俺の想い人は、いつも泣いている。
誰かと一緒に居ればそんなことないのに、一人になった途端に隠れて泣く。

なんとかしてやりたくて、でも女の子が泣いている時になんて声をかければいいのか分からなくて。

今夜も、兵舎の裏庭で膝を抱えて泣いている。
こんなにも星が綺麗なんだから、空くらい見上げたらどうか。

何も言わずに隣に腰を下ろすと、びっくりしたようにこちらを見る。
涙であちこちが濡れている。

「どうした?俺でよければ話を聞くが?」
「っ、なんでもな」
「ないわけないだろう。ほぼ毎晩泣いているの、知ってるぞ」

見開いた目からまた大粒の涙が零れる。
拭いてやりたい。
でも、なまえに触れるのが怖い。

「酒だ。これのせいにして吐き出せばいいだろう?俺も飲んできた」
「ん…ありがとう、イアン」

小さなボトルを差し出すと、受け取って口を付けた。
度数は高いが、なまえは特別酒に弱い様子がないことも知っている。

「全然、仕事とは関係ないんだけどね、好きな人がいるんだ」

心臓が握り潰されたかと思った。
なまえに、好きな人が。
俺に告げるということは、暗に俺ではないと言われている気がする。

「そ、うなのか…付き合って長いのか?」
「んーん、付き合ってないよ」
「告白は?」
「ううん…」
「理由を、聞いても?」
「彼にはね、付き合っている人がいるの」

言い切ると、またぽろぽろと涙を流す。
涙が通った跡を別の涙が追っていって、抱えた膝の布に染みとなって広がっていく。

なまえは他の人の幸せを邪魔してまで自分を満たそうとすることなんてしない。

「どっちも私にとっては大切な人なんだ。だから、二人が幸せならそれでいいの。いいんだけど、やっぱり諦められなくて…」

ほら、人間らしさを残した模範解答そのものだ。
そんなに好きなら奪ってしまえばいいなんて言えなかった。
俺だって卑怯な立場にいる。

「俺も、似たような感じだ。ずっと好きだった奴が他の男を見ていたって知って、笑えない」
「…え?イアンが?」
「今日知ったばかりなんだが、これは堪えるな…なまえはすごいな、ずっとこの痛みに耐えてたなんて」

嘘、だなんて呟く彼女だが、そんなことを言うならなまえだって素知らぬ顔でそんな爆弾を隠していたんだからな。

「俺じゃ代わりは務まらないか?」
「あはは…何言ってるの、イアン」
「なまえの好きな男を思い浮かべてくれて構わない、だから…」

卑怯だ、酔いのせいにして、なまえを穢してしまう気だ。
自分が今から何をしようとしているのか、分かっているのに止められない。

こんな状態でも、なまえを手に入れる為なら利用したかった。
これからもう一回も口を聞いてもらえなくなっても仕方が無いとまで思える。

少しだけ力を込めて抱き締めると、特に抵抗はなく、ただ戸惑っているような声だけが聞こえる。

「イアン…」
「今夜だけ、俺と道を踏み外してくれないか?」
「…イアンはそれでいいの?」
「本望だ」
「なら、いいよ」

思いがけない返事に顔を覗き込むと、どこかで覚悟を決めたような瞳。
弱いところを見せつけて、なまえの優しさを利用した。


本当は、酒なんて一滴も飲んでいない。
彼女だけ酔わせて…なんて、計画的な犯行だと捉えられても仕方ない。

他の男を思い浮かべるなまえを抱く。
嫉妬と絶望で狂いそうなのに、彼女に触れられる喜びの方が勝る。

微かに震える唇に、そっと口づけた。













「…っ!夢か…」

あんな欲望だけの夢を見るなんて、俺もまだ若いな。

非番の朝、たっぷり眠れたから体も頭もかなりすっきりした。
そのままベッドを抜け出して、リビングへ向かった。

「あれ?休みなのに早いね?」
「ああ、夢を見て…昔の夢だ」

丁度テーブルに皿を並べていたのはなまえだ。

「初めてなまえを抱いた時の夢だった」
「朝からなんて話をするのよ…」
「でも、懐かしくて。お互いに誤解したままとか、今考えるとおかしいよな」


あの夜、意識も薄らいできたなまえは確かに俺の名前を呼んで好きだと言った。

後ほど分かったことだが、彼女は俺の事を好いていてくれたようで。
ただ、俺とリコの仲を誤解していたらしい。

確かに俺とリコは少し近い間柄だったが、リコはミタビに、俺はなまえに惹かれていたからその相談をしていた。
リコから与えられるなまえの情報と引き換えに、ミタビの近況などを報告する。

俺がなまえの立場だったら、誤解しても仕方なかったと今なら思う。

「最低な始まりだったかも知れないけど、こうしてなまえと暮らせてるんだから良かったとは思う」
「イアン、あの時酔ってなかったでしょ?そこに少しだけ期待してたの」
「それは初耳だな」
「その上あんなに優しくされたから、勘違いして告白しちゃって…でも、それで誤解だって分かったもんね」
「ああ、順序を間違えた分まで愛しているつもりだ」

キスを送った指には、金の指輪が光っている。
虫除けの意味もあるが、白い指によく映えてつい見惚れる。


「遅くなったけど、おはよう」
「おはようイアン。卵はどうする?」
「スクランブルがいいな、コーヒーは俺が淹れるよ」



THE YELLOW MONKEY/4000粒の恋の唄
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