いとしの不安定



※嘔吐表現が含まれます。
※悪阻に関して事実とは異なる説を書きました。


エルヴィン視点です。



























ナマエの体調が悪い。
そう言って夜中に馬を走らせてきたのは旧友だった。

微熱が下がらない割に顔色がよくないらしい。
そもそもシーナならもっといい医者がいるだろうと思ったが、元々今日はこちらへ来る予定だったという。

兵団本部に残してあった衣服を取りに来たところ、途中で気分が悪くなったために休んでいたが、なかなか回復しなかったそうだ。
問い詰めれば微熱が続いていたことも発覚し、愛妻家を通り越してナマエを溺愛しているナイルはパニックになって今に至る。

医務室に通したが、消毒液の匂いに彼女がまた気分を悪くしたので空き部屋を提供した。
医療班は診察の後に少し困ったように出て行った。

なかなか寝付かなかった彼女だが、ナイルが手を握ってやると安心したような顔になる。
それを見届けたナイルもまたすぐに眠りに落ちた。

さて、私は憲兵団本部に早馬を出さなければ。
師団長殿は明日も休暇をとる、と。







「ナマエっ!大丈夫か!」

早朝、ナイルの叫び声に慌てて部屋を開けると、ベッドの上で彼女は戻していた。
すぐそばに洗面器も置いておいたのだが、それすら間に合わなかったようだ。

ナイルはすぐにその洗面器をあてがってやって、もう片方の手で背中をさすってやっている。
彼の服も彼女の服も汚れているが、そんなことを気にしている様子はなかった。

「エルヴィン、浴室のドアを開けてくれ」
「ああ、こっちだ」

部屋に備え付けてある浴室へのドアを全て開けて道を作ると、シーツごとナマエを抱き上げて運んでいった。

これはもしかしたら、もしかするかも知れない。










「おめでとうございます、ご懐妊です」

医療班が早朝から出て行ったと思ったら、女医を連れてきた。
なるほど、確かに軍医の専門外ではある。

「おめでとう、ナイル、ナマエ」

当の本人達はぽかんとしていたが、ナイルは立ち上がってガッツポーズを決めた。
ナマエはお腹に手を当てて、ぶつぶつと呟いている。

「よっしゃああああ!!ナマエ!でかした!」

聞き取れたのはそれくらいで、後は何を言っているのかわからない。
固まっているナマエに抱きついて、派手な音を立ててキスを送っている。
この上なく不愉快だ。

「っ、本当に…?」
「ああ!毎晩種付けした甲斐があったな!」
「ーっ!ここで下品なこと言わないでよ!」

リヴァイも真っ青な表現に、ようやくナマエが元に戻った。
何度でも言うが、不愉快極まりない。

でもまあこの二人にしかわからない何かで繋がっているんだ。
私は医療班を引き連れて部屋を出た。






「ナマエ、妊娠したのは君で間違いないね?」
「はい、間違いありません」
「それでは何故ナイルが悪阻を起こしているんだろう?」
「…やめろエルヴィン近寄るな。お前の香水で吐きそうだ」

私の知らないうちに、男性も妊娠するようになったのだろうか?
ナマエの悪阻は理解できる。
と言っても知識だけでしかないから、その辛さを考えると完全には理解できていないのだろう。

それはともかく、何故ナイルが真っ青な顔でぐったりしているのか。

「ほらナイル、グレープフルーツの匂い嗅いでみて」
「あー…だいぶ楽になったわ…」
「あんまり空腹でも気持ち悪いからね、兵団支給のクラッカーならどう?食べられる?」
「あー…いける、これウチも採用する…」

逆じゃないのか?
どうして身重のナマエに君が世話を焼かれるのか。

「やっほーナマエ!おめでとう!」
「あ、ハンジ分隊長…ありがとうございます」
「顔色、やっぱり良くないね…っと、そうそう!調べてきたよ、エルヴィン」
「ご苦労、ハンジ。研究費用の件はドーク師団長がどうにかしてくれそうだよ」
「分隊長?団長?何のお話ですか?」

しまった、ナマエに説明するのを忘れていた。
ナイルは…聞いていないだろうな。

「貰い悪阻、って言ってね、旦那が悪阻になることもあるんだって!奥さんが大変なのを目の前で見続けると、一緒に落ち込んでこうなるって」
「ナイル、君はいつからそんなに繊細になったんだ?」
「仕方ねぇだろ…代わってやりたいくらいだ…っう、」
「あー!ほら!グレープフルーツ、ほら!」

ハンジが溜息を漏らしたが、その中にはどこか楽しそうな色を含んでいる。

「奥さんのことが好きすぎると、こうなるんだって」
「はぁ…ナイル、よく聞いてくれ。君に出産はできない。君が悪阻になってもナマエの悪阻は止まらない。代わってやれないなら、せめて支えてあげてくれないか」

それができないなら、私の元で出産させる。

そう言ってやれば、ナイルも気が付いたようだ。
まったく、変な所で頭が回らない。

「これから親になるんだから、少しはしっかりしたらどうだ?」
「…分かってんだよ、そんなことは」
「不安なのは分かる。でも、身体的な負担がある分、君はナマエを支えてあげないといけないんだよ」
「分かってる…」
「君はどうもうちのことを舐めているな。我が兵団の誇る班長だ、きっと元気な子を産んでくれるさ」

ナマエを見ながらそう言ったのに、何故かナイルが泣いている。
汚い泣き顔なんて存在するのだな。初めて見た。

こんな汚い中年を選んだ彼女はどう思っているか知らないけれど、ナイルにとってこの結婚はいいものだったと言い切れる。
肩書きを無くせば、ただの面倒くさい泣き虫ヘタレ、加えてムードの欠片すらない。
そんな彼をこうして宥めて、守ってあげている。

育て方を間違えただろうか。
彼女は立派な男前になった。

それでも彼が温かな家庭に憧れていたこと、しかし出世と引き換えにその夢を諦めていたことを考えれば、親友としてはこの上なく嬉しいことでもある。
誤解のある言い方をしたかも知れないが、ナイルの育った家庭はごく普通の温かな家庭だ。
だからこそ、自分もそんな家庭を築きたいと言っていた。

出世をちらつかされて顔も見たことのないような貴族の娘と結婚しようとしていたある日、たまたま私の補佐を務めていたナマエに一目惚れして口説き落として…本当に何がどうなるかわからないものだな。


「えるびん…お前、いいやつだな…」
「おや、今更気が付いたのかい?」

手がかかる。
しかし、このまま見守るのも悪くない。






貰い悪阻に関して、ご夫婦の愛情は関係ありません。
愛し合っていても出ない場合がほとんどです。

大嘘書いて申し訳ございません。
ファンタジーとしてご覧いただければと思います。





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