6.5 下駄箱を開けると手紙が落ちてきた。 静雄はそれを見下ろして、軽く溜息を吐くと気怠そうに拾い上げた。 「また恋文かい?」 隣で新羅がおかしそうに笑う。面白がっているのだ。 「じゃなきゃ果たし状だな」 静雄は差出人を見ることもなくそれを鞄にしまい込んだ。 「臨也に知れたら怒るんじゃない」 笑って新羅がそう言えば、 「怒らないだろ」 と静雄は返す。 新羅はその答えが意外で静雄の顔を見た。 静雄は全く普通の表情で。そこには苛立ちも戸惑いもない。 「なんだよ?」 新羅の視線に静雄は眉を顰める。 「だって臨也こう言うの煩いじゃない」 「あいつのはそういう振りをしているだけだ」 静雄は低くそう言った。そこにはなんの感情もない。ただ事実を言っているだけの。新羅は驚く。 「でもめんどくせえから臨也には言うなよ」 「…うん、言わないけど」 新羅はもごもごと口を噤む。なんだろう、静雄ってこんなタイプだったっけ? 静雄はもうこれ以上は何も言わず、1時間目なんだっけ、と呟いた。 平和島静雄という人物は意外に真面目だ。 外見は大人しそうに見えるが金髪で、細くて華奢なくせに馬鹿力である。 内面はわりと優しく、キレなければ穏やかだ(そのキレる沸点が謎なのだが)。 新羅が見るところ、静雄は少し愛情に飢えているところがある。そのわりに告白されても付き合わない。本人曰く、そんなに話したことがないのに何が好きなんだ?、らしい。 どうやら愛情に飢えている反面、他人から受ける愛情を信じていないようだ。 彼が臨也と所謂ああいう関係になったと知った時、新羅は驚かなかった。ただ一つ心配だったのは、それが臨也の悪意から来るものかも知れないと言うこと。 あの折原臨也が誰かに恋をするなんて想像もできなかったから。 静雄が傷つかなきゃいいけど…なんて新羅は思っていたわけだが…。 うーん、と新羅は一人眉を顰める。 静雄の内面は新羅が思っていたより遥かに深く暗いのかも知れない。 臨也は分かっているのかな? 静雄はひょっとしたらこの世で唯一、折原臨也の言葉の魔力が通じない人間だってこと。 臨也の言葉は嘘だらけだ。 好きだと言われて口づけられて、静雄はもういいのに、と思いながら目を閉じる。 もういいのに、そんな嘘を言わなくても。 放課後の誰もいない教室で、机に腰掛けたまま、キスをする。 静雄は臨也が他にも女と付き合っているのを知っている。その相手が一人じゃないことも。 「今度デートしようよ」 臨也が不意にこんなことを言い出した。「遊園地とか。映画とか」 それに頷きながら、静雄は笑う。 静雄は自分が人をなかなか信じない性質だと知っていた。でも信じている振りはできるのだ。 「好きだよ」 毎日毎日囁かれる言葉にほだされてしまったのか。キスやセックスを甘受してしまう自分。 臨也は平気なのだろうか。 毎日毎日嘘でも好きだなんて言って、本当に好きになったらどうするんだろう。それこそ暗示みたいに。 「次は同じクラスなれるかな?」 臨也がそう言うのをぼんやりと聞きながら、静雄はもうすぐ三年生になる。 きっとこの関係も卒業までだろう。 臨也が終わりを告げて来たら、自分は何と返すだろうか。 俺もお前なんか好きじゃないとでも言えばいいだろうか。 静雄はゆっくりとその時を待っている。 静雄が手紙の女の子にお断りをしているのを、新羅は校舎の窓から見ていた。 ぺこりと謝るその姿に、モテるのも考えものだと思う。 「あれは今月で何回目?」 不意に後ろから声が掛けられて、内心新羅は溜息を吐く。余計なことは言わないでおこう。静雄からも口止めされてる。 「さあね。気にしなくていいんじゃない?どうせ全ての女の子は玉砕さ」 新羅はそう言って振り返る。 後ろには案の定、眉目秀麗の男が立っていた。面白そうな顔で。 「シズちゃんも一回ぐらい付き合ってみればいいのに」 「よく言うよ。どうせ君が邪魔するんでしょ」 「まあね」 あはは、と臨也は笑って窓の枠にもたれ掛かった。顔は面白そうに笑っているのに目がとても怖い。 ねえ臨也。君のその目は嫉妬に狂う男のそれだよ。気付いてないの? 新羅は黙っていた。誰かが何を言ったって、本人が自覚しなきゃ意味がないのだ。 やがて静雄は女の子と別れたようだ。頭を掻いて溜息を吐いて、校舎の方へ歩いて来る。 臨也はそれを黙って見ていた。ずっと、怖いくらい真剣な目で。 新羅はそれを少し冷めた目で見つめる。 この二人の関係は、きっと卒業までだろう。 臨也は多分そうするし、静雄はそれを知っている。 本当に馬鹿みたいだ。 きっと傷付くのはお互い様なのに。 新羅は軽く溜息を吐いて、臨也を残して歩き出す。 自分には止めることはできないのだと思いながら。 ×
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