午前6時の神に呼ばれて


イェーガーさん家のカルラさんが産科医だったら…というぶっ飛んだ設定です。
エレンのご両親は健在というお花畑なIF設定でも大丈夫な方のみお願い致します。














よく晴れた朝だから、普段洗わないようなカーテンまで洗ってしまった。
立つのも座るのも一苦労なお腹になって、正直これ以上膨らまないと思う。

出産予定日というのが大体予想できるみたいで、カルラ先生によると一週間後くらいだそう。
それでも性別はわからないから男の子でも女の子でも困らないように、可愛すぎずシンプルすぎない服やおもちゃも用意した。

あとはこのデカい子供をどうするか。

「ナマエ、ナマエ!重い物は持つなって言ってんだろ!」
「うん、フライパンは重くないからね」
「水!水飲むか?トイレは行きたくないか?」
「飲まないし、トイレもまだいいし、自分でできる」
「…腹、触ってもいいか?」
「ん、どうぞ」

最初からお腹に触りたいって言えばいいのに。
まるで子供みたいにおずおずと見上げられて、つい笑ってしまった。

妊娠が発覚してから今まで大体10ヶ月弱、ずっとこの調子が続いたんだからノイローゼになりそうだった。
マタニティブルーにならないだけよかったじゃない?ってカルラ先生は言うけれど、そこそこ大柄の男がまとわりついてギャンギャン吠えるのもかなり辛いものがある。

それでも悪気があるわけじゃなさそうだし、それ以外はやっぱり頼れる旦那だし。

今もお腹に抱きついて頬擦りして、何やら耳を当てて楽しんでいる。
私にもぽこぽことした衝撃が伝わっているのだから、ナイルにだって聞こえているだろう。

「蹴った!」
「そうだね、ナイルが撫でるといっつも蹴るよね」
「こいつ、絶対すっげぇ可愛いナマエに似た女の子だぜ!で、俺のことが大好きなんだ!」
「うわーおめでたいねー。その言い方だと私まですっげぇ可愛いことになるけどいいの?」
「いいに決まってんだろ?うわ、また蹴った…激しいな…」

さり気なく恥ずかしいことをさらりと言って、それでいて本人には爆撃の自覚無しだなんて狡い。
ナイルは不思議そうに答えたあと、またお腹に耳を当てて楽しんでいた。

「ほら、ちょっと怒ってるんじゃない?もしかしたら男の子かもよ?」
「まあナマエに似てるなら男も悪くないけどな」
「あ、お湯が沸いた。今日はローズヒップにし、よ…っ」
「ナマエ…?」
「おなか、いたい…」

お腹というより腰?いや、骨盤?背中?
ああもうお腹周りがみんな痛い。

思わずナイルにしがみつくと、そのまま身体がふわりと浮いた。

「ナイル…」
「大丈夫だ、大丈夫」

何がどう大丈夫かなんてわからないのに、ナイルにそう言われると安心する。


いつもよりうんと優しくベッドに寝かされて、ころんと横向きにされる。
腰のあたりを強めに摩ってくれて、それが意外と気持ちいい。

しばらく枕を握っていたら、痛みもすっと引いていった。
そのことに気付いたナイルは、何かごそごそと音を立てている。

「とりあえず痛みは引いたか?」
「うん…っちょっと!どこ触ってんの!」
「いや、破水はしていないみたいだな。少しだけ待ってろよ」

太ももの内側を撫でられたらびっくりするのに。
わしわしと頭を撫でて、寝室から出て行った。

それからすぐにパン、と爆ぜるような音が聞こえて、台所からはヤカンがひゅんひゅんと叫び出す音まで。
存在感のありすぎる足音が家中をあっちこっちして、最後に寝室へ入ってきた。

「待たせたな!どうだ?まだ痛みはこないか?」
「うん…今のところは大丈夫かな」
「じゃあ少し座るか?水もあるし、今のうちに飲んどけ」
「ん、ありがとう」

枕をベッドヘッドに当てて座る。
こっちの方が楽でいいかも知れない。

手渡されたカップから水を飲むと、その間にもベッドにバスタオルを敷いたり靴下を締め付けの無い毛糸のものに替えてくれたりしていた。
今日の服装が前開きのシャツワンピースであることまで確認して、ナイルの冷静さが逆に怖い。

「なんか、慣れてる?」
「人聞き悪いな…頭使うことは得意なんだよ、こう見えて」
「あはは、なにそ…っい、た…」
「大丈夫だ、もっぺん横になるぞ」

また下半身に走る激痛に、カップを落としそうになる。
そのカップをナイルがひょいと取り上げて、ゆっくり横向きにさせてくれた。

背骨に沿って、拳をゴリゴリと滑らせる。
撫でる、というにはやや乱暴だけど、これがまた痛みを和らげるには最適なのだ。

痛みは引いて、その度に少しずつ水分を取って、また痛くなって。
時折ゴソゴソとしながらもずっと付き添ってくれている。

本当に、今日、ナイルが非番で良かった。

「あら、ナマエちゃんの陣痛もなかなか強そうね」
「カル、ラ先生…?」
「ごめんなさいね、ノックしたんだけど聞こえなかったみたいで入ってきちゃった」
「いえ、これが陣痛の起きた時間をメモしたもので、湯も沸かしてあります」
「まあ…流石ね師団長。マッサージまでこなして、ナマエちゃんもいい旦那様もらったわね」

もらったっていうか、もらわれたっていうか…
あれ、どうしてカルラ先生が?
ナイルはずっとここにいたはず。

「師団長宅から煙弾が上がったって憲兵が迎えに来てくれたのよ」

またこの男は職権乱用して…
と眉を寄せたら、太い指がその皺を伸ばしてきた。

「今、失礼なこと考えただろ。言っとくがな、部下達からの善意の申し出をありがたく受けただけだからな!」
「じゃ、後で、お礼…」
「考えておくから、そのことはひとまず忘れろ」

乱雑に撫でられた髪が、少しくすぐったかった。








あれからどれだけ時間が経ったのか、窓の外は真っ暗を過ぎて少し明るんできた。
痛みもここまで来ると頭がおかしくなる。

「いっ、あああああああ!!無理!無理無理無理!!」
「うおっ、ナマエ、爪!爪!」
「うるっさいなあ!早くカーテン取り込んで来てよおおお痛いいいいいい!!」
「わかった!取り込むから!爪!爪を外してもらえねぇと俺もカーテンが爪!爪!」
「はいはい旦那さんは少し落ち着きましょうね」
「いやいやいや!爪!爪!」

うるさいな、爪がどうしたのよ。
と思って目を向けると、あまりの痛みに縋り付いたナイルの手に、私の爪が食い込んで血が滲んでいる。

うわー、ごめんねー、でも力の抜き方わかんないやー。

最初の頃こそ私もナイルも冷静だったものの、今では二人してオカシイ感じかもしれない。
こんなに痛いなんて聞いてないんですけど?

「ほーらナマエちゃん、少し脚開くわよー?」
「いだ、いだいいいい!ナイル!代わってええええいっだああいいいい!!」
「先生!ナマエと代わるためにはどうしたらいいんですか!」
「代われませんので諦めて産んでもらいましょうね?ほら、頭出てきたわ」
「頭?なんでそんなとこから頭が出てくるんですか!すげえ狭いのにそんなの通るわけがない!」
「入れたところから出るのが自然の摂理ですからね」

これ、鼻からスイカどころの話じゃない。
何が痛いって、普通ならあり得ないレベルであり得ないところが広がっている。

というかさり気なく下ネタを交わされた気がするんだけど…
それにしても流石エレンのお母さんなだけあって、まったく動じないなぁカルラ先生。
だからこっちも身を任せられるんだけど。

頭ではこんなに冷静に物事を考えられている一方、口から出るのは何を言っているのかわからない単語ばかり。
しかも、口から出たその言葉たちが頭にまた戻ってきて、冷静さを侵略していく。

「いた、いたい、痛いいいいい!!」
「ナマエちゃん、きばっていいわよ」
「ほら!力んで…いや、手はやめて、爪!爪がすごいんだって!爪!」
「ふ、う、あああああっ!」

一瞬、時が止まったんじゃないかと思った。
強烈だった痛みが少し和らいで、ぺちぺちと濡れた肌がぶつかり合うような音がする。

「ふにゃ、ふやああああ」
「泣いたわ…元気な男の子よ」
「っ、ナマエ!」

汗でぐちゃぐちゃなのが急に恥ずかしくなって、でもそんなことお構いなしにナイルは顔中にキスを落としてくる。
ナイルだって汗と涙とあとちょっと鼻水でぐちゃぐちゃなのに、それは汚いと感じないあたり、私も相当疲れている。

「ほら旦那さん、産湯の用意!私はその間にへその緒の処理しちゃうわね。それが終わったら、お母さんの胸でたっぷり寝かせてあげましょう?」

霞む目で確認した可愛い息子は、なんだかぬるぬるっとしたもので包まれている。
その子に手を伸ばすと、カルラ先生に優しく諭された。

子供が出た後も、胎盤が出るまでちゃんと痛みは続くし、それが終わってもあちこちが痛い。

湯を浴びて、気持ち良さそうにしているその子を抱こうとしたらナイルが凄い目で見つめてきた。
何を言いたいか隠せていないけれど、我慢しているところだけは褒めてあげたい。

「先生、パパに抱っこさせてあげてください」
「えっ、いや、ナマエの前にそんな!」

そう言いながらもちゃんと両手を広げるあたりが流石です、師団長。

「はい、頭のところはちゃんと支えてあげて…そう、上手ね」
「ちっせえ…」
「そうねぇ、普通よりも少し小さいかも知れないけれど、元気もあるし心配なんて要らないわ!お母さんのことを思ってくれたのかもね」
「ぶっさいくだ…」
「生まれたての子はみんなこうですよ?」
「ナマエと俺の子なんです、可愛いに決まってる」

ゆっくりと差し出されたその子を、寛げた胸に抱く。
あたたかい、重い、ちゃんと生きている。

「なんだよ、俺の時より良さそうな顔で寝てやがる」
「ふふ、そりゃあお母さんですもの」
「あ、笑った…」

可愛い、どうしよう、とても可愛い。
生まれたてでくしゃくしゃだけど、ふわふわの髪はナイルと同じ色だし、閉じてる目も私の目とは似ていない。

「きっとナイルそっくりなんだろうなぁ…」
「不満か?」
「同じ顔なら、若い方に目がいっちゃうかもよ?」
「熟成された大人の男も悪くないんだぜ?」

潰さないように細心の注意を払って、ナイルが私達を抱き締めてくれる。
耳からはナイルの鼓動が聞こえるし、胸からは別の鼓動が伝わってくる。


開けた窓からはいつの間にか陽が差していた。
今までで一番短い24時間だった。

遠くから鐘の音が聞こえる気がする。
懐かしい、門の開く時の音。

「調査兵団が帰ってきたそうよ!」

カルラ先生、目を輝かせるとエレンにそっくりだ。
とにかくエレンとミカサを迎えに行ってあげてと促せば、道具もバッグも置いて走って出て行ってしまった。

その気持ちが、今ならわかる、気がする。

「凄いね、人類が勝利した日が誕生日になっちゃったよ」






GLAY/THINK ABOUT MY DAUGHTER