weekender


世の中の女性たちは、庭に干したはずの下着がなくなっていたらどうするだろう?
とりあえず、憲兵に相談するのだろうか。

私の場合はまずその憲兵のトップを尋問するところから始まる。

「ナイル、私の下着知らない?」
「知らないはずねぇだろ。柄も素材もサイズも完璧に答えられる自信がある」
「いや、そういう意味じゃないけどね。でも絹と綿のピンクのやつが見当たらなくてさ」
「…し、知らん……」
「おかしいよね、朝はちゃんと干したのに。もしかして泥棒かな?」
「か、風で飛んでいったんじゃないか?」
「そっか、あれ兵長からダミー用に貰ったやつで、エルヴィン団長のお洋服と洗ってもらったやつなんだけどなー、飛んで行ったなら仕方ないなー」
「マジかよ!おい!俺はあのハゲのエキスにお世話になるところだったのかよ!」
「やっぱりお前が犯人か!あの上下セットのやつ高かったんだから返してよ!!」

どこの世界に、わざわざ妻の下着を盗む夫がいるだろうか。

私だって別に好き好んでナイルのことを疑っているわけではない。
私の下着がなくなったと言っても、目をそらして飛んで行ったなどと言った時点で確信に変わった。

普段のナイルであれば、万が一そんなことがあったらきっと犯人を捻り潰す勢いで怒り狂うから。
…なんて言ったら自惚れだろうか。

「なんだよ、高かったって。じゃあやっぱりナマエの下着か?なら返さない」
「開き直らないでよ!返せ!っていうかなんで持って行くのよ!」
「お前なあ!よく考えてもみろ、よく晴れた非番の日に庭に出たらナマエの下着が完品で展示してあるんだぞ!」
「全然理由になってない!何に使うつもりだったのよ!」
「俺がアレを着たら変態だろうが!夜食のメインディッシュだ、言わせるな」
「照れるな気持ち悪い!下着ドロなんてとんだ異常性癖でしょ!」
「誤解だ!俺の性癖は下着じゃない!ナマエだ!」

頭が痛い。
憲兵さん、どうしてこんなド変態を野放しにしておくどころかあなたたちのトップにしているのですか?

というか、どうして真っ昼間からこんな話を大声でしないといけないのですか?

ここはウォールシーナの中でも一番犯罪の少ない地域。
そりゃそうだ、憲兵団本部からそう遠くないからね。

つまり、あちこちに憲兵がいるわけで。
休憩だったり、通勤だったり、とにかく色んな理由でたくさんの憲兵が師団長宅近くを通る。

そんなところで、この話を大声でするのは良くない。

「そろそろまた泊まり込みの仕事が来そうだから、ナマエの物が何か欲しかったんだよ…」

そんな目で私を見たって無駄だよ、何回それに騙されたと思ってるの?
そんな簡単に、何度も同じ手に引っかかるはずなんてないでしょ?

「だって、泊まりの度に下着取られてたら、着るものなくなっちゃうじゃん…」
「わかった、じゃあ新しい物を買おう!ナマエの好きなものを選んでいいぞ!」
「でも…」
「なんつっても非番だからな!今日はナマエと買い物ってのも悪くないよな!」

結局、こうなるのは薄々わかってはいたけどね。







家の中だと緩みきった顔しかしないナイルだけど、仕事中は難しい顔もするし、外を歩く時だって背中の一角獣に恥じない風格を漂わせている。

では、今日は?
私服を着ているし隣には私がいる。
ちらりと横顔を見ると、ちゃんと引き締まった表情をしている。
おかげで通り過ぎる憲兵が次々と姿勢を正していく。

流石に非番でジャケットも身につけていない状況でも、師団長は師団長らしくすぐ気付かれてしまう。
プライベートだから敬礼はしないし、ナイルもそういうのは苦手だから敬礼する暇があるなら市民の安全を見守ってろーなんて言っているけど。

憲兵の視線を集めまくったその先、下着を専門に扱う店に入るのが苦痛で仕方なかった。


「…ねぇナイル、言いたいことはいっぱいあるんだけど、まさかこのまま店内までついてこないよね?」
「ここまで来て入らないはずがないだろ」
「百歩譲って私はいいとして、他の人に迷惑だよ…女性ばかりの下着のお店だよ?」
「ナマエ、ほれ」

怠そうに親指で差されたのは、ショーウィンドウに貼ってある「カップルデー」のポスター。
そのポスターの合間から見える店内は、確かにカップルしかいない。

「俺だってそこまで無神経じゃないんでな。で、これなら俺が同伴しても自然だろ」

私の行きつけの下着の店なんて、ナイルなら知らないはずがない。
でも、私が知らないようなこんなイベントのことまでどうして知っているのか。

もしかして、全て彼の計画だったとしたら非常に恐ろしい。
どこから仕組まれていたのだろう。

「この店の前で立ち止まるの、恥ずかしくないのか?」
「っ!入る!入るから!」

考えるのは、また後でいいか。




「ナマエ、ナマエっ!これは?」
「なんでそんなに布の面積が少ないのよ」
「じゃあこれは?」
「なんでここに小窓が付いてるわけ?」

まったく、ナイルが提案してくる下着はみんな普段は着られないようなものばかりだ。
その表面積で、何を守ってくれるというのか。

「ほら、こういうのにしてよ、普通の」
「んー…あ、でもこういうのも好きそうだな!」
「本当だ、これ可愛い」
「でも駄目だな、ナマエのサイズがない」

なんだかんだで私の好みもちゃんと把握してくれているのだと嬉しくなったけど、なんだそれは。
さり気なくタグのサイズを確認するところがたまらなく気持ち悪い。

「ナマエ!これなら好みもカップもジャストフィットだろ!」
「ごめん、ちょっと黙ろうか」
「試着するか?」
「聞いてる?」
「フロントホックもいいよな!」

誰か憲兵連れてこいよ…
できれば新兵のまだピュアで真面目に働く子を。




「…ごめんなさい、やっぱり私が出すよ」
「これは俺が楽しむためでもあるからいいんだっつの」
「税金の使い道が必要以上の下着だなんて市民に申し訳ないわ」
「この布切れで俺の仕事が捗るんだぞ?市民に安全を提供する形で還元できてるだろ」

結局、私が選んだ下着は全てナイルが買ってくれた。
というか買ってくれていた。
「奥に面白いパンツあったの見たか?」なんて店の奥を見てくるよう促され、ナイルの元に戻ったら既に下着は包まれた後だった。

ここはシーナに店を構えるだけあって、配慮が行き届いている。
会計後に包まれる袋も控えめなデザインで店名などのロゴはないので、とても下着店のショップ袋には見えない。

だからナイルが持っていても不自然ではないけれど、彼に会計までさせた上に荷物を持たせるなんて申し訳ない。
例えばこれが日用品や食材なら、二人で使うものだから、とか重いものだからなんて気を遣ってくれるし、それが男性を立てることでもあるとエルヴィン団長に教わった。

でもあれはどう考えても私が使うものだし、どう見たって軽そうな袋だ。
そんなものまで持ってもらうのはおかしい気がする。

「ナマエ、ん」
「へ?な、なに?」
「恥かかすなよ、早く」

ぐるぐる考えていたら、目の前に手を差し出された。
自分の右手をそれに重ねると、指の一本ずつまで絡み合うように強く握られる。

「こういうのもいいだろ?」
「こんな人がいっぱいいるところで?」
「別に手くらい握ったっていいだろ、結婚してるんだぞ」

そう言って私の手を引くナイルも、なんだか新鮮かも…なんて思ってしまう。
確かにこうしていた方が周りにも紛れるし、私達に気付く憲兵も少ない。

繋いだ手と手は笑えるくらいに大きさが違っていて、なのに触れ合っている部分の温度だけは同じで。
女の子の手のように柔らかくないし、なんだかごつごつして乾燥もしているし。

帰ったらハンドクリームでも塗ってあげよう。
そう思っていたのに、帰宅したら選んだ記憶のない大胆な下着たちを持って迫るナイルを追い払うのに必死だった。






吉井和哉/WEEKENDER