盆でも正月でもイースターでもなんでもない平日。
嫁を送り出してから家の片付けに取りかかる。

ニートじゃない、有給休暇の消費だ。
普段はそこそこ大きな企業のそこそこの位置で働いてる。

リビングに散らかしたままの雑誌類を整理していると、「数学」と書かれた本が混じっていた。
あのバカ、今日は大事なテストだから!なんて言ってギリギリまで勉強した結果がこれかよ。
気付いたからには見過ごすわけにもいかない、よな…

妻の教科書。
なんと不道徳な響きなんだろう。

俺の嫁、なまえは18歳、正真正銘の女子高生。
俺の年齢の半分以下とは笑えない。

きちんと言っておくと、恋愛結婚であって決して政略結婚なんかじゃない。
犯罪でもないぞ、ちゃんと手順を踏んだし彼女の生理周期に至っては乱れたこともない。

とにかく、この教科書は今日の彼女にとって大事なものだ。
届ける義務はある、はず。

スーツじゃ浮くよな、ジャージはありえないよな。
この前、なまえに選んで貰ったあの服なら大丈夫だろう。
急いで着替えて、愛車に飛び乗った。




ローゼ女学院といえば、この国最高峰の女子校だ。
幼稚舎から大学までここに通うというのはガチのお嬢様だという保証書でもある。

王族令嬢も通うだけあって、セキュリティはガチガチ。
駐車場に入るだけでも一苦労だったが、身分証明書を出してなまえの情報と照らし合わせればそのまま通してくれた。

外部受付でまた一筆書かされて、理由を説明すれば教室の場所を口頭で伝えられる。
3年藤組ってなんだ、俺の学校は数字かアルファベットの組分けだったぞ。

しかし女子校というのもなかなか…
校舎に入った瞬間から甘い匂いがしているし、すれ違う女の子たちはみんな俺のことを見て…
…なにやら眉を顰めている。何故だ。

「ーー不審者ー…」
「おっさん…ーーー」
「ー誰あれ?っていうか何あれ?…」

大事なところだけが筒抜けというのもなかなかに悲しいものがある。
このジャケットなんてプローサムの新作なのに…
いや、ここは純粋培養の温室だからな、きっと男を見慣れていないだけだろう。
そう信じないとやっていけない。

「あの、新しい先生ですか?」
「っああ、俺?いや、忘れ物を届けに来ただけで…」
「ここは2年生の校舎ですが、何組をお探しですか?」
「3年藤組に行きたいんですけど、もしかして隣の校舎でした?」
「そのもしかして、です」

天使の微笑みだ、金髪で小柄で、まるで女神みたいだ。
なのにどうしてだろう、その後ろで背の高いそばかすの女の子が見えるように親指を下に向けてきやがる。

怖い、女の子こわい。
全寮制の男子校でイカ臭い思春期と青春を過ごした俺にここはキツすぎる。

校舎同士を繋ぐ渡り廊下を小走りで移動しているだけで指をさされてヒソヒソヒソヒソ…

「あのダサイ車…ーーー」
「ーーありえないーー汚い…」
「ー気持ち悪い…ーー」
「塩まいておきましょうーー」

どうしてオブラートに包まれているべき箇所が丸出しの剥き出しなんだよ!
嫌だ!もう怖い!
俺は普通の会社員でまっとうに生きているはずなのに、こんなにも肩身が狭いなんて!



あった、藤組!

「なまえっ!!」
「っ、きゃああああ!」
「いやああああ!お母様ああああ!!」
「えっ、あ…えっ!?」

教室を覗き込んだだけでこの扱い。
そんなに不審者ヅラなのか?髪型か?ヒゲか?

「な、何よあなた!スミスさんのお知り合いなの!?」
「は、はひ…なまえの、保護者、です…」

情けないことに、涙目で震えながら立ち向かってくる女子高生に、俺まで涙目だ。

スミス、そうだ、なまえは学校ではまだ旧姓を使っているんだった。
さっき言った男子校から今現在までの腐れ縁、エルヴィンの愛娘がなまえだ。

なまえが産まれた時からずっと「パパのお友達の、たまに見かけるおっさん」だったはずが何をどう間違えたかそのおっさんに惚れてくれて、猛アタックだった。
頭の回転が気持ち悪いくらい早いところが父親そっくりで、見えないところで圧力をかけてくる父親に
「パパだって17歳で私のこと作ったくせに」
と言い放って16歳の誕生日と同時に籍を入れてしまった。

エルヴィンの野郎も溺愛している娘に言いくるめられては何もできず、「わ、た、し、の、可愛いなまえの求婚を断るなんてしないよな?」と一緒になって迫ってくる始末だった。

俺にとっても娘みたいな感覚で見てきた彼女だったから、いきなり結婚を、と言われてもいまいちピンとこなかったが…
気付けばありとあらゆる袋とハートを鷲掴みされてるんだからすげぇよな。

「あれ?ナイル?」
「なまえっ!」

威嚇されまくって、いい大人が漏らしそうになってたけどなまえの登場によって救われた。
手に持ってるのはジュースか?買いにいってたのか?
あと1分戻りが遅かったら俺は間違いなく泣いていた。

「なに?何かあったの?」
「教科書…数学の…」
「あ、ありがとう…でもごめん、延期になって今日使わないんだ」

そんなことってあるのか?

「ほら、これあげる!おいしいから!」
「バナナミルクオレ…」
「駐車場まで送っていくし!ごめんね!」

なまえが腕を掴んで駐車場まで案内してくれたが、その間にも散々な文句が聞こえてきた。

「バナナミルクーー卑猥ーー」
「スミスさんー誘拐ー……」

だからどうして肝心なところを隠してくれないんだ!




「あっははは!この車で来たの!?そりゃ散々言われるよ!」
「ハマーH2つったら男の憧れだろうが…」
「女子高生からしたら戦車だって!しかもその服!それ普通の父兄の服じゃないから!無難にスーツでいいから!」
「だってなまえが選んでくれた服なら、女子高生にもウケるかなって…」
「…何それ、気に入らない」

車の前で大笑いしていたなまえが、急にむくれる。
チラチラとこちらを見ていた警備員に近付いて、生徒手帳らしきものをつきつけた。

「私、体調が悪くなったのでこのまま早退します」
「はい、担任の先生にお伝えしておきます」

それだけ言うとスカートが乱れるのも気にせず俺の車に乗り込んだ。
彼女の身長からすると、乗るというより登るという表現の方がしっくりするくらいだ。

「ナイル、車出して」
「ああ、かかりつけの病院でいいか?体調悪いなんて先に言えよ」
「誰のせいだと思ってんのよ」
「へ?」
「私以外にモテようだなんていいご身分じゃない?」

学生鞄を持ってきているあたり、最初から俺と早退するつもりだったんだろう。
そこは素直に言わないくせに、一人前に嫉妬するなんて可愛いじゃないか。

「ナイルなんか汚いおっさんのままでいいんだから」
「お前、そうは言うけどなあ、俺もあと30年待たずにザックレーみたいに更に見苦しくなるんだぜ?」
「好きなだけ見苦しくなればいいじゃない!私だけがナイルを好きでいられればいいの!」
「なかなか熱烈な告白じゃねぇか」
「うるさいうるさい!早く帰って!」
「ドライブ、したくないか?」
「してあげてもいいけど?」

そんな口を叩きながら、器用に着替えやがって。
サイドミラーで口紅を塗ってサングラスをかければ、女子高生には見えない。

俺からしたら素肌に真紅の口紅だなんて、子供の悪戯みたいで笑えるけどな。

「他に振りまく愛想があるなら、全部私に還元しなさいよ」

無茶ばかり言うところは、やっぱりエルヴィンの血だ。





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