エアインテ新刊


表紙(とらのあなコンビ)
挿絵(心太さん)
絵と本文のギャップをお楽しみください。





標識が空を切り、自販機が宙を舞う。
ナイフが頬先を掠り、血が滲んだ。
チッと静雄が舌打ちをして後退する。臨也はそれに楽しそうに笑った。
「今日はここまでにしてくれないかな?俺これからデートなんだよねえ」
「そうかよ」
静雄は手にしたごみ箱を臨也に向かって放った。
それは命中が叶わず、避けた臨也の足元にぶちまけられる。
「ああ、酷いね。本当に…」
ゴミの臭いが漂い、臨也は眉間に皺を寄せた。「シズちゃんは目茶苦茶だ」
「今日は見逃してやるよ」
静雄は臨也に背を向ける。
「へえ?何でかな?デートだから?」
「ゴミの臭いをさせて早くデートやらに行けよ」
「…ほんっと、シズちゃんは酷いな」
臨也はウンザリして溜息を吐く。静雄はもう何も言わず立ち去って行った。


「デートなんて嘘つくから」
新羅は笑って臨也に麦茶を差し出した。結構な割合で来訪する旧友に、新羅は毎回飲み物を振る舞う。
「こうして新羅とデートじゃないか」
「慎んでお断りするよ」
「うん、俺も気持ち悪くなった」
臨也は麦茶を一口飲んだ。カラン、と氷が音を立てる。
「って言うか俺臭くない?本当シズちゃんには参るなぁ…」
「だから、デートなんて言うからだよ」
新羅はズズズ…とお茶を啜る。熱いお茶でもないくせにわざと音を立てていた。
「…デートだって言ったのが何か悪いのかい」
「ヤキモチでも妬いたんじゃないの。いや、分からないけどさ」
あんまり無責任な事を言うと静雄に殺されるから、と新羅は肩を竦める。
「…そんな事言わなくても投げられてた気がする」
臨也は軽く溜息を吐いて眉間に指を当てた。
「確かにそうだ」
ははと笑う新羅に、横からスリッパが投げられる。それが見事に頭に当たり、新羅は沈んだ。
「誰がヤキモチだ、死ね」
そこには金髪のバーテンさんが立っていた。後ろには頭を抱えたセルティと。
『臨也が居たなら誘わなかったんだが…』
「臨也が居たなら来なかった」
チィっと長い舌打ちをして静雄は臨也を見遣る。
臨也は口端を吊り上げて楽しげに静雄を見上げた。
「シズちゃん、デートの相手が新羅で安心した?」
「死ね」
「そう、安心したんだ」
「死ね」
静雄はうんざりしたようにそう言って、スタスタとリビングから出ていく。帰るつもりらしい。
「新羅は当たってるかもね」
ヤキモチってやつ。
ソファーにぐったり倒れている旧友を見つつ、臨也も立ち上がった。
「いたたたた…。今ので何が分かるのか僕には理解不可能なんだけど」
セルティに体を支えて貰いながら新羅が身を起こす。額にはスリッパの跡がくっきり残っていた。
「『死ね』の微妙な言い方の変化?」
「……君、ちょっとおかしいよ」
新羅の言葉に臨也は声を出して笑い、静雄の後を追って出て行った。



「シズちゃん待ってよ」
「ついて来んな」
臨也が追い掛けて来るのに、静雄は振り返りもせずにスタスタ歩く。
「デートなんて嘘ついて悪かったよ」
「んなの俺には関係ねえし」
煙草を咥えながら、静雄は早足になった。何が嘘だ、糞ノミ蟲。本当に死んじまえばいいのに。
「ヤキモチとか可愛いなぁ、シズちゃんは」
臨也は全く静雄の話を聞いていないようだ。静雄のコメカミには青筋がビキビキと浮いて来る。
「ついて来んなって言ってるだろ。ゴミ臭いんだよ」
「…シズちゃんって本当にたまに酷いよね」
静雄は歩くスピードを緩めず、口から紫煙を吐き出した。空の太陽の眩しさに目を細める。ジリジリと照り付ける太陽が鬱陶しく、不快指数はかなり高そうだ。
「いい加減さぁ、こっち見てくんないかな?」
後ろから尚も声がする。少し苛立ちを含んだその声に、静雄は溜飲が下がる思いがする。
「シズちゃん」
何度目かの呼び声に、やっと静雄は振り返った。
「その呼び方やめろって…――っ、」
振り返ると思ってたよりも至近距離に臨也の顔があり、静雄は思わず退く。間近で見る臨也の顔は酷く真面目な顔をしていた。
「俺は嬉しいよ」
「…何がだよ」
「妬いてくれて」
「妬いてねぇよ」
ち、と舌打ちをして静雄は目を逸らす。顔は多分赤い気がした。ああ、もううぜえ。
そんな静雄に臨也は意地悪な笑みを浮かべると、素早く唇を重ねる。一瞬だけ触れ合ったそれは、直ぐに離された。
静雄は目を丸くして呆然と臨也を見た。臨也は目を細め、そんな静雄を見返す。
「あは、奪っちゃった!」
「な、な、な、な、な……」
青くなったり赤くなったりする静雄の顔色を見て、臨也は直ぐに距離を取った。きっともう数秒後には何かが飛んでくるに違いない。
「じゃあね、シズちゃん。今度は俺とデートしようね」
「誰がするか!」
ガコーン、と臨也の足元に自販機が落ちてくる。あはは、と臨也は笑った。
臨也が颯爽と走り去って行くのを見て、静雄は真っ赤な顔を俯かせる。
「…臭えんだよ…」
静雄はそう呟き、ゴシゴシと唇を手の甲で拭った。
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