TIME OUT XXX






「素晴らしい発明をしたと思いませんか、隊長?」

そう語りかけるお前の意図が分からない。


コワルスキーは時間を止めるストップウォッチを発明した。
彼の、いつもの狂気じみた発明好きのおかげで私たちはしょっちゅうひどい目に合っていた。もちろんそれが役に立たないというわけではない、しかし、8割程度が被害を及ぼす危険な発明であることは否めなかった。

そして、今回もそうだった。

彼は一度、そのストップウォッチをリングテールによって壊され、世界でリングテールとコワルスキー二人だけしか動いていないという日常を少なからず経験した。
やかましいキツネザルと二人きりの時間はあまりにも自由で、それはそれで悪くない時間だったそうだが、やはり我々が動き出したときには彼は狂喜乱舞し、今回のことは反省したはずだった。

しかし、それは私の勘違いだったのか、それとも別のところで彼にスイッチが入ってしまったのか、コワルスキーは突然、自分と私をそのストップウォッチに触れさせ、時間を止めてしまった。そして、その直後彼は自らストップウォッチを壊したのだ。

世界は私とコワルスキー二人だけになってしまった。

私は突然のことに意味が分からず、混乱し呆然とした。
彼の意図がまったくつかめず、私はもしかしたら、私と彼以外のすべての生き物がシオフキーやデンマーク人のスパイであったのだろうかと考え、コワルスキーは私をスパイや危険な人物から守るために一時的に私たち以外の者の時間を止め、ここから逃げ出す作戦でも考えようとしたのかと思った。

しかしそれは、いくら日々危険な任務に追われている私だとしても突拍子もない考えであったし、無理のある話だった。なぜなら、同じ部隊の仲間であるリコと新人も時間を奪われてしまっていたからだ。

壊されたストップウォッチを呆然と眺めながら、私はコワルスキーに話しかけた。
「何故?」

「何故?とは?」

コワルスキーはいつもの淡々とした口調で私の質問をおうむ返しにしてきた。
その、今の場面に似つかわしくないマイペースな調子に私はいらつきを感じコワルスキーをにらんだ。

「コワルスキー。何故だ。どういうつもりなんだ?」

「あぁ・・・ええ、どういうつもりと言われますと、何がでしょう?」

「何がじゃない、なぜストップウォッチを壊した?自分の発明品を壊すことをいつもあんなに嫌がるお前が、自分から自分の発明品を壊すなんて、しかも、これがないと私たちは元の時間に戻れないだろう!」

「ええ。」

壊したストップウォッチを眺めていたコワルスキーがこっちを向いて笑った。

「もちろん、そのつもりでそうしたのです。」

私はその言葉にますます混乱してしまった。
そのつもりでそうした、だと?いったい何を言っているんだ。
やはりスパイでも入ったのか。危険なことから逃げるための手段か。私の頭ではそれ以外の考えが出てこない。こういう時こそいつもは彼の頭脳を使って作戦を考えるというのに、当の本人がこれなのだ。私は仕方なくいらいらとしながらまた彼に問うた。

「だから、そのつもりとはどういうことなんだ。なんの緊急があって、私たちの時間を止めた?」

「緊急、ではないですが・・・私は、前々からこの作戦を実行したかったので、考えるよりも行動しろと、この間隊長が私にそう言ってくれましたので、ついに勇気を出して行動に移してみただけで。」

「ええい、何を言っているかさっぱりわからん。もっと手っ取り早く、目的を明白にしろ!」

ついに我慢できずにそう叫んだ私に、コワルスキーは心外だというような目つきをしたが、今度は急に自信がなさそうに下を向き口ごもった。

「まぁその・・・そうですね。正直に言いますと」

「なんだ」

「私は・・・あの、私は、驚かれるかもしれませんが、隊長のことが、その」

「言ってみろ。」

「私は・・・隊長のことが、好きです。」


クチバシの先が地面につかんばかりにうつむいて、コワルスキーがそう言った。
私は目が点になった。
好き?

「それは・・・どういう意味だ?」

「ですから、その、生物学的に言って・・・普通オスが好意を示す対象は、生殖的な観点から言っても多くの場合メスなのですが、稀に同性にその感情が向くことがあるのです。」

「つまり?」

「私は、隊長のことが、恋愛対象として好きということです。」


ますますわからない。

私は片翼で頭を押さえ首を振った。
この状況で、この告白・・・ああ、まさに告白だな。
そんなことをされるとは思わなかった。相変わらずコワルスキーは私の方を見ずに、盛大にうつむいて、祈るような形で翼の先を胸の前で合わせている。どうやら、からかっているつもりではないらしい。

そうか、私が好き・・・。
つまり、一世一代の告白に、私と二人だけになるために時間を止めたというわけか。なるほど奥手で化学狂いの彼にはふさわしい告白の仕方かもしれない。狂った時計で私たち二人以外の者の時間を止めるなんて。正直言ってやり方があまりに突拍子もないので、彼を叱ってやりたかったが、どうやら向こうは本気らしい。状況はともかく、彼の気持ちに誠意をもって答えないとならないだろう。

しかし、どうしたものか。

私はしばらく、身動きもせず、こっちを見ようとしないコワルスキーを見つめながら考えた。そして現在の段階の答えを導き出すことに成功した。

「コワルスキー。」

私が沈黙を破り声をかけると彼はびくっとして顔を上げた。もっとも目線はまだ下を向いて、とにかくオロオロとした様子ではあったが床から私の方へと顔を向け、胸の前に絡めていた両翼も背中の方へ回した。これはいつも、任務を聞く時の姿勢だ。

「あー。ありがとう、コワルスキー。気持ちは嬉しい。嬉しいが…私は今まで、正直言ってお前のことをそんな風に見たことがなかった。大切な仲間であり、友人であると感じてはいるが、恋愛対象かと言われると、そうではないんだ。」

そこまで言うとコワルスキーは少し震えて、涙を浮かべているようでもあった。
決して私の目を見ようとはしない。こちらとしてもその方が幾分かやりやすくはあるが…かわいそうだな、と思った。よりによって大の男が、こんな少女のように震えて。

こんなことは自分に好意を持っている相手に対して卑怯かもしれないが、私はコワルスキーのそばに寄って前に立ち、肩をたたいた。

「でもな、コワルスキー。これは今の段階での答えだ。もしかしたらそのうち、私もお前のことを好きになるかもしれない。お前と同じ意味でな。そのきっかけを与えたのはお前自身だ。お前の行動力だ。今は、私はお前の気持ちに応えることは出来ないが…諦めろとは言わない。おっと勘違いするな?変なことをしたらただじゃおかないぞ。しかし、そういうことだ。分かってくれるか?」

コワルスキーはやはり涙をためているようだった。零れ落ちないように努力しているのが、きつく結んだクチバシから感じてとれる。ああ、これでは私が意地悪をしているみたいだ。

しばらく黙りこくっていたコワルスキーだったが、ついに小さく口を開いた。

「・・・わかりました。」

「・・・そうか。」

「いいんです、これから、いくらでも時間はあるんですから。私、努力します隊長。あなたを振り向かせるために。」

「あぁ。」

私はいたたまれない気持ちだったが、どうやらコワルスキーは私の返事をそれなりに受け入れてくれたようだ。

やはり、私の言い方は卑怯だったと思う。しかしこれからお互いに円滑に任務や日常を送るにあたって、私は短時間で最善の答えを出したつもりだ。リコや新人もいるのだから、上司二人が険悪な関係では過ごしづらいだろう。それに、嘘は言っていない。もしかすると私も、彼が私を好いていてくれると思うと、気持ちが動くかもしれない。それが最善かどうかはわからないが、その可能性が少なからず出てきたということだ。

これでいい。彼の言ったとおり、これからも基地や任務でお互いの時間を過ごしていく時間はいくらでもある。その中で、私たちなりの関係を育んでいけばいいのだ。リコや新人、ひいては、セントラルパークの動物たちも交えて。

「ありがとう、コワルスキー。勇気を出してくれたんだな、私の為に。すぐには割り切れないかもしれないが、そういうことだ。さぁ、早くその壊れたストップウォッチを直して、みんなとの時間に戻ろう。」

私は、コワルスキーが気まずそうにして、「そうですね」と答えると思った。
いつも彼の発明で問題が起きてしまったとき、私に謝るときの顔で、「失礼しました」と言ってストップウォッチを直してくれると思った。

しかしコワルスキーは私の言葉を聞いてきょとんとしていた。

「直す?」

「あぁ、そうだ。当然だろう?みんなのところへ戻らなければ。」

「そんなことはしない。だってさっき、まだまだ時間はあるといったじゃないですか。」

「おいおい何を言っているんだ。みんなと過ごす中での話だろう?」

「違いますよ、私と隊長、二人だけの時間の中でということです。何のためにストップウォッチを破壊したと?直す用の道具も持たずに。」

さも当然というようにコワルスキーが話を進める。
おいおい、何の話なんだ。
さっきの混乱がまた一挙に戻ってくる。

彼が考えていたのは、私への告白だけではないのか?
やはり、理解できない。

「とにかく、時間は止まっていても直す道具は持って来れるだろう?直せ。命令だコワルスキー。」

「嫌です!」

ヒステリックに叫んだコワルスキーに私は目を見開いた。しかしめげずに彼を睨みつけ、両手を腰に当てて「命令だと言っているんだ」、とすごんだ。コワルスキーは一瞬目を左右に動かし、動揺したようだったが、突然ヘラヘラ笑って、私の両肩に翼を置いた。

「あぁ・・・隊長。あなたがまだ私のことを好いてくれていないということは、先ほどおっしゃってくれたので理解できました。私は、少し焦ってしまっただけなんです。申し訳ありません。だけど、これからは違います。私と隊長は、これから、ずっと二人で行動できるんですよ?二人だけで。」

「だから、それが問題だと言っているんだ・・・」

私は突然色濃く出てきたコワルスキーの狂気的な雰囲気にたじろいだ。
もちろんさっきまでも、少々いつもと違う雰囲気ではあった。
張りつめているというか、どこか、心の中の強いエネルギーを抑制していたような。しかし、私への告白を聞き、その違和感は告白の前の緊張感だったのと思った。それで納得して、彼はいつもの通りに戻ってくれるかと思ったのだが・・・

「まだ分からないんですか?」

コワルスキーはまるで私を諭すかのように優しく語りかける。いとおしげ、とでも形容すればいいのか、やわらかく細められた彼の瞳が私を捕えて、独特な光を放つ。私は少し恐ろしくなったが、悟られてはいけないと直感的に感じ、強く彼の目を見返した。

「私は、この空間でずっと隊長だけを見ていられるんです。そして隊長も、私のことをずっと見ていることが出来る。分かりますか?ねぇ、今は違っても、きっと隊長も私のことを気に入ってくれるはずです。だって私はずっと、隊長のことばかり考えて今まで来たんです。私は隊長の為ならなんだってします。発明も、危険なことはしません・・・あなたの言う通りに、あなただけのために・・・・」

「それなら、今すぐその馬鹿馬鹿しい話をやめてストップウォッチを直せ!」

私は叫んだ。彼はひどく傷ついたような顔をしたが、私はすでにコワルスキーの狂気についていけず、もはや目の前にいるこの男が私の信頼している部下だと思うことすら恐ろしくなった。

「何故ですか、隊長・・・」

「お前は間違ってる、コワルスキー。それは、お互いの為にならない。」

「しかし・・・」

「私はお前の言っていることが分からない!頼む、いつものお前に戻ってくれ・・・私ははっきり言って、今、お前が怖い。」

「怖い・・・ですか?」

コワルスキーは私の言葉に困惑し、今にも泣きそうだ。だがここで怯んだら、彼のペースに飲み込まれてしまう。私の両肩に置かれた彼の翼を掴んで、ぐっと力を籠めて引き離した。彼と少し距離を取り、それでも彼の目を見て私はこう言った。


「そうだ。お前の言っていることは完全に独りよがりだ。自己満足だ。私のことなど何一つ考えていないじゃないか?お前は私と二人だけでも良くても、私はどうなる?私は、リコや、新人や、マリーンや、まぁ気に食わないがリングテール。モーリスやモート・・・ほかの動物園のみんなも、とにかくみんながいる時間へ戻りたい。お前の望むようには出来ない。私のことを本当に思うのなら、そこのストップウォッチを戻して、二人で元の居場所へ戻ろう。コワルスキー。分かるな?」

そこまで私が言うと、とうとうコワルスキーは大粒の涙をボロリと瞳からこぼし、絶望したように泣き出してしまった。
元々少しヒステリックなところがあるやつだと思っていたが、ここまでとは・・・いや、もはやヒステリックの域を超えて、病気みたいだ。

「私は…私は、あなたに愛してもらえない!」

「ちがう、そうじゃない私はお前のことは、大切な部下として愛している!お前の望んでいる形じゃないが、愛していないなんてことはない!」

「それでは足りないんです!!」

もう私はどうしていいかわからなかった。
覚悟を決めてこの狂ったコワルスキーと二人で過ごすか、それとも私自身でストップウォッチを直してみせるか?否、どちらも不可能だと思った。
私は途方に暮れて、泣き崩れたコワルスキーを眺めていた。これ以上どうしろというんだ。
こっちだって泣きたい気持ちだった。



To Be Continued・・・?


すっごく書きたい題材だったのですが、続きがバッドエンドしか思いつかなくて、ここまでとさせていただきました。
読んでくださった方ありがとうございます。
バッドエンドでもいいから書こうかなぁ、とか、その際はすんごっく長くなっちゃうと思いますがw、ほかに二人がちゃんと両想いになれるようなラストが思いついたら、書きたいなとは思います。


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