※ケリ姫スイーツ
剣士ジョニー×弓使いゼル
いろいろ捏造甚だしいです。



夢からの導き






第一幕


俺は夢でも見ているのかな?
ゼルがすごく近い。
ゼルの顔が、身体が、すごく近い。

吐息が当たるくらいに俺の近くにいて、俺の視界は・・・ゼルでいっぱいで。
なんだろうこれ、なんだろう。

俺は訳が分からないままに動機が止まらなくて、小さくゼルの名前を呼んでみる。

「あ、あの、ゼル…」
「…何?」

ゼルは俺の首に手を回してきて、もともと近かった距離がもっと縮まって、俺は本当にどうしていいかわからない。

いつも戦いに行く時に着る鎧がギチギチと鉄の音を立てて、固まる。

「な、何っていうか、あの、どうしたの・・・」
「何が?」

ゼルのまつ毛の長いつぶらな瞳が俺の目を捕える。
ゼルの目は緑色で、綺麗に透き通っていて・・・ああ、俺もたまに目がブルーで綺麗だねなんてほめられることはあるけれど、彼の目の方がよっぽど美しいのではないかと思う。

「ジョニー・・・」

ゼルが俺の名前を呼ぶ。
俺のことをその目でじっと見ている。意志の強そうなその瞳が俺はとても好きだ。
あぁ、近い。ゼルが、とても近い。キスしそうな距離で俺は思わず目を閉じる。

「ぜ、る・・・・」

吐息が唇に触れて、彼のやわらかいその唇が、そっと押しつけられたような感覚がして・・・そしてその瞬間に俺はぱっちりと目が覚めて現実に帰って来た。


「・・・・・夢・・・・・・」

目を開けたそこには天井しかない。それから、俺の顔を舐めている猫だ。
馬鹿だ。完全に馬鹿。俺って馬鹿。

「・・・・・うわあぁああ・・・・・・・・」

どうやら先ほどの夢のような状況は、本当に全部夢だったようで、夢だったことにがっかりしたのもあるけれど、そんな夢を見てしまう自分にもっとがっかりして、もうなんだか辛くなって、猫も放っておいて俺は掌で顔を覆ってしばらく打ちひしがれた。

俺はゼルのことが好きだ。ゼルは男だけど、小柄で顔も整っていて、黙っていれば可愛い女の子にしか見えない。でも、別に女の子みたいだから好きだってわけじゃなくて、俺はゼルの正直でまっすぐな人間性に魅かれて、彼のことがとても好きだと思っている。

やましい目で見ているつもりは・・・まぁ、それは恋愛対象として好きなわけなんだから、多少はあるかもしれないけど、基本的には同じ仲間として尊敬して、好意を抱いているつもりだったんだけど・・・

「はぁ、もう、嫌だ・・・」

こんな夢を見てしまって、しかもすごく幸せだったとか、自分で自分が信じられなくてなんだか泣けてくる。
盛大にため息をついて、いまだに俺の顔にすり寄っている猫を抱き上げて、起き上がった。彼らは何匹かで城に住み着いていて、たまに従者たちの部屋に侵入しては甘えたり餌をねだったりするのだ。
時計を見ると、まだ6時過ぎだ。だけど朝日はもう差し込んで、城のメイドや料理人、掃除係などの従者たちは働き出している頃だ。

姫が起き出すのは8時ごろ、その姫直属の家来、つまり俺達は大体7時に起き出して、準備やアップを始める。もちろん、姫のわがまま・・・いや、直々の命令に従うためだ。

俺は抱き上げた猫をひざに乗せ、喉元を撫でて傷心を癒す。
実を言えば、もう、何度かゼルに想いを伝えている。だけどまだ返事は貰ってない。というより、俺から返事はいつでもいいと言ったんだ。いつでもいいし、もし答えが出せないのなら、ずっと出さなくていいと言った。ゼルの気持ちを尊重したかったからだ。

男同士で付き合ったとして、いろいろ前途多難であることは目に見えているし、まずゼル自身にこの気持ちを受け入れてもらえるかどうかも分からない。だけど、とにかく俺はゼルが好きだという気持ちを持っていて、それを知ってさえくれていれば、それ以上は何も望まないという風に告げたのだった。

そう言うとゼルはすごく不思議そうな腑に落ちないような怪訝な顔をして、「ジョニーはそれでいいわけ?」と言った。俺がそれでいいと言ったら、ゼルは、「わかった。じゃあ、とにかく、答えはまだ出せないけど気持ちだけ、もらっとく。」と言ってくれた。
だから俺たちはいま、そこまでの関係でしかない。
それでいいと思っていた。俺には別段ゼルとどうこうしたいなんていう気持ちはなかったし、ゼルが嫌なら全部あきらめるつもりだ。
だけど、あぁ、こんな夢を見てしまって、なんだかすごく罪悪感にさいなまれた。
俺はゼルのことがだれよりも大切だと思っている。たとえいつかフラれたとして、きっとその気持ちは変わらない。

最初は弟みたいな感じだったんだ。年下だし、体も小さくて女の子みたいで、実際わりと弱くて、だからただ守らなくちゃと思っていた。だけど、ゼルはそんな小さな体で、果敢に敵に挑んでいく。弱くたって小さくたって誰よりも気をしっかり持って、自分にできる事を真正面から、全力でやっていく。ゼルは、俺なんかよりもはるかに強い心を持っていた。いつだって自分自身の力で不可能を可能にして、前に進む強さを持っていたんだ。
俺はそういうゼルを心底仲間として尊敬していた。ちっちゃいくせに生意気で、気が強くて、弟的な存在としてもかわいいと思った。そして、いつからかその気持ちは、まぁ、そういうことになってしまったんだけど・・・・

「やっぱり、ゼルと付き合いたいのかな、俺・・・」

喉を撫でるのをやめると、気持ちよさそうに喉を鳴らしていた猫は、ミャアと小さく鳴いて、俺の部屋から出て行ってしまった。


第二幕


俺は今日も夢を見ている。
あぁまるでそれは昨日の続き、ゼルが俺に抱きついて、暖かいその体が俺の鎧で冷えてしまわないかと心配になる。

ゼルは少し挑発的とも思えるような、いつもの生意気な目で俺を見つめて、俺の反応をうかがっている。「お前は俺のことをどうしたいわけ?」とでもいうような、そういう目で、抱きついてきているゼルを抱き返すこともできなければ、引きはがすこともできない俺を見ている。

「教えてよ、ジョニー」

昨日と同じキスしそうな距離でゼルが話す。俺はその薄くて柔らかそうな唇にくぎ付けになる。一言一言がスローモーションのように、唇の形と焼き付いて、俺に問いかける。

「それはお前が決める事だろ?」

そう言ってゼルが笑う。彼の言う「それ」の指す意味は、一体なんだろう。
俺はやっぱりどうしていいかわからない。

「俺にばかり選択権を渡してさあ、ズルイと思わないわけ。」

ズルイ。俺はずるいのだろうか。ゼルの気持ちを最優先にしたいと言って、返事はいつでもいいと言ったこと。それはやっぱり、返事を聞くのが怖かっただけなのかな。
俺はただ、あの時、彼に優しくありたいと思っただけじゃなかったのかな。

「優しさと卑怯って、同じなのかな・・・・」

まるで言い訳でもするかのような気持ちで俺は夢の中のゼルにそう言った。彼の目を見るのが怖くて、俺はやっぱりゼルの唇やあごや、その先に続いている細い首、鎖骨あたりまでを見ていた。

「ジョニーはどう思うの?」

「俺は・・・」

俺は、違うと思う。それはだって、ゼルを見ているとよくわかるんだ。
俺の優しさは卑怯なのかもしれない。優しいふりをして、自分を守っているだけなのかもしれない。そう思う。そう思いながらも、見えないふりを続けているのを、俺はもう気が付いている。それなのに。

「ジョニーは、剣は強いけど、本当に臆病者だよなあ」

そう、分かっている。俺は臆病ものなのだ。だからこそ、物理的な強さをひたすら求める。そうすることで硬い硬い鎧を心にまとう。傷つかないように。誰も触れられないように。

本当は、言われなくたって知っているんだ。俺は弱い。俺は、とてももろい。だけど、ゼルなら俺のそういう弱さを、捨てさせてくれるんじゃないかと思って、好きになったんだ・・・・・

俺の持ってない心の強さ、自分の弱さを隠さないまっすぐさ、そこに魅かれたから、好きになったんだ・・・・・

「なら、とっとと始めなくちゃ。」

俺から少し身を離して、笑ってそう言った彼を残して、その日の夢が終わった。
朝が来ていた。やっぱり目の前には従者の部屋の天井しかない。今日は、猫もいない。

あの、夢の中に居るゼルは、一体、誰なんだろう。俺自身かもしれないし、ゼル本人かもしれない。


俺はゼルに会いたくなった。
ベッドから降りてカーテンを開いて朝日を見て、俺はとても彼に会いたいと思った。


第三幕


幸いというべきか、ゼルも俺も今日は姫のお供に連れて行かれることになった。

「なんか今日のとこはフヨフヨしてる相手が多いのよ!前回みーんな倒されちゃったし、今日こそはイケメン目指してさっさと敵を倒してちょうだい!」

姫は相変わらず元気で無邪気で、そしてイケメンに一直線だ。
いつでも身勝手な姫の言い分だけど、それこそが俺たちの仕事でこの城に雇われている理由なので、特に文句も言えずに戦うことになる。俺たちが戦いに行く時に仮面で顔を隠すのは、自分という意思を消し、彼女の意に従う従順な兵士としてだけ存在するためなのかもしれない。

それはいいとして、無事にこの日は、ふよふよしている敵たちも討伐することが出来た。姫はとても喜んで、さぁこれでまた一歩イケメンに近づいたわ、と目を輝かせていた。ということは、明日もまた戦うことになるのだろう。何度フラれてもまたイケメンを探し求めて頑張る姫を俺は嫌いじゃないと思う。実際頑張っているのは俺達だとしても。

そしてその日の帰り、敵を倒せて上機嫌な姫にみんなほっとしながら城へ戻っているところ、俺はゼルを引き留めて、あとで少し話がしたいと誘った。

「話?いいけど、ここじゃダメなわけ?」

「いや、ちょっと・・・二人だけで話したいんだ。」

ゼルは不思議そうな顔したけれど、ちょっと込み入った話だから、と話をつけて、あとで城の裏庭にあるテラスに来てくれるよう頼んだ。

「じゃあ、飯食ってから行くし、8時くらいで。」

「うん、わかった。待ってるから。」

そういって俺たちは別れて、それぞれの部屋へ戻った。
本当は、大体の兵士の部屋は相部屋だったりするのだけれど、姫直属の家来である俺たちはそれぞれ、一人ずつに個室が与えられているのだった。

「8時か・・・」

部屋に戻ると時計は6時過ぎを指していた。ゼルは夕飯を食べてから来てくれると言ったので、たしかに8時はいい頃合いだろう。俺も夕食を取った方が良いだろうと思ったけれど、緊張してそんな気になれなかった。確か、先日ガウガウを倒して助けた既婚のドーナツ屋のくれたクグロフが残っていたので、もし腹が減ったらそれでも食べることにしよう。

「はぁ。」

ああ、緊張する。ゼルはどう返事をしてくれるのだろうか。
とにかく鎧を脱いで、シャワーを浴びた。適当な部屋着を着て(それでも人に見られてもはずかしくないくらいの恰好だ)、そわそわと時間が来るのを待った。

七時を過ぎると、なんだか少し後悔した気分になってきたけれど、タイミングよく先日の猫がまた俺の部屋に来てくれて、膝の上まで来てゴロゴロと鳴いてくれたので少しだけ気がまぎれた。

「じゃあ、頑張ってくるよ、ネコくん。」

そろそろ時間だった。
膝の上に乗せていた猫をそっと逃がして、俺は裏庭に向かった。


第四幕


城の裏庭には誰もいなくて、天使が水を注ぐデザインの噴水が静かに音を立てているだけだった。噴水のそばには小さな休憩場所があって、屋根とベンチがついている。
そこの横にある灯篭に火を灯してゼルを待った。

落ち着かずにドキドキしていたら、ついにゼルが従者食堂の方から小走りでやってきた。
服を着替えずに食事をとったのか、戦いに行く時の緑色のアーチャー用の式服のままだった。ただ、帽子とマスクは取っている。

ゼルが近くまで来たので、俺はベンチから立ち上がってゼルを呼んだ。

「ゼル、こっちだ。」

「おー、ごめん、皆と喋ってたらちょっと遅くなったわ。」

「いや、全然。俺こそ急に呼び出して、ごめんな。」

ゼルが俺の隣まで来て、そのままベンチに座ったので、俺もまた隣に座った。
いつもは何のことはないのだけど、これから告白をするという状況だから、なんとなく一緒のベンチに座るというだけでも緊張してしまう。

「で、話って何?わざわざこんなところでさ、なんか、悩み事でもあんの?」

ゼルは俺の緊張した雰囲気を感じ取っているのか、のんびりした態度ではあるけど、少しだけ眉根を寄せて笑っていて、気まずそうだ。どう切り出そうか少し迷ったけど、もうストレートに言いたいことだけ伝えることにした。

「うん。あのさ、急なんだけど・・・ゼルは、俺のことどう思ってる?」

「え?どうって、何が?」

「いや、そうだな…単刀直入に言うよ。返事を聞かせて欲しいんだ。前に、俺は君のことが好きだって伝えたよな。あの時、返事はいつでも良いし、しなくても良いって言ったけど、やっぱり返事を聞きたいと思って。」

「・・・」

ゼルが黙ってしまった。やっぱり困らせただろうか。俺はあわてて弁解する。

「あの、ごめん。勝手だよな、急に。迷惑だったかな、ごめん…」

「別に迷惑とかじゃねーけど、ちょっと突然言われたからびっくりしただけ。まあ、呼び出されたからそうかなとは思ったけど・・・。」

「ご、ごめん…」

「や、謝りすぎだし!いいよ別に。うーん、そっか。返事、返事なぁ」

ゼルはまたしばらく考え込んで、うーんと頭を捻った。それから口を開く。

「返事なぁ、でもさ、ジョニーはどうしたいわけ?なんか、前そう言ってくれたときは、俺のことが好きで、それを知ってくれてたらいいってさ、それだけだったじゃん。その返事なら、好きでいてくれても別に俺は困らないけど?」

「あ、えっと…」

「他になんかあるわけ。」

「えっと…もし、よかったら俺と…付き合ってくれないかな…」

「付き合う…?」

「あ、いや、ほんとゼルが嫌なら!別に!俺はゼルを好きでいるだけで十分なんだけど!もし嫌じゃないなら!欲を言えばと言うか!」

「くっ」

「えっ?」

「はははっアハハハハ」

「あっあの…」

ゼルが突然笑い出してしまった。俺は何か変なことを言っただろうか。それとも、やっぱり男同士で付き合うなんて馬鹿馬鹿しいと思われたのだろうか?俺は戸惑って、でもなんだか少し悲しくなって、「俺は、真面目なんだけど、」とゼルに言った。

「や、ごめん、違うんだ、真面目なのはわかってるっていうか、お前があんまりにも気ィ遣いだから、可笑しくてさ…いいよ、そんな謝らなくて。そうか、付き合うか…。そうだなぁ、まあどうなるかわかんねーけどお試しでいいなら、付き合ってみてもいいかな。俺もあんまり付き合うとか、わかんねーけど…でも、好きって言ってもらえて嬉しかったし、嫌じゃなかったよ。」

「本当?!」

「うん」

「お試しっていうのは?」

「うーん。だって正直、お前と付き合いは長いけどさ、お前のこと俺、あんまり知らねーもん。」

「そう、かな。」

「うん。だからお試し。つか、そういう事は早く言えよ、なんか、『好きでいさせてくれ』ってのさ、正直困ってたから。人に選択肢を全部委ねてんじゃねーよ。」

「あ、ご、ごめん・・・」

「うーん。なんていうか好きでいてくれんのはいいけど、どうすんだろってずっと思ってたから。そう言ってもらえて逆にすっきりした。だから、いいよ。付き合ってみよう。嬉しい。うん、嬉しいな。俺、告白されたのって初めてだ。」

ゼルは照れ臭そうに頭に手を置いて、アハハと笑った。
俺もなんだかその笑顔を見て心底ほっとしてしまって、少し泣いてしまいそうになったけど流石に耐えて、「ありがとう」と言って笑い返した。

そして晴れて俺たちは、まだお試し期間ではあるけれど、付き合いを始めることになった。


第五幕


その日も俺は夢を見た。
告白を受け入れてもらえた嬉しさだとか、この後、ゼルにどう接したらいいのだろうという不安だとか、いろんな気持ちで高揚してベッドに入ってもなかなか寝付けなかったけれど、うとうととまどろみ始めたころに、俺はまたあの夢を見始めていた。

「待ってたよ、ジョニー」

夢の中のゼルは、今日は俺にしがみつかない。
なんだかフワフワした空間でゼルは立っていて、俺と少し距離を置いて、手を後ろに組んで笑っている。

「やりたいこと始められた?」

「うん、おかげさまで」

「よかったじゃん。」

「うん、ありがとう・・・」

やっぱりこのゼルは俺自身なのだろうと思う。俺を導いてくれる、指標としてのゼルの姿。

「でもさ、次からはさあ、俺はいらないね。」

「うん・・・本物が、そばにいてくれるって。」

俺が少し照れてそう言うとゼルが笑った。

「つーか、浮かれてっけどさ、大変なのはこれからだぜ、頑張れんの?お前」

「うん、まあ、なんとかやってみる。頑張るよ、俺。」

「そっか。」

ゼルが笑った。俺も、少しだけ笑う。じゃあ、頑張れよ、と言って彼は消えた。俺はありがとうと呟いて、さっきまでゼルのいた場所をぼんやりと見つめた。

短い夢だった。ゼルが消えたところで、俺は目を覚ました。時計を見ると、午前4時。カーテンの隙間から見える空がほんの少しだけ白くて、そろそろ太陽が朝の準備を始めているようだった。俺はまた目を閉じて、寝返りを打った。

夢の中の俺は、今日は鎧を着てなかった。

次に目が覚めたら、今までとは違う、新しい日常が始まるんだと強く思った。


END.

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