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※原作を大幅に無視しています。名前のないモブが出てきます。モブの死ネタが含まれます。
※ミケナナ要素が含まれます。






「おいエルヴィン、さっきの予定だけど…っと」

会議が終わって廊下を歩いて、ふと思い出したから話しかけながら振り返って。
そこまではいつもと何も変わらなかった。

あんなに優しい目をするエルヴィンを、俺はもしかしたら初めて見たんじゃないだろうか。

「ああ、ナイル!丁度いいから紹介するよ。今回から私の補佐を務めてくれることになったナマエだよ」
「初めまして、ドーク師団長。ナマエ・ミョウジです」

エルヴィンと並ぶと笑えるくらい小さな身体で、見事な敬礼をされた。
初めて見た時の印象なんて、顔は可もなく不可もなし、胸も尻も兵士の平均、声も特別女性らしさを感じさせるそれじゃなかった。

決して彼女に対して悪意があったわけではないが、何故エルヴィンがあんな顔を向けるのか、その価値があるように見えなくて純粋に気になった。

「ミョウジ…ミケのとこの班長か?」
「へえ、記憶力だけは衰えていないようだな。ナイル、この子は私の特別だよ、それも覚えておくといい」
「だ、団長!」

真っ赤になってエルヴィンを止めようとする彼女に笑いかける姿に、ああ、こいつも恋をするとこんなにも変わるのかと納得した。
羨ましいと思ったのも覚えている。

「ナマエ、ナイルには気を付けるんだよ?あれは野獣だから狙われたら一口だ」
「おーいエルヴィン、それは誇張しすぎだろう」
「こんなにも素敵な方なら女性が放っておかないですよ」

思ってもいない賛辞をさらりと吐けるような女だからこそ、エルヴィンと一緒に居られるのだろうけれど。






「まったく、ナイルの奢りだと思うと酒が美味くて仕方ないな!」
「エリーちゃんよお、遠慮って知ってるか?」
「個人的な相談とやらの対価かと思っていたのだが?」
「…もう一本入れるか?」

幸か不幸か、恐らく後者だが、俺とエルヴィンは訓練兵からの同期だ。
他の同期は数えるくらいしかいない。
ああ、ミケの野郎も同期だった。

「そういやミケは?」
「ん?お前知らないのか?ナナバと付き合い始めたばかりだから、誘うのも無粋かと思って」
「ナナバ…彼女もミケの分隊だったか。お前ら、揃いも揃って年下ばっかり口説くのな」
「確かにナナバはミケが口説いたけれど、私が誰をどうしたって?」
「なんだ、あの小さいのはお前にアタックするような肉食だったのか?」

一度聞いた名前と役職なんかは忘れないし、エルヴィンの持ってくる報告書も全て目を通しているからその名前を見るたびに情報は更新される。
ナナバもナマエと同期だったはず。
初めて見たのは所属兵団の報告書…

いや、違う。
ナマエ・ミョウジ、成績優秀者ながらもうちを蹴って調査兵団に希望を出した物好きだ。
訓練兵団からは上位10人のリストが送られてきて内定者として目を通していたのだが、俺が師団長になってから初めてそのリストに変更があったのだ。

同期で成績上位者のエルヴィンとミケが揃って調査兵団に志願した経緯もあって、懐かしいなと思って名前を確認したのが最初だ。
思い出した、そうだった。

「ナイル?もしかして私とナマエの仲を誤解していないか?」
「隠すなよ、別に若い女に夢中になっても仕方ないレベルまで老けてんだよ。それに、シーナより壁外選ぶような酔狂同士お似合いじゃねぇの?」
「ナマエは私の家族だよ。リヴァイと同じで」
「…また拾ってきたのか」
「その表現はやめてもらいたい。彼女はご両親を亡くされていて、実家で支援している孤児の一人だったんだよ。でも本人の希望もあって兵士として魅力的だったから、私が後見人になってずっと育ててきた」

お貴族様の坊ちゃんだからな、こいつは。
孤児の一人や二人、個人で育てるのなんて問題ないもんな。
勿論、金銭面だけでなく、その精神は見習うべきだが。

「もうそろそろ、縁談でもあるかと思っているんだけどね」
「お前が隣にいたら男なんて寄り付かないだろうが」
「虫除けにはなるだろう?それに、彼女は訓練兵からの恋人がいたんだけれど、何年も前に英霊になってしまって…まだ若いのに恋をしたがらないどころか死に急ぐところがあるんだ」
「…だからミケの分隊に置いて、今はお前の世話か」

そこまでして、エルヴィンが守りたいものなのだろうか。
俺の知っているこいつは、どんなに大切な仲間でも顔色一つ変えずに命に順序をつけたはずだが。

「ま、それはさておき、俺そろそろ結婚するかも」
「誰と?お前、ちゃんと付き合ってる人なんていたか?」
「別にこんなおっさんになって惚れた腫れたってみっともないだろ…貴族のご令嬢で、えーっと、たしか、30歳?」
「待て待て待て、もしかして会ったこともないのか?」
「充分だろ。向こうだって好き好んで俺と結婚するんじゃねぇし」

そうだ、もういい大人なのに恋だの愛だの、寒いったらありゃしない。
こちらは貴族の仲間入りをしたいだけだし、向こうも「師団長」と結婚したいだけ。

「呆れたよ、結婚を何だと思っているんだ」
「人生の墓場か出世の手段。お前だって結婚してねぇのによく言うぜ」
「何度も説明しただろう、私はいつ死ぬか分からないのにそんな無責任なことは出来ない。残される辛さを大切な人に味わせるくらいなら、最初からそんな人を作らないに限る」
「心臓捧げてるのはこっちも一緒だ。だからこんな人生がどうなろうと、師団長が総統に成る為だと思えば痛むものも無いんだよ」
「例えば大切な人ができて、その人の為だけに生きることができたなら、どんなに幸せなんだろうね」
「世界が平和になってから言えよ」

お前だって俺と同じだろう。
訓練兵団に志願した時からずっと周りには華やかな女の子がいて、だけどその一人だって俺を好きになってくれていたのだろうか。

答えはノーだ。
優等生が、憲兵が、師団長が、その肩書きが魅力的だっただけに過ぎない。

自分の容姿や性格を客観視できないようなバカではない。
エルヴィンは肩書きが無くともこれだけ整ったツラだし俺とは違うのだが、それでもこいつのイカレた内面についていける奴なんてそうもいないだろう。
少なくとも顔面だけに惹かれるような女にそれは無理だ。

「こんなにもミケが羨ましいと思ったのは初めてだ」
「彼はいつだって私達の一本先ばかりを歩いていたからな」






「だから、ナマエを憲兵団本部に置いてほしいと言っている」
「それが人様にものを頼む態度か?っつーか、なんで調査兵団をよりによってうちに置くんだよ」
「ちょっとした書類ならナマエが処理した方が早いから、私の代わりに事務仕事をしてほしいんだよ。で、いちいち馬を飛ばしているのも面倒だからここで仕事をしてもらいたいんだ」
「…うちに利益がねぇぞ」
「ドーク師団長殿は最近秘書官を探しているとかなんとか…ナマエをつけるのはどうかな?時々調査兵団の書類を片付けさせる時間さえ与えてくれれば、あとは秘書官として自由にしていい」
「お前、この前あいつを家族だのなんだの言っておいて身売りかよ」
「ナマエが事務仕事を覚えたら色々と捗るんだよ。内地で暮らせるのなら今よりも安全だろうし」

エルヴィンがここまでして生かしておきたい理由がわからなかった。
だから、興味本位でその話に乗った。

翌日には鞄一つで挨拶に来たナマエに驚きつつも、やっぱり綺麗な敬礼に感嘆の溜息を漏らす。
小さな背中に負った自由の翼も、なんだか眩しい気がする。
若さというものはそれだけで羨ましい。


座学の成績が良かったのは覚えているが、仕事となると要領も重視される。
勉強ができるのと頭がいい、仕事ができる、それぞれはまた別物だ。

その不安も一瞬で晴れるほどにナマエは仕事をこなしていった。
そういえばエルヴィンの補佐をしていたくらいだし、いくらあいつでも役立たずを私情で側においておくはずもないもんな。

簡単に仕事の流れを説明してから彼女に任せる書類の内容を伝えたのだが、その一回だけで理解してくれただけでなく、整理しておきましたーなんて言って種類別かつ日付別に並んだファイルを見た時にはエルヴィンを拝んでもいいレベルだと思った。

「師団長、一息つかれたらどうですか?」
「ん?おー、ありがとな。お前は飲まないのか?」
「では遠慮なく頂戴しますね」

そっと差し出されたカップからはいい香りの湯気が立っている。
給湯室には豆も茶葉もそれはもう詰んであるという表現ができるほどに種類があるのに、よく俺の豆がわかったな、と思う。
後から知った話が、昼休みを利用してお茶汲みしていた兵士にあれこれ聞いて回っていたとか。
だからあいつが客の好みによって飲み物を出し間違えることはなかったし、砂糖やミルク、レモンの類いも完璧だった。

そこまでしてもらっても、使える奴だとしか思っていなかった。
全くプライベートを出さない隙の無さが可愛くないとまで思っていたかもしれない。

やっぱり隣に座るのは美しくて華やかで、少し頭が悪い女の方がいい。


仕事を終えて、遊びに行こうかと廊下を歩いていた時だった。
ナマエに充てた部屋から光が漏れていて、こんな時間に何をしているんだと中に入った。

「へ?あっ、師団長!どうされたんですか?」
「いや、ちょっとトイレに…それより遅くまで何してんだよ」
「えっと…今日教わった事務処理の方法を忘れないようにまとめていて…兵団によって異なるようなので、早くこちらに慣れないとと思いまして」
「はあ?そんなもんいいから寝とけ、倒れられたらエルヴィンの野郎に殺されるのは俺だからな」

エルヴィンの躾とやらなのか元々の性格なのかはわからないが、そんなに必死にしてもらう仕事ではない。
もしかして、ここに来てから毎日そうだったのだろうか。

あんなクソ真面目、どう扱っていいのか分からない。
胸の中がもやっとして、こんな気分で遊びに行くのも難しい。

「おっ、師団長、今から街へ行かれるんですか?」
「いーや、今日は部屋で寝るわ」



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