが…そのためなら、自分の命だって惜しくはないのだ。

蒼白は最近、毎日のようにそう思うのであった。


「・・・私が、クリマ様のように長く生きられれば」

『・・・長く、生きたいか?』 

「ん?!」


突然として、蒼白の背後から、突如唸るように低い声が聞こえた。
蒼白は驚いて周りを見回すが誰もいない。


『愛する者の為に、長生きがしたいか、蒼白・・・・』

「貴様、何奴だ!どこにいる?!」


蒼白がそう叫び、刀を構えるや否や、何か強い衝撃が彼の頭を打ち、彼の意識は暗転してしまった。



5.

「今日は、なんだか風が生ぬるいですね・・・」

お八つの餅も食べ終え、刀の手入れをし、そろそろすることもなくなってしまったセキメンが夕飯の支度をしていると、クリマがやってきて、そう言った。

「クリマ様。写経が終わられたのですね?どうしました、神妙な顔をなされて。」

「いえ、何でもありません・・・と、思うのですが。・・・妙な、胸騒ぎが」

「え?」

「・・・いいえ!夕食は、なんです?」

「今日は、寒いので餅入りの豚汁です!私はサトイモが好きで!」

「なるほど、いいですねぇ。セキメンは、イモだけでなく餅も大好きでしょう?もちろん私も好物ですが。蒼白を呼んできましょう。」

「ああ、すみません。お願い致します。」

少し照れたように笑ったセキメンを残し、クリマは蒼白を呼びに彼の自室へと向かった。
蒼白、そろそろ夕食ですよ、と言いながらクリマが部屋のふすまを開けると、なんと蒼白が倒れている。

「蒼白?!」

クリマは驚いて声を上げて駆け寄り、蒼白をゆすった。すると蒼白はゆっくりを目を開けたが、どうもぼんやりとしている。

「蒼白、どうしたのです?大丈夫ですか・・・」

蒼白は充血して赤い目をしている。あぁ、と小さく声を出してクリマを確認すると、そっと微笑みかけた。だが、その笑い方はいつもの蒼白のクリマに対する微笑み方とは全く違っていた。妖艶とでも言えるような目つきで、不自然に口の端を釣り上げている。蒼白はクリマの腕にしがみついた。

「クリマ様・・・」

「蒼白、どうしました?!何か、様子が・・・」

「クリマ様、私は、貴方が欲しい・・・」

「蒼白?」

蒼白はそう言うと、いままでぐったりと倒れていたにもかかわらず激しい勢いで起き上がり、クリマにのしかかった。

「一体どうしたというのです?!」

にんまりと、見たことのないような下卑た笑顔で迫った蒼白にクリマが身の危険を感じると、ほぼ自動的にクリマの式札が発動して蒼白を弾いた。クリマは慌てて体勢を立て直して蒼白から距離を取り、札を構えた。蒼白はうぅ、とうめき声をあげてのっそりと立ち上がる。かすかだが、蒼白から妖魔の気配がする。胸騒ぎはこれだったのか。

「蒼白、貴方・・・」

「貴方のお側に居るためには、貴方の力が必要なのです・・・あなたの力を私に・・・私に下さいませ・・・」

先ほどと同じように口の端を釣り上げて笑いながら蒼白は畳に放り出されていた刀を拾い、ゆっくりとクリマに向かって構えたのであった。

小柄なクリマと比べて、蒼白はとても背が高く、日頃より鍛え抜いているためがっしりとした体をしている。もとより、クリマは目に見えない妖魔や悪霊専門である。いくら強い神力を持っていても、いくら寿命が長くとも、物理的には普通の人間の身体。

蒼白に本気で切りかかられては、クリマの命が危ないのは明白であった。

身の危険を感じたクリマは式神を具現化した。クリマの式神は、普段はお札に宿っているのだが、具現化するとクリマと瓜二つの風貌になる。唯一違うのは般若の面を被って顔を隠しているところである。ヒュウ、と風のなるような音を唸らせ、式神がクリマを守るよう蒼白の前に立ちはだかる。

『下等な妖魔ごときが。クリマは私の獲物だ。お前など、己が一飲みにしてくれる。』

「フン、式神か・・・お前などに・・・私のクリマ様を奪われてたまるか!」

蒼白が式神に切りかかる。クリマの式神も、ボウと光る青い炎を蒼白に吹きつけた。
式神が蒼白の相手をしている間、クリマは急いでセキメンを呼びに向かった。
一人では勝てない、という理由もあったが、自分では蒼白を傷つけるようなことはできないと思ったからだ。



6.

「セキメン!セキメン!」

クリマは冷たい廊下を走り、先ほどまでセキメンがいた台所へ向かう。
セキメンはその前の居間で、茶碗に炊き立ての白米をよそっていた。

「クリマ様、どうしたのですかそんなに慌てて・・・」

「蒼白が!蒼白が何かにとりつかれているようで・・・!私に切りかかろうとしたのです!力を貸してください!」

「兄上が?!」

セキメンは仰天した。すぐさまにしゃもじを放り投げ、装備を整えて刀を握った。

「今は・・・今は私の式神が彼の相手をしてくれているのですが、私も側にいないのでいつまで持つか・・・とにかく、早く!」

「わ、わかりました!」

クリマとセキメンが蒼白の自室へ向かうと、もはや部屋はめちゃくちゃ、式神も消えかかっていた。

「式神!」

『クリマ・・・こやつにとりついている妖魔は下等なもの・・・なのにこの力、どうなっている?』

消えかけの式神がクリマの護身札へと戻った。式神はクリマと契約を交わしているため、クリマの側へいないとどうしても力が弱くなるようになっていた。

「・・・それは・・・」

クリマには分かっていた。蒼白に憑ついている妖魔は単なる下等霊でしかないこと。それなのになぜ、こんなにも強靭な力を発揮しているのか…蒼白自身の刀の腕が立つのもあるが、おそらく、それ以上に妖魔が取り入った蒼白の心の闇が大きかったからであろう。
蒼白自身の大きな心の闇が、妖魔の恰好の餌となりその力を増幅させているのだ。

(蒼白・・・こんな・・・こんな事になって、何を思いつめていたのです?!)

クリマは困惑した。恋人である自分にも言えない何かを、彼は背負っていたというのか。あんなにも自分を愛してくれている蒼白に、自分は何もしてやれていなかったのか。
クリマが髪をふり乱した蒼白を前に固まっていると、セキメンが式神の代わりにクリマの前へと出る。

「兄上!!」

「セキメン・・・お前も私の邪魔をするか?」

「兄上、一体どうしたのですか!?」

事情を今一歩呑み込めていないセキメンが兄の形相に困惑する。憑りつかれていると聞いたが、自分やクリマのことも分かっている。もっと我を忘れて暴れている様子を想像していたセキメンは、やはり口元で笑っていながらもどこか怨念のようなものを感じる蒼白に恐怖した。

「邪魔をするなら・・・お前も、切ってしまうぞ!!!」

兄の蒼白が、セキメンも同じく使っている技の一閃を炸裂させる。蒼白の一閃はセキメンのそれよりも鋭い。その白々とした蒼白の素早い動きはまるで稲妻のようだ。
致命傷は逃れたが、セキメンは左腕に傷を負った。磨き抜かれた刀の切れ味。

セキメンの左腕からスゥと一筋の血が流れる。

「あ、兄上・・・」

蒼白は本気だ。これは兄ではない。セキメンは悟った。だがどうする?兄じゃなくとも、肉体は蒼白のものである。だからこそクリマも手出しができないのだ。しかし。

「兄上・・・御免!」

セキメンは蒼白に嶺打ちで切りかかった。

「ぐ・・・!」

キンッキンッ!と鋭い音が響いた。蒼白はクリマの式神との攻防で少し消耗していたのか、弟の一閃を避けることが出来なかった。しかし、やはり嶺打ち、蒼白はまだ倒れない。
目は座り、うつろで、口にばかり薄笑いを浮かべ、蒼白は

「こいつじゃない、こいつじゃない・・・」

となにごとかを呟いている。

「・・・兄上・・・」

「お前じゃない・・・私が欲しいのは・・・そこの陰陽師・・・」

蒼白の意識が朦朧としてきているのか、ぶつぶつと低い声で何かうわごとを呟いている。
おそらく蒼白を乗っ取っている下等な妖魔が表出してきているのだろう。

「ッ、クリマ様、どうしたら・・・」

「アァアアアアアアア!!!」

セキメンが蒼白から注意を外しクリマの方を振り向くや否や、隙を見た蒼白が激しく叫び声を上げ、クリマへと切りかかった。

「クリマッ!その力、わが手に!!」

だがクリマはセキメンが蒼白の相手をしている間に呪印を切り、蒼白が自らの方へ迫り来るのを待ち構えていた。

「・・・我が身は我にあらずこの身体はまがものをすべて引き受ける癒しの戸・・・開門!」

クリマがそう唱えると彼の両の手で作った輪の中に暗黒が生まれた。それはみるみるうちに大きくなり、ほとんどクリマの姿が隠れてしまうほどに膨れ上がった。そしてその暗黒は何かを吸引するようにゴォオと音を響かせた。蒼白がその暗黒に怯み、手元を狂わせてクリマの烏帽子を切った。そして、次の瞬間には蒼白はばったりと倒れてしまった。

「・・・ハァ・・・ハ・・・」

クリマが荒い息を吐き出し、倒れた蒼白の前にドッと膝をついた。巨大な暗黒は、クリマが両手の輪を外すとともにスゥと消えてなくなってしまった。

「セキメン・・・」

まだ息を切らせているクリマが、セキメンの名を呼ぶ。突然の信じがたい光景に呆然と立っていたセキメンはクリマの呼びかけにハッとし、刀を放り投げてクリマと蒼白の側へとかけよった。

「ク、クリマ様・・・!兄上は・・・兄上は!大丈夫なのですか?!」

「ハァ・・・大丈夫です、心配いりません。きっと目を覚ますでしょう・・・」

「一体、何を・・・クリマ様。今の巨大な・・・穴?」

「あの世への道です。式神とセキメンがだいぶ弱らせてくれていたし、妖魔も我も失って隙がありましたから、無事に導けました。」

「それは、それは・・・しかし、クリマ様も大丈夫ですか?ずいぶんと消耗されて」

「大丈夫です。さっきのようなあの世への道を作るには、神社などで力を借りるのですが、今回は直接私の体から道を作ったので・・・少し、大変だっただけです。とにかく、蒼白を床の間へ。・・・それと、部屋を片付けねばいけませんね」

「は、はい!」



7.

蒼白が目を覚ますと、彼の目の前には恋人と弟の心配そうな顔があった。

「兄上!」

「蒼白!目が覚めましたか!?」

「クリマ様。セキメン・・・一体、私は・・・?」

蒼白は呆然として起き上がり、周りを見回した。いつの間に、寝巻に着替えて布団に入っていたのだろう。それにここは自分の部屋ではない、クリマの写経部屋だ。

「私は・・・私は自分の部屋で刀を磨いておったと思うのですが・・・」

その言葉を聞いてセキメンとクリマは顔を見合わせた。覚えていないのだ、さっきまでの参事を。クリマは自分の顔を見やるセキメンにうんうんと頷き、あとは私が、とセキメンに耳打ちした。

「では、あとはクリマ様にお任せいたします。兄上、目が覚めてよかった。落ち着いたら夕飯もまたあっためてあげましょう。きっとお腹がすいておるでしょうから。では。」

そういって立ち去ったセキメンに蒼白は訳が分からないというような顔をしてクリマを見た。

「セキメン、腕を怪我しておりませんでしたか?クリマ様…」

「あぁ、蒼白…本当に何も覚えていないのですね。辛いかもしれませんが、説明いたしましょう。あなたはつい先ほどまで、妖魔に憑りつかれていたのです。」

「な・・・?私が・・・!?」

クリマは蒼白に一連の事件について説明を始めた。そうするうちに蒼白は、もともと青白いその顔をさらに真っ青にしてカタカタと震えだし、頭を抱えて絶望的な声を出した。

「そんな・・・私が!私がクリマ様にご迷惑を・・・!」

蒼白は自らが最愛のクリマを傷つけようとした事実に取り乱し、半狂乱になってそう叫んだ。まだ動きづらいその体を無理に動かし、死んでお詫び申し上げますと、自分の刀を探し回った。

しかし、事情を説明すれば蒼白がそうなるであろうと分かっていたクリマとセキメンが、凶器になるようなものをあらかじめ隠しておいたので、蒼白が自分を傷つけられそうなものは何もない。

自責するための手段がない蒼白は、罪悪感からついに泣き出し、悲痛にうめきながらすみません、すみませんとひたすらにクリマに頭を下げた。

クリマはそんな蒼白の肩を片手で抱き、もう片手でそっと手を握り、蒼白、いいのです、大丈夫です、あれは妖魔で、貴方ではなかったのですから・・・と彼が落ち着くまで背中を撫でさすってやった。

「いいのですよ。もう終わったのですから・・・。それより。」

クリマの優しい声音が突然とピリリと少し厳しいものに変わった。
蒼白はまだ青白く血の気を引かせたままの顔を上げてクリマを見た。

「それよりもです、蒼白。あなた、何か悩み事があるのではないですか?」

「な、悩み事?」

「そうです。実を言うとあなたに憑りついていた妖魔は、本当に下等なものでした。あの程度のアヤカシならば、私がここに居るだけで、この家に近づいてくること自体、本来はありえないのです。それなのに、そんな下等な妖魔にあなたは憑りつかれていた。それは、貴方の心に闇があったからなのです。闇は妖魔をひきつけます。そしてその闇が強ければ強いほど、妖魔たちの恰好の餌となり、力を増幅させてしまうのです。あれほどまでの力。私の式神や、セキメンの力をもってしてもすぐには倒せなかった。闇とは、悩み事です。あなたは一体何を悩んでいたのです。私に言えないことですか?」

「それは・・・・」

蒼白は口籠る。自分が闇を引き寄せた理由。それは間違いなく、自分自身が『クリマの側に居られるのならば、命さえも惜しくはない』と思い詰めていたせいなのであろう。その蒼白の強すぎる想いに、卑しい妖魔がつけ込んだ。
蒼白は、陰陽道のことは詳しくは分からなかったが、長らくクリマの側に仕え、クリマの仕事やアヤカシ退治に連れ添った身である。分からなくとも、クリマに「悩みがあるから付け入られたのではないか」などと言われれば、その程度のことは察しがついた。

蒼白は心底情けなくなり、まだ、先ほどクリマを傷つけてしまったことへの罪悪感で流した涙が乾かないうちに、またしとどに新しい滴をそのつり上がった目の端からこぼれさせた。

クリマはそれを見て蒼白の両手を握った。そして蒼白は絞り出すように言葉を紡ぐ。

「私は・・・私は、クリマ様・・・ただ、ただ貴方様と一緒におりたかっただけなのです・・・それだけなのです・・・本当に、それだけなのです。お許しくださいませ・・・。」

蒼白は自分のそのクリマへの強すぎる想いが、自らへの隙を作り、結果としてクリマを傷つけるようなことになってしまったことが我慢ならず、しかし自分自身を傷つけることも、両の手をクリマに握られているためどうすることも出来ず、ただひたすらに嗚咽して涙を流すことしかできなかった。

こんな自分など消えてしまいたい。自らの命よりも大切だと思っているクリマに迷惑をかけ、傷つけ、心配をかけさせて・・・それなのにこうしてのうのうとまだ生きて涙など流している。悲しくて、情けなくて、申し訳なくて、蒼白はその顔を真っ赤にして、どうすることもできずに、やはり、嗚咽して泣いていた。

クリマはその様子を、蒼白の手を握ったまま静かに見守っていた。クリマには蒼白が何を考えているかなど、すべてお見通しだった。だからこそクリマは、蒼白を逃がさない。

しかし、自分を許せと諭しても、蒼白にはきっと無理だろうということもクリマは分かっていた。そう言えば、きっとさらに彼を追い詰めるだろうと。
だから、クリマは優しく微笑む。

「蒼白、よく泣くようになりましたね。」

「はい・・・?」

「貴方の泣き顔も、怒った顔も、笑った顔も・・・私は、ずっと見ていたいです。」

「・・・」

クリマの語りに、蒼白は言葉の続きを待つ。
知らないうちに、涙が止まった。

「蒼白・・・あなたと共に私も居たい。あなたとずっと、一緒に居たいのです。あなたと同じ気持ちなのです。」

「クリマ様・・・・」

「だから、蒼白。たとえどんなことがあろうとも、私は、貴方が死ぬことを望まない。それだけは、分かっておいてくださいね・・・。」

何もかもを悟っていながら、それだけを伝えてきたクリマに、蒼白は胸が張り裂けそうだった。あぁ、この方は何もかも、お分かりなのだ。自分はなんと愚かなのだろうと、何度目になるのかわからない反省を繰り返した。

「・・・はい。はい、クリマ様・・・誓って。この蒼白、誓って、そういたします!」


そうだ、自分は、クリマの為だけに、生きて、そして死ぬのだ。それを何度も思ってきた。クリマが生きているうちに、自分の寿命があるうちに、クリマの前から姿を消そうなどと、そんなことは許されるはずがない、いや、この自分自身が、許さない。

そう強く思い、蒼白はクリマが握っていてくれたその手を、強く握り返した。

「そうです、だから・・・ずっと、私の側に居てくださいね・・・蒼白・・・。」

しかし、蒼白は知らない。
クリマが、人とは違う強すぎる力の為、いつ尽きるのかわからない、自身の生命力の強さ。それを、もしも止めてしまう人間がいるとしたら、それは蒼白であり、そして、蒼白であって欲しいと願っていることを。

微笑み、そっと口づけたクリマの心を、蒼白はいつか知る時がくるだろうか。



END.

題名は、馬酔木(アセビ)という花が咲く頃の話。という意味合いで。
馬酔木の花言葉は、「犠牲」「二人で旅をしよう」「清純な心」。

万葉集にも読み込まれている、日本に馴染みの深い花で、白く小さく可憐な花ですが、毒があるそうです。

この二人に合うかな、と思い、付けささせて頂きました。