待ち焦がれていた、


「ナマエ!今日も可愛いじゃねぇか!」
「え、える、エルヴィン団長っ!」
「あんなハゲやめとけ、俺にしとけって!」
「てめぇも似たり寄ったりのハゲだろうがよ」
「兵長!」

今日は憲兵団から会議の資料が届くから受け取りに行ったら、まさかの師団長自らが届けてくださったようで。
どれだけ憲兵団は暇なんだとか思いながらもなんとか笑顔で書類を受け取ったのに、その手を掴まれて職務中とは思えない発言をしてくる。

必死で振り払おうとしてもなかなか離れないので生理的な涙が出てきた。
そんな時に颯爽と現れて助けてくれる兵長は格好良いにも程がある。

「いってぇえ!リヴァイ!お前、一応俺は上官だぞ!」
「暴漢を現行犯で捕まえただけだが?」
「ナマエに可愛いっつって何が悪いんだよ!」
「お前が呼ぶな、気持ち悪ぃ」

ここ一年ほど、私はエルヴィン団長の補佐として一緒に会議について行って、必要資料の作成や議事録をまとめたりなどを代理で行うことになった。
兵団内の会議だけでなく、他兵団との合同会議にも出席するようになった頃だっただろうか、憲兵団師団長に追いかけ回される日々が始まった。

謙遜でも何でもないが、私の容姿は特に褒めるべきところもなく、かと言って性格も淑やかなはずもなく。
唯一胸を張れることと言えば討伐補佐の数くらいなのだけれど、まさかそんなものに惹かれる人でもないだろう。

なるべく避けているのに、仕事で会うのは仕方のないことと割り切っている。
でも、会う度に愛を叫ばれては逃げるなと言う方が無理があると思わないだろうか。

「おや、ナイル。どうしたんだい?」
「エルヴィン!お前のとこの兵士長サマは一体どんな躾されてんだよ」
「私が先に質問しているだろう。何故ここにいる?」
「資料届けに来たんだって、見れば分かんだろハゲ」
「ご苦労。では確かに受け取ったから帰るといい。私はナマエとこれに目を通すよ」
「くっそ!お前、ナマエに手ぇ出したら犯罪だからな!年の差考えろよ!」
「同い年の君に言われるのは心外だよ」

エルヴィン団長に肩を抱かれるのはまったく嫌じゃない。
むしろ安心するくらい。

ナイル師団長と言えば無慈悲で無気力の冷血な男と聞いていたのに、目の前のこの人は何なのだろう。
表情はころころ変わるし感情は隠そうともしないし、あと声がうるさい。

「その資料の最後、一枚無くしたっつったらどうする?」
「別に、憲兵団の過失として総統に報告するつもりだが」
「それでも構わないが、内容の復元が俺にしかできないとしたら?」
「最低すぎるな…一杯飲んだら本当に帰ってくれるか?あと、うちは禁煙だからな」
「ナマエが嫌がるから吸わねぇよ」
「…すまないナマエ。コーヒーを淹れてくれるか?私の分の出涸らしで構わない」









兵長はそのまま訓練に戻って、団長と師団長は応接室でコーヒーを飲みながら資料の復元。
指示通りエルヴィン団長の出涸らしコーヒーを師団長にお出ししたけれど、二人ともカップを置いても「ありがとう」だけで目線と手は資料に集まっていた。

それを見て、やっぱりエルヴィン団長が考え事をしている姿はとても素敵だと思ったし、ナイル師団長もいつもこんなに真剣ならいいのに勿体ない、とも思う。
お二人は同期で、それでいて性格や思考回路が似ているそうでお互いに遠慮することなく対等に物が言える仲なのだと、同じく同期でその二人とも仲良しなミケ分隊長が言っていた。

「失礼します」と一応声をかけてみたけれど、二人はそれに気付くこともなく手を動かしながら「そこは兵団規律に違反する」だの「いや、解釈の違いとして2年前の事例を挙げればGOは出るだろ」だの難しい話をされていた。

あれ?師団長が無くした書類の復元をするだけじゃなかったのだろうか。
いつの間にやら話は私なんかが理解できないまでのレベルにまで発展していた。








コーヒーを出したのが、確か午後2時頃。
ちなみに今はとっぷりと夜も更けた。

誰がノックをしても返事が返ってこなくて、ノック無しでも入れる方々はそれぞれの理由で辞退されている。
ハンジ分隊長は4徹目でついに倒れられてモブリットくんに洗われていて、ミケ分隊長はナナバが熱を出したので看病されている。
頼りの兵長は「その部屋には40間近の野郎2人分の濃厚で香ばしい匂いがするから近付きたくもない」と言って本当に近寄らない。

でも流石にそろそろお食事か、せめて水だけでも口にしてもらわないと身体に悪い。
兵長は「動けないわけでもない上にいい大人なんだ、欲しけりゃテメェ等で出てくるだろ」とハンカチで口元を覆った。
そんなに変な匂いがするだろうか?
特にエルヴィン団長なんて甘過ぎない柔らかなコロンの香りがして大好きだけれど。


ルール違反だけれど、ティーセットくらい机に置いてくるくらいならまだ許されるだろう。
そう思って応接室のドアに手をかけた時、ゴツンと重たい音が響いた。

「失礼します!」
「ってて…おー、ナマエ!どうした?俺に会いにきてくれたか?」
「いえ、違いますが…先程なにか大きな音がした気がしまして…」
「俺が頭打ったんだよ、ちょっとばかり居眠りしてて」

控えめな声で話しかけて、なおかつ人差し指を立てて口元に添える仕草をしている。
ふと目をやると、団長がペンを握りしめたまま机に突っ伏していた。

「こいつ、昔からあんま寝なくて、でも時々こうして気が緩むとぱたっと電池が切れたみたいに寝るんだよ」

あ、これ俺とミケくらいしか知らないんだぜ。なんて付け加えて笑うその顔は無邪気で、いつもそうやって笑っていれば格好良いのに。
師団長には持っていたカップにお茶を注いで渡して、こっそり応接室に隠してあったブランケットを団長にかけた。

応接室で書類の作成などをすることの多い私はこうしてブランケットを隠しておいて、寒い時に活用している。
ただの兵士が兵団の応接室を私物化しているなんてよろしくないけれど、たまにこういうことがあるのであちこちに色々な物を隠すのは止められない。

「…それ、ナマエのだろ」
「ええ、そうですけど?」
「前に合同会議の時に使ってただろ?兵団の支給品じゃないものだったから、よく覚えてる」
「支給品のものはちょっと汚してしまって、次回の支給待ちです」
「ふーん…エルヴィンには私物で、俺には自由の翼が彫ってあるカップか…」

唇を尖らせて、まるで子供のような拗ね方をする人だと笑ってしまう。
すると目の前に手の甲を差し出された。

「師団長?」
「ナマエがちゅーしてくれたら頑張れる」
「っ、ふふ!師団長、悪戯が過ぎますよ…」
「ちゅー!」

尖らせたままの唇でそんなことを言うから余計に笑えてしまう。
今まであんなにこの人から逃げていたのがまるで嘘みたいに、この空気が心地いい。

差し出された手を取って、いつかパーティーで見た貴族の男の真似をして跪く。

「わかりました、ちょっとだけですよ?」

そう言って指先に唇を寄せたら、あっと言う間に師団長の腕の中に囚われてしまった。
本当に一瞬の出来事で、両手でそれぞれ腰と顎を固定されている。

瞬きなんて2回したかどうかの一瞬で、視界には師団長が広がっている。
口の中に私のものではない熱いものが入っていると気付いた時にはもう遅かった。

肩を押しても叩いても離れない。
というよりびくともしない。

キスは初めてじゃないし、昔は恋人だっていた。
でも恋人でもない人と、こんな欲望をぶつけるようなキスはしたことはないしそんなつもりもない。

どこをどうしたらそんなに下品な音を出せるのかとも思うけれど、キスでこんなに気持ち良くなることもなかった。

どのくらい、こんな状態でいたのか分からない。
たった5秒だったかも知れないし、もしかしたら5分だったかも知れない。

時間の感覚まで麻痺したころに、ようやく解放された。

「…っ、な、んで…」
「まさか唇を合わせるだけがキスかと思ったか?」
「ちが…どうして、キスを…」
「ナマエがいいって言ったからだろ」

私は指先に軽く口付けるだけだと思っただけだったのに。
というかいつものおふざけの延長かと思っていたから余計に驚いてしまった。

「お前それ、誰にでもしてんじゃねーよな?」
「えっ?」
「俺はナマエに好きだと言い続けてるだろうが。そんな奴にキスしていいなんて言ったらこうなるんだよ、覚えておけ」
「でも…」

何が「でも」なんだろう。
もう自分でも自分が何を行っているかわからなくなってきてしまった。

師団長の仰ることはもっともで、充分に理解できる。
ほだされた?諦めた?落ちた?
毎回毎回、顔を合わせる度に好きだと言われることに慣れてしまったのだろうか。
普段ヘラヘラと口説いてくる姿と、今この目の前で見せてくれる真剣な表情とのギャップに騙されているのだろうか。

きっとどれも違う。
認めたくない、けれど、そうだ。

いつの間にかそれだけ気を許していた。
それにようやく気付いただけだ。


「よっしゃ!キスできたらもう付き合ってるようなもんだよな!」
「ナイル、それはどういうことだ?ナマエが私のジャケットの裾を掴んで離さないのと関係はあるか?あるよな?」
「いつ起きたんだよ、空気読んでもう少し寝てろって」
「ナイル」
「ナマエの口の中、甘いのはたまんねぇけど飴ばっかやってんなよ?そういうのは俺の特権だからな」
「…ナマエ、リヴァイを連れて来なさい」





有無を言わせないエルヴィン団長の元に兵長を連れて行った頃には、口いっぱいに飴玉を詰め込まれたナイル師団長が拘束されていた。







GLAY/SOUL LOVE