※擬人化+パラレルっていう正に原型ドコーな状態です。Jが男娼というとんでも設定につき厳重注意。
MJ
真冬のニューヨークの寒さに身を震わせた。路上に座り込んで今日もまた、ワシは待っている。
何を?客を。
毎日毎日、体を売ってその日をしのぐ日々。生きるため。食うため。かつて王であった時のプライドが傷付かない訳はなかったが、それも初めのうちだけ。今ではもう慣れ切った。心も、体も。
故郷はもうない。大事にしていた王冠も、あの日、燃え盛る故郷から逃げる時に失くした。今のワシは何も持っていない。「キング」そう呼ばれたのはとうの昔の話。
客として接する男はどいつもこいつも大嫌いだった。臭い。汚い。そして何より、腐ってる。どこで溜めたかは知らないが、行き場のない鬱憤を金で買ったワシで晴らす。「愛してる」?なんだそれ。人を散々玩具みたいに扱うのがお前らの言う愛ってやつなのか?
そんな鬱屈を内心で叫びながら首筋に付けられた噛み痕をそっと指でなぞる。冷たい。
「あの」
すっかり自分の考えに浸っていた時に突然声を掛けられ、思わずビクッと体を震わせる。首をもたげた。客か。
「何?あぁ、客か。で、いくら出す?」
「な、何の話です?」
なんだ、違うのか。
舌打ちをして再びうつむいた。ならさっさとあっちへ行け。そう言うように。
「……寒くないのですか?」
まだいる。まあ、答えることくらいはしてやるか。
「寒くない」
「でも、そんな薄着で」
何なんだ、こいつは。一体何の用なんだ。気遣うような穏やかな声が何だ癪に障る。少し強く言ってやるか。
「うるさいな、だから寒くな……ふぇえっくしゅい!!!」
あ。
奴がにやりと微笑むのが見えた。
「今日は今年一番の寒さだと聞きました。行く場所がないのならどうです、うちに来て暖まりませんか?」
何てお節介な奴だ、と思った。余計なお世話だ。
しかし、本当のことを言うと寒くて寒くて仕方がなかった。だから。
「ワシは…別に寒くなんかない。ただ、お前がそう言うなら行ってやらんこともないぞ?」
「ああ、それは良かった」
この寒さでは死んでしまいます、とほっとしたような声。彼が微笑んだ時、その灰色の髪が揺れる。
滲み出る優しさを、眩しいと思った。
今年一番の寒さだというのは本当かもしれない。いつもは人でごった返す通りもどことなく静かだ。
風景をただただ見つめながら歩いているとあの、とうやうやしく声をかけられる。
「何だ?」
「手、寒くありませんか?」
白い息を吐き出しながら奴はワシの手に目を遣った。
「ワシか?寒くないぞ」
「なに言っているんですか、こんなに真っ赤」
ぱっ、と手を取られた。かじかんで不格好になった手。数え切れない程の男を相手にしてきた不浄の手。それが今、こんな眩しいひとに見られて、触られて。
そんなの、ダメだ。
すぐさま手を離そうとした時。
「はい、これ」
奴は自分の手袋を外して俺に差し出す。
「え、でも、お前は」
「私の上着にはポケットがございます」
ふふ、と奴が笑う。綺麗な笑顔だった。それが俺にはやはりなんだか眩しくて、下を向いて言った。
「……ポケットに手を突っ込んだまま歩いたら転んだ時大変だからやめなさいって幼稚園で習わなかったのか?」
それでも奴がどんな反応をするかが気になってちら、とその表情を仰ぎ見る。
「さあ、聞いたことございませんな」
そう言って奴はまた微笑んでいた。
怪我しても知らんぞ、とだけ告げておく。仕事の時の嬌態が嘘かのような無愛想ぶりだな、自分でそう思った。しかし手袋はしっかりはめる所に己のあざとさを感じながら。
仕事をしている時のように媚びへつらう気分にはなれなかった。
変だ。男も女もみんなみんな、大嫌いだった。どいつもこいつも自分の欲望を満たすことしか考えていない。ワシのことを道具としか見ていない。でも、それももうどうでもよくなっていた。人はそういう生き物だということを悟りつつあったから。
なのに。
『うちに来て暖まりませんか?』
これは一体、誰のための優しさだった?
それを思うとどうも眩暈がした。この一言が含んでいた言葉にしがたい心地よさが蘇って、脳髄を満たした。もっとも、それを与えてくれた奴は目の前を歩いているのだが。
ただぼんやりと、その背中を見つめていた。
すると突然くるりと奴が振り向くので瞬時に視線を逸らす。見つめていたのがバレたら奴は気持ちが悪いと思うに違いない。
よく考えたら、こんな広い道なのに一列で歩くのも妙ですな、奴がそんなことを言って歩調を緩める。そして、ワシの隣に。
ワシが勝手に引け目を感じて下がっていただけなのにな。やはり奴はワシには眩しい。並んで歩くとますますそう思った。
「そういえば聞くのを忘れていました。貴方の名前は?」
「……名前?」
「はい」
久しぶりに聞いた響きだなと思った。名前なんて、必要なかったから。戸惑いはあったが拒む理由もなく、その長年ぶりかのように思われる言葉の羅列を早口で告げた。
名前なんて、ただの一時的な番号だ。こいつともすぐに別れるのだから。金で売り買いした関係と同じように、またすぐに赤の他人に戻るのだから。だから、例え聞き取れなくても構わない。それは一時的にこうしているのに必要な記号でしかないから。
全ては、無意味だ。
「ジュリアン、というのですか…」
その時俺は目を丸くした。投げやりに呟いた、小さくて早口な言葉。それが、どうして。
驚愕する俺を見て彼は少し狼狽を見せた。
「す、すみません、違いましたか?」
「いや…合ってる」
「あ、そうですか!よかった、私としたことが間違えてしまったかと……」
そうして奴は安堵の表情を見せる。ワシは思わず素朴な疑問を口にした。
「……よく、聞き取れたな」
「え?」
「ワシは、わざと早口で言ったんだぞ?」
名前なんて、どうでもいいから。そう付け足した。
これで会話が途切れるかな、そんなことを思ったら彼は微笑んで答えた。
「貴方の大事な名前です。聞き落としたりなんてしません」
黙るしかなかった。ワシがどうでもいいと思っているこの名前を、奴は大事だと言ってくれたことが信じられなかった。
そんな、ワシが、ワシがこんな、人のような扱いを受けて、いいのか?
「着きましたぞ」
せき止めていた感情の波が溢れ出しそうになったのを図らずとも奴の声が制した。ふっと首をもたげればそこにあったのは小綺麗な家。奴の家。居場所。帰る所。
ワシには?
ワシには、帰る所なんて、ない。
「……大丈夫ですか?」
突然、原因の全く不明な胸の痛みに襲われてワシはしゃがみこんだ。
ワシには居場所なんてない。ここで暖まって彼と別れたらまたあの路上に戻って客を待つしかない。玩具のような日々が再び始まる。微々たる金の為に自分を殺して、粉々にして、プライドなんてそこにはなくて、ただ淫らに喘いで、腰を振って、客を満足させて、悦んでいるふりをして。
急に今まで押さえ込んでいた人間らしい思考と感情が脳内を渦巻く。やだ。もうあそこに戻るのはいや。玩具に戻るのはいやだ。なのに、なのに逃れられない。誰か、誰か。
「しっかりし」
「……助けて」
ぽつりと呟いたその一言が全ての願いだった。
熱い何かが頬を伝って流れていく。留めることなんてもうできなくて、そのまま奴を見つめた。
「−−−ジュリアン」
奴の豊かな響きを含んだ声がワシを呼んだ。その声を愛しいと思った。奴はこの声で何を歌うのだろう。そんなことを思っていると、
ふわり。包み込まれた。
それがとっても優しくて、くすぐったくて、眩しくて、ワシは体をよじる。
ワシが抱擁から解放されたがっていると勘違いしたのか奴が体を離そうとするのを囁きで制した。
もう少し、このままでいろ。
抱きしめてもらっている身の分際で何て口の利き方だろうと自分で思って内心苦笑する。奴はそんなワシのわがままに答えて更にきゅっと抱き寄せた。
涙は止まるどころか溢れた。際限なくボロボロと零れ落ち、奴のコートを濡らした。抱き合ったまま、ワシは奴の耳元に口を寄せる。
「なぁ、
飼ってよ」
ワシはもう奴から離れられそうになかった。そばにいたかった。そばにいてくれなかったら嫌だった。
だから、男娼は男娼らしく、こんな告白の仕方はどうだ?
心の中で問いた。
「……それ、ちょっと違いませんか」
奴は笑いを含んだ声で優しく言った。ふっと離れる体と体。視線が絡み合う。
「貴方は人なんだから、飼うというのは変です」
そっか。ワシって、人だったんだ。
長年の仕事ですっかり痕になった首輪の痕をなぞった。彼の手袋越しに触れるそれからは何の凹凸も感じられなかった。
「じゃあ、
ワシの下僕になれ」
不器用にワシは言った。こっちの方がよっぽどおかしいと思ったが、素直に「一緒に住まわせてくれ」と言えない自分がいて。
それなのに。
「それでも構いませんよ」
奴が笑った。
「貴方がもう凍えずに済むならば」
交渉成立だな、そう言ってワシも笑った。涙でぐちゃぐちゃの顔で。
―――そうして男娼のワシは無償で身を売った。
どうせ同じ、儲からない仕事なら楽しい方がいいじゃないですか。そうですねえ―――
踊るのは、お好きですか?
end.
相互フォロー・リンクさせていただいてる、麻刈 透さまから、私の誕生日祝いに頂いたモリジュリ小説でした!!
あまり現代パロっていうのを考えたことがなかったのですが、もう、もう。。。
もう言葉に出来なくらい萌えています!
「飼ってよ」だと・・・?!
モーリス様カッコよすぎて…。
モーリスがジュリアンの何に引かれて声をかけたのかとか、
ジュリアンの不憫な境遇とか、キングでなくなってしまった経緯とか、
過去とか、もうめちゃめちゃ気になります!
そしてこれから二人の同居生活が始まるのかと思うともう私は頭がパーン\(^o^)/
長くなり過ぎなのでこの辺で・・・w
麻刈さん、本当にありがとうございました!!
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