この世界が嘘でも


・イアン×リコ、ミケ×ナナバ表現が含まれます。
・息子が産まれています。
・リコ視点です。

























同期のナマエが出産した。
ついこの前結婚したばかりだと思っていたから、なんだか実感が湧かない。

というか、相手を考えたら結婚も出産も間違いじゃないかとすら思う。
なんであんなスカスカ薄らヒゲのおっさんと…

調査兵団だってよく見れば素敵な男もいるし、安定を求めるなら駐屯兵団も悪くないと思っているぞ、我ながら。
ナマエならもう少し、優しくて紳士的で爽やかな男を捕まえられたはずなのに。


同じく同期のナナバを誘って、今日は子供の顔とやらを拝みに来た。
彼女はナマエと一緒に働いていたから、結婚後はいつも会えない会いたいとうるさかった。

シーナのかなり奥の方に家があるとは聞いていたが、遠すぎるし余所者を見る視線が痛いのなんの。
今日は私服で来たけれど、それでも浮いてしまった。


「あーもー!大変だったよナマエ!」
「うん、ごめんね?迎えに行ければ良かったんだけど…」
「いいよ、ジュニアに触らせてくれるなら」
「こらナナバ、手を洗うのが先だ」

玄関まではナマエが迎えてくれた。
その腕には、ふくふくの赤ちゃん。

髪色は残念ながら旦那に似たらしい。
眠っているからまだわからないけれど、瞳の色まで旦那似らしいから残念だ。


「可愛いなあ…いいな、私も結婚したいな」
「えー?ミケ分隊長ってまだプロポーズしてくれないの!?」
「…うん。って、リコだって恋人期間が長すぎて抜け出せないでしょ?」
「えっ、イアンってば何してんの!」

ナナバは同じ調査兵団のミケ分隊長と、私も同期で同僚のイアンと付き合っている。
ナナバのところは職場で出会って…という流れだけど、私たちは訓練兵団に入ったときからの付き合いで、色んな意味で長すぎる。

「まさかナマエに先を越されるとは思わなかったよ」
「そうだな、急に憲兵団の偉い人に近寄られたと思ったらすぐ結婚してこんなに可愛い子を産んでるんだもんなぁ」
「うーん、まあびっくりはしてるけど、ナイルくらいしかお嫁に貰ってくれなかっただろうし」

何を言うか。
ナマエが気付いていないだけで、熱い視線を投げる輩はいた。

ただ、彼女は成績優秀で、調査兵団に入ってからもどんどん上へ行ったから近寄り難かったのだろう。
そういえばへらへら笑いながら下ネタもぶっ放したし毒も吐いたし、それもあっただろうな。いや、やっぱりそっちが主な原因だ。
てっきりエルヴィン団長に狙われているのかと思ったが、あの過保護の根源が薄らヒゲなら納得できる気がする。


「ミケは結構奥手だから、プロポーズなんてずっと先だろうなー」
「確かに、分隊長ってあんまりストレートに感情とか表さないよね」
「うん、だから逆プロポーズ仕掛けてやろうかと思って」
「ナナバは相変わらず肉食だな」
「そりゃ、あんな美味しそうな肉を毎日見せつけられてればこうなるよ」

逆プロポーズをしてでも手に入れたい相手、なのか。
確かにいい人そうだけど、初対面で匂いを嗅がれて鼻で笑われた恨みは忘れていない。

「リコは?逆プロポーズしないの?」
「もう長すぎて好きとか嫌いとかそんな感情もあんまり無いかな…」
「イアンも優しいけど、確かにガンガン攻めていくタイプではなかったよね」
「ああ、不満は無いけど、燃え上がるくらいに好きかと問われれば迷うな」
「だから、私たちが子供を産めるようになるのなんてずっと先かも」

つんつん、とナナバは遠慮なくジュニアの頬を突つく。
柔らかそうなそれは女性なら誰もが守ってあげたくなるものだ。

「ナマエが結婚を決意したのってどの瞬間?」
「えっ、私?」
「まさか弱みを握られたとか、そんなのじゃないよね?」
「違うよー…ナイルって憲兵団だからどこまでも腐ってんだろうな、くらいで構えていたら色々と裏切られて…って感じ?」

憲兵団サマの仕事ぶりは、壁が壊される前の駐屯兵団より素晴らしかったからな。
そのトップなんてどんな野郎だと思っていたのも事実だ。

「あんまり言っちゃうとアレだからやめておくけど、私の前でだけ素の状態を見せてくれたりだとか、ここぞって時で頼りになったりとか、気付いたら好きになってたなぁ…」
「あのナイル・ドークだよ?エレンを殺そうとしたり、エルヴィン団長にだって銃を突きつけるような非情で冷酷な男が、なの?」
「あれで中身は普通のおっさん。可愛いところもあるのよ」

まあ見てくれはファンキーなおっさんだろうけど。

ふにゃあ、とナマエの腕で鳴き声が上がる。
さっきまで寝ていた子が、一瞬でその場の注目を奪っていく。

「あー、もうご飯の時間か…」
「おっぱいあげるの?見たいなー」
「いいけど、そんなに楽しいものじゃないよ?」

そう言いつつもナマエは慣れた手つきで胸を晒してジュニアに含ませる。
目をうっすら開けて、一生懸命に吸い付く様子はなんと表現していいのかわからない。




「あ、面白いもの見せてあげようか?」
「へ?なにそれ?」
「いい?目標が接近するまで声も気配も出しちゃダメだよ?」

そう言うとナマエは息を吸い込んだ。

「ナイルー!おっぱいの時間だよー!」

今日は仕事で居なかったんじゃないのか?という声はナナバに口を塞がれたことで消えて行った。
そりゃ可愛い息子の授乳なんだから見たいだろうけど、私たちが居る前であったとしても見たいのか…?

「あー…足りそうか?」
「っていうか溢れてきてる」
「おっしゃ!今行く!」

足りない分はいつも粉末のミルクでも作ってあげているのだろうか。
あのおっさんもなかなかに家庭的なところがあるんじゃないか。

無愛想で、真面目系不良というかチョイ悪というか、とにかくあんなに怖そうな男が…と思うと確かに面白い。
まあ三十代の終わりに出来た子だから、死ぬ程可愛いんだろうけれど。
ああ、一回り歳の離れた妻も溺愛してるんだっけか。

でも、ナマエの言う「面白いもの」にしては少し物足りない。
むしろこれは惚気じゃないか?

「絞るなよ!一滴残さず吸ってやるからな!」

そう大声と共にリビングに現れたのは、下半身のみに寝間着を纏った師団長。

ナナバが堪えきれずに腹を抱えて笑い転げている。
私だって意味がわからない。

「…おい、来客があるなんて聞いてねぇぞ」
「言ってなかったっけ?はい、ナイルは右ね」
「ち、違う…俺は別に、その、だな…」
「要らない?じゃあ絞っておこうかな」
「やめろ勿体な…っ!違う!そういう意味じゃなくてだな!」

私たち駐屯兵団を束ねるのはピクシス司令だけど、そもそも駐屯兵団自体が憲兵団の統制下でもある。
遠いけれど確実に私の上司である男が、まさかこんな奴だったなんて。

「あっははははははは!!最高!ナマエってばいつの間にこんな大きい赤ちゃん産んだのよ!!」
「違う、違う!頼む、ミケには言わないでくれ…!」
「いいですよー…でも、団長には言っちゃうかも知れないなぁ…」
「…何が欲しい」
「ナマエが連れて行って貰ったって言う、あのレストラン行ってみたいです」
「分かった」
「勿論、ミケの分もお願いしますね」
「あいつら二人分の口止めなら安いもんだな。希望日時を決めたら伝令を出せ」

流石はナナバ。
昔からやたら肝の座っている女だったが、それにしても強請り慣れていないか?

「リコはいいの?」
「え…?私?」
「そうだよリコ、ナイルって頼られ慣れてるから遠慮しないで?」
「ピクシス司令への口止めか…ナマエ、お前は少し黙れ」
「えー?次は誰を呼ぼうかなー?やっぱり兵長には」
「それは駄目だ」

ピクシス司令に告げ口するほど意地悪では無いつもりだし、司令だって別に言いふらしたりしないだろう。

「イアンと同じ日に休暇がほしい…一日だけでいいから」
「そんなもん、憲兵団の見学を名目にシーナへ滞在できるようにすることくらいしかできんが、それでいいのか?」
「充分です、ありがとうございます…」
「業務だけに日にちまで聞いてやることはできんが、まあそこは許して貰おう」

面白いものが見れたねって言って笑って帰れたならそれで充分だったのに、豪華すぎるお土産まで持たされた気分だ。
偉そうな態度と威圧感は相変わらずだけれど、この人、こんなにナマエに甘かったんだ。

いや、でもいくらなんでもおかしすぎやしないか?
ナマエに甘いのは分かるが、だからと言って私たちまで甘やかす必要はあるのか?

顔を上げると、まるでわかっていたかのようなナマエと目が合う。
悪戯を仕掛けた時のあの笑顔だ。

なるほど、これには何か裏があるらしい。
ナマエのことだから本当に困ることにはならないとは分かる。

「まあ、騙されたと思って、さ」

そこまで言うなら、それもまた一興か。











「ちょっとナイル!タイが曲がってる!」
「さっきまではちゃんとしてたんだが、こいつが引っ張って…こら、食うな!」
「もう…私が抱っこしてるから早く直しちゃって。そろそろ式が始まるよ」
「つーかお前、やっぱエルヴィンが可愛がってただけあって策士だな」
「今更気付いたの?」
「人前であんな恥かかされたんだから、成功しなくちゃ困るんだよ」
「でもそのおかげで、ナナバもリコも幸せになれたんだからいいじゃない」
「…まあ、デレデレのミケも珍しかったけどな」
「二人の式も良かったよね」
「ああ…っと、入場だ。ほれ、貸せよ。お前は同期二人を全力で祝ってやれ」
「了解です!」






L'Arc-en-Ciel/HONEY