夢見る宇宙



ナイルの様子がおかしい。
いや、あのおっさんは元々おかしい。
最近はまた別の意味で、おかしい。

目を虚ろにさせて、ぼんやりしていることが多くなった。
話しかけても「ああ」しか言わない。

それだけならまだしも、ここ3日くらいは目も合わせないどころか苦しそうだ。

いつから、と言われても思い出せない。
はっきりと気付いたのは私の悪阻が終わった頃くらいだろうか。

あの時は自分のことで頭がいっぱいだったから、本当にそれが治まるまでは何も考えられずにいたという方が正しい。

世の中には、妻が妊娠すると浮気する旦那も少なくないという。
ナイルは…いつも通り仕事をして、いつも通りに帰ってくる。

たまの休みは家事をしてくれたり、一緒に出掛けたり、意外と良い旦那だと思う。
まさか仕事だと偽って…なんてことも考えたけれど、こんな時期にそんなことをするような無責任な男でないことだけは分かる。

なんだろう、いつもと違うところ。
疲れすぎるとこうしてぼんやりとすることもあったけれど、なんだろう。

ふと、思う。
私が彼をおっさんと表現するのは何故だったか。
自分でも言っているというのもあるし、どう見ても同い年のエルヴィン団長と比べて老けているしなんだか薄汚れているし爽やかさがないというのもある。
加えて、あの冗談のセンス。

口を開けば訓練兵のような下ネタと、年齢を感じさせるひと昔前の表現。
…それだ、それがない。

最近、一度でもナイルが下品なことを言っただろうか?
もしかして、もう私にはそういう魅力がなくなったということだろうか…

あのしつこい誘いも、思春期を拗らせた冗談も、なくなるとそれはそれで寂しい。


悶々とそんなことを考えていたものだから、眠れなくなってしまった。
同じベッドに居るものの、ナイルに背を向けているからきっと私が眠れないことにも気付いていないんだろう。

ほら、規則正しい寝息が聞こえてくる。
少し膨らみかけたお腹だけど、仰向けになるとそれなりに苦しい。

すぐ目の前の壁は無地で、こんな暗がりじゃ何色か分からない。
壁とナイルに挟まれて寝るようになったのは、絶対にベッドから落としたくないという彼の意見が採用されたからだけど、別に今までだって落ちたことなんてないのに。

そんな変なところで気を遣うくせに、自分の異変には気付かずって、なんだこのおっさん。
溜め息を吐いて目を閉じて、でもやっぱり眠れなくて。

もう一度壁でも見るかと目を開けると、今度は何かがひらひらしている。
なんだこれ?

「…うっし、今日も爆睡してやがんな」

焦点を合わせると、それはナイルの左手で、間違いなく揃いの指輪が嵌まっている。
声とともに人差し指と中指だけを立てるサインを作ると、今度は視界から消えた。

今日も、って何?爆睡って何?私、起きてるよ?

そんなことを言ってはいけない。
これから何かが起こる、そんな予感だけは伝わってくる。

ギシ、と音を立ててナイルが近寄った。
後頭部に軽めの圧力を感じるし、項には荒い吐息が当たる。

間もなく、聞き慣れた水音が聞こえてきた。
おまけに独特の匂いまで漂ってくる。

「っ、あ…ナマエ……」
「呼んだ?」
「へ?おわっ、ああ!?」
「うわっ!」

名前を呼ばれたから振り向いただけなのに、なんだその声は。
すぐ目の前にナイルの顔があって、ああ、胎教に良くない。

「毎晩こんなことしてたの?」
「バカ、週6だ。そこんとこ間違えんな」
「どうしよう、実家帰りたい…」

私の言う実家が調査兵団本部であることは言うまでもなく。
それにしても胸を張って言えた内容じゃないよそれは。

「溜まってるなら起こせばいいのに」
「…簡単に言ってくれるなよ」
「髪の匂いがメインディッシュなら石鹸でもいいんじゃないの?」
「今のお前は抱けない」

ある程度、予想はついていたけれど、実際に言われると結構きつい。
別に以前から整った容姿ではなかったけれど、それ以上に身体のラインも崩れてしまったわけだし。

「抱くと、子供が流れることがあるんだそうだ。そんなこと出来るかボケ」
「そんな言い方されると、なんか大事にされてるみたいなんだけど…」
「なんか大事にしてるつもりなんだが?」

このおっさんの悪いところだ。
普段は冴えないおっさんなのに、時々こうしてとんでもない爆弾を落としやがる。
それでいて無自覚だからタチが悪い。

「っつーか、やっぱ初めてこいつの顔を見るのが俺のアレって、どうよ?」
「…一瞬でもときめいた私がバカだった。心拍数返せ」
「お前、昼間の下ネタに厳しい上にいざ夜中に下ネタぶちかましてもスルーすんのやめろ」
「で?これ、どうするの?」

寝返りを打ったからお腹の当たりに熱を感じる。
まったく落ち着く気配も見せないそれを指先でなぞってやると、ぴくりと震えて可愛らしい。

「あー…ちょっと、抜いてくる」
「どうやって?」
「トイレで、がんばる、的な?」
「何か貸してあげるよ。手と口どっちがいい?」
「口で!」

即答とは必死すぎる。
でも、直接的に求められるのは悪くない。全然悪くない。

「かがむのキツいからさ、ナイルがベッドに座って?」
「おお…床、冷たくないか?これ敷いとけ」
「ありが…これナイルの枕じゃん」
「いやいやいや!お前の座った枕を今後のオカズにしようなんて考えてないぞ?」
「目が泳ぎまくりなんだよおっさん…」

後で洗濯すればいいかと思って、ナイルの足下の床に腰を下ろす。
ふかふかの枕があるだけで、だいぶ座りやすい。

手で支えて先端に口づけると、それだけでまた震える。
さっき可愛らしいと言ったけど、こうして見ると可愛いどころかグロテスクもいいところだ。

舌先で突ついて、ちょっと吸い上げて、今度は舌を広く使って舐めながら包んでみたり。
その全てに違う反応を示してきてなんだか面白い。

「ふ、っ…ナマエ…」

頭を撫でていた手が時折止まる。
イイトコロに当たると髪を掴むから、こちらとしても分かりやすい。

裏筋は唇で挟みつつ、舌先も軽く押し当てて舐め上げる。
何度も往復して3回に1回くらいの割合で舌を左右に動かしながら舐め上げてやれば、噛み殺しきれなかった声が漏れる。

ぐいぐいと頭を押して催促されたので、渋々口の中へ迎えてあげるけど、あまり得意ではない。
そりゃ、ナイルが好きな行為なのは知ってるし、その時の余裕の無さは私も煽られる。

でも、悔しいことに体格に比例してそこそこ大きなそれは口の中に収めるのも一苦労。
奥まで飲み込んでやりたいけど、あと一歩のところで喉に当たって吐きそうになる。
特別華奢な造りをしているわけじゃないはずだけれど、一回り大きな身体をしているナイル相手だし、そもそも私の口はこんなものを入れることを想定して設計されていない。

内頬で擦って、親知らずに当たる寸前のところまで行ったらまた唇近くまで戻して。
口からは唾液とナイルの先走りが混じった物が粘着質な音を立てる。
飲み込もうとすると歯を立ててしまうから、仕方なく垂れ流しにしているだけ。

「も、いい…ナマエ、離してくれ」
「ふ…うっ」
「出る、から…っ、頼む…」

だから変なところで遠慮するんじゃないって言ってるのに。
ここまでさせておいて出るから離せとは新手の冗談だろうか?相変わらず笑えない。

返事の代わりに見上げると、眉を寄せて、目には涙をたっぷり溜めて、頬は暗がりでも分かるくらいに赤いし口は薄く開いている。
思わず息を飲み込んでしまった。
しかも先端を銜えたまま。

「う…っあ、ナマエっ!」

本当にほぼ毎日抜いていたのかと思うくらいに濃度の高いそれが、口の中に叩き付けられてぶわりと広がる。
生臭いし、ちょっとしょっぱいし、熱いし。
でもサービスでもう一度限界まで銜えて、今度は唇で扱くようにして搾り取って仕上げに先端を吸い上げた。
最後の一滴までしてやれば、ナイルも満足してくれただろう。

もう一度見上げるとぼんやりとしていたけれど、すぐにはっとして私の口元に右手を差し出す。

「悪かった!ほら、出せ!」
「………」
「ほれ、ぺっ!ぺっできるだろ!ぺっ!」

こいつ、私を犬か何かと勘違いしてないか?
こんな扱いをされたことも気に食わなかったけれど、吐き出すことを当然にしてくるのもなんだか腹立たしい。

一思いに飲み込んで、舌を出して見せつけてやった。

「信じらんねぇ…よくもまあ飲めるな」
「マズい気持ち悪いイガイガする…」
「水ならあるぞ、早く飲め。って、そんなに嫌なら飲むなよ…」
「その配慮は嬉しいけど、ナイルのなら飲めるっていうか、全部独占したいっていうか…」
「ああああ!!畜生!そんなこと言って誘ってくれても入れらんねぇとか、キッツイお預けだな!」
「お預けも何も、一回出したからもう今日は終わりじゃん」

そうそう、一日に一発しか叶わないのは結婚後も相変わらず。
私としても楽でいいけど。



「最近ずっとぼんやりしてたのはこれのせいだったの?」
「お前だって嫌だろ?身体が大変な時にも見境なく発情する旦那とか、俺なら嫌だわ」
「逆に触れてもこないから、もう私は女じゃないんだなーって思ってた」
「俺はナマエ相手ならとりあえず勃つ」

もう一度ベッドに横たわるけれど、今度は向かい合って互いを抱きしめている。
香水を付けていないナイルの匂いは、なんだかとても安心する。

「妊娠してすげぇ大変そうなのに、何もしてやれない上に俺の相手しろなんて言えないだろ、普通」
「その配慮は嬉しいけど、触れたいと思ってるのが自分だけだと勘違いしてるところが腹立つ」

そう言って首筋に額を擦りつけると、ふは、なんて笑い声が降ってきた。
なんか頭皮が痛いから、絶対私の頭に頬擦りしてる。

「悪かった。また付き合ってくれるか?」
「顎痛いから口は当分無しね?手も辛いし、見てるだけでいい?」
「それじゃ前とあんま変わんねぇどころか俺が恥ずかしいだけだろ」
「じゃあそれこそ石鹸でも用意しておこうか?それでいいでしょ?」
「分かった!見てるだけでいい!だからせめて、その、ちょっとだけでもナマエのことが見たい」
「…脱げってこと?」
「そりゃ脱いでくれれば嬉しいんだが、顔だけでも…やっぱ俺、ナマエでしか勃たん」
「…これは喜んでいいの?」

そう言いながらも、顔が熱くなっていくのが自分でもよく分かる。
頬擦りされていた頭頂部には、髪を食む勢いでキスが降ってくる。

こんな表現でも、やっぱり好きな人に求められるというのは嬉しいもので。
温かな匂いを胸一杯に吸い込んで、このまま眠ってしまいたい。

「そういえばさ、どうして週6だったの?」
「毎週月曜日は兵団会議なの知ってんだろ?」

ああ、その日はいつも行きたくない行きたくないザックレー爆発しねぇかな、なんて言っているから嫌でも分かる。
よっぽど行きたくない会議だってことは伝わっている。

「だから日曜は我慢して、月曜の夜はご褒美で楽しむわけよ」
「へ?いやいや、なんで我慢するのさ?」
「オナ禁つーか、焦らされると余計に次が燃えるだろ?」
「やっぱり実家帰りたい…」

相変わらずの雰囲気クラッシャーだけど、それでも久々に触れ合えたことだけは良かった。
そう思わないとやっていけない。






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