殺し文句はダイナマイトな


抱きしめあったままベッドに倒れ込んで、私の手はナイルを離さないように必死だ。
一方ナイルの手は、髪を混ぜたり肩や背中を撫でたりととにかく忙しない。

息継ぎをするのも大変なくらいのキスなんて何ヶ月ぶりだろう。
さっき身体を重ねてから12時間も経っていない。
なのに、まるでずっと前から焦らされていたような感覚。

「は、あ…っ、ナイル…」
「舌噛むぞ、黙って喘いでろ」
「な、それ…無理…」
「だーから、無理って言われると萎えちまうぞ」

嘘つけ、太ももに擦り付けてくるそれは何だ。
お互い風呂から上がったらタオルだけにしようって提案した張本人が、下着を纏っている。
これでは私だけが全裸で痴女みたいで、不公平な気がする。

唇を腫れ上がる寸前まで吸われて、舌はなんでもかんでも舐め尽くす。
少し差し出した舌はあっという間に吸い上げられて、時折歯を立てられる。

唇で栓をした狭い空間の中では、もう何がどちらのものであるかなんて重要ではない。
零れ落ちる唾液ですら、製造元不明だ。

「ふっ、あ…やあ…っ!」
「嫌と駄目と無理は禁止。他の言葉で表現してくれ」
「すき…ナイル、すき…」
「お前は俺を殺す気か」

駄目だなんて、嫌だなんて思っていない。
ナイルにされることで嫌なことなんて、多分ひとつだって存在しない。

からかうおっさんに何とかしてやりたくて、否定の言葉の裏の意味をそのまま伝える。
すき、もっと、あいしてる。
こんなことでナイルが喜んでくれるなら、もっと早くしておけばよかった。

唇の端から流れていた唾液を舐め上げると、そのまま舌が耳へと向かう。
すぐに左耳から水音が響いて肩を竦めた。

それを彼が見逃すはずがない。
背けようとした顔を捉えて、右耳を塞がれる。
水音と、自分の声だけが聞こえてきておかしくなりそうだ。

胸を掌で軽く撫でていた手が、急に先端を摘む。
両手でそんなことをされたら、正直頭がおかしくなりそう。

「さっきから手にひっかかって仕方なかったんだよ。こんなに主張するんだったら触ってやらねぇとな」
「やっ、耳もと…んうっ…!そこ、っ」
「まさかダメとか言わないよな?お前、ここ好きだもんな?」
「っ、ナイルだって好きなクセに…」
「ああ、大好きだ。違いねぇな」

両胸は指先で、耳元はあの低い声で、着々と私の理性を崩していく。
膝で脚を割られて、その間にぐりぐりと押しつけられたらもう目の前がチカチカする。

言葉のアヤで悪態をついてみたつもりだったけど、ナイルはそれを肯定し、片方の胸に唇を寄せた。
いつもだったら舌先で散々遊ぶのに、今日はいきなり吸い付かれる。
もうしゃぶりつかれていると言ってもいいくらいの勢いだ。

「ナイ…っ、どした、の…?」
「今のうちに堪能しておかなきゃならんからな」

なんせ、あと10ヶ月で俺だけのものじゃなくなるから。

そう言い放たれて、それが何を意味しているのかを理解した瞬間、身体が熱くなって爆ぜた。
っていうかそもそもナイルのじゃなくて私のなんですけど?
ちゃんと言ってやりたいのに、上手く息が吸えない。






「よーし、入れっぞ」
「お願いだからもう少しムードとか気にして」
「今更俺に何を期待してんだよ…あ、ナニ?」
「削いでやるからうなじ出、せっ…!や、ああああっ!!」

本当に、ナイルに何を期待したんだろう、私は。
喋っている途中に遠慮なく挿入してくるのはナイルの悪い癖だ。

いつもと違うのは、ゴムの有無だけ。
あんな薄っぺらな樹脂一枚が無いだけで、ナイルの熱も形も全て感じられる。

「ん、あっ…ふあああっ」
「おま、なんつー声だ…」
「ちが…出ちゃ、の…っ、はやく、動いて…」
「あー待て待て待て!俺もやべぇんだよ…」

普段通り、うるさいくらいに喋り捲るナイルだけど、言われてみれば呼吸が浅い。
腰を抜くでもなく深めることもなく。
ただ下半身をなるべく動かさないようにして、何度も瞬きを繰り返す。

「なんつーか、やべぇ…」
「そればっかり…ねえ、私、ナイルの赤ちゃ…欲し…」
「っ、バカ!…う、あっ」
「ひっ、あ…」

それなりに社会的立場のある人間とは思えないレベルの語彙力だったから指摘してやったのに、罵ったと思ったら中で熱が広がる。
時折大きく跳ねるその現象からして、恐らくナイルは…

「えっと…早く、ない?」
「うるせー、誤射だ。お前があんなこと言うからだろ…」
「あんなこと?」
「自分のガキねだられて我慢できるほど理性的な人間じゃねぇんだよ…昨日言われた時もちょっと漏れたしな」

そこまでのカミングアウトは求めていない。
でも、薄暗い中でも分かるくらいに赤らんだ頬がどうしようもなく愛しい。

思わず手を伸ばして撫でると、困ったような焦ったような顔になるナイル。
落ち着いたはずの体内で、普段ならあり得ない現象が起こっている。

「うそ、でしょ…?」
「さっき言っただろうが、2回までならできるって」
「んっ、う…どんどん、おっきく…」
「次は奥にたっぷり注いでやるよ」

だから、もっと他の言葉はなかったのか。

すっかり元通りの熱と質量になったそれは、先程吐き出した体液を利用してどんどん奥にやってくる。
結合部からは下品としか形容しようがない音が立って、ナイル曰く泡まで立っているそうだ。
実況するなヒゲ。

「っ、やべ…またイっちまいそう」
「あっ…ふ、あ、ああっ…!」
「なんで今日に限ってそんな顔と声なんだよ狙ってんのかおいコラ」
「ひあ、ああっ!ん、ナイル…ナイル…!」
「…くっそ」

言いたいことは山ほどある。

遅漏野郎が今日はとんだ早漏野郎だな。
早漏対策に統帥の顔でも思い浮かべたらどう?
まるで痴女みたいに言わないで。
こうさせているのがナイル自身だって分かってやってるの?

その全てが、意味のない母音と吐息にしか変わらない。
きちんと発声できるのがナイルの名前だけだとか、我ながらあざとい。


散々喋って、私のことをクソと表現した彼。
一体どんな顔でそう言ったのか見てやると、下がった眉を寄せて目を閉じて、唇は少し噛まれている。
苦痛に耐える表情に近いけれど、真っ赤な頬が物語っている。

「っ、あ…ナマエ、ナマエっ!」

ゆっくりと開いた目は、涙で潤っていてまるで黒曜石のよう。

必死に私の名前を呼んで、私のことを求めてくれている。
今までのどんな行為よりも気持ちいい。

達してしまうと、中がきつく締まるのが自分でもわかる。
ナイルをまた直に感じてしまって、達したばかりなのと合わせて苦しいくらいの快感が押し寄せた。

「っく、あ…ナマエ…っ!」

手を握られて、もう片方の手で腰を掴まれた。
一番奥に熱を感じたと思えば、あり得ないところにその熱が広がっていく。

「あ…ナイル…」
「ナマエ…愛してる」

たまにはまともなことも言えるものなのね。
「わたしも」そのたった4音が言えなくて、乱れた呼吸のまま唇に吸い付いた。











「ちなみにさ、どうして私が調査兵団の本部に帰ってるってわかったの?」
「あー…あの後、すぐ追いかけたんだが全裸にコートを羽織っただけの状態で職質に引っかかってだな…」

たまには憲兵団もまともな仕事をするのね。
それにしても上官を職質とか、やりやがる。

その後、ナイルだと分かると謝り倒して、しかしどうしてこのようなお召し物で、と問う。
そりゃそうだ、私が憲兵だったら上司の性癖に辞職しかねない。

そこで私が家に帰らないことを伝え、シーナであっても深夜に女性の一人歩きは危険だということで捜索が開始されたという。
だが問題が一つ。
憲兵の誰一人として、私の顔を知らなかった。

「あれは盲点だったが、新兵の一人が真っ青な顔で俺の嫁だと名乗る女とエルヴィンが居たって言いやがった。それと同時になぜか片方だけ落ちていた靴が見つかって、先走ったあいつらがエルヴィンに誘拐されたことにしだして、で、俺が兵団本部まで迎えに行くことになったんだよ」

あの新兵にされたことは言わないでおこう、今のナイルならとんでもないことをしでかしそうだ。
でも、私に家出されたって素直に言えてないんだから、相殺ということで。

「それにしても、まるでシンデレラみたいじゃない?残した靴一つで王子様が迎えにくるなんて」
「おい、こんなのが王子様でいいのか?随分と悪趣味じゃねぇか」
「あはは!でもまあ、うん、いいんじゃない?」

何気なく放った一言に、そこまで食いつかれると笑えてくる。
確かにナイルはあんまり王子様っぽくないけれど、そんなに自分を卑下しなくてもいいのに。

「…童話の中の王子はな、惚れた女を捜す為に自分の権力も財力も使える物は全部使って城から連れ出すんだぜ?知らなかったか?」

知らなかった。
私の王子様はヒゲで口が悪くておっさんで、でも確かにナイルだった。





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