相合い傘





はあ。
何度目かの溜息を吐いて、静雄は空を見上げた。
鉛色の空はざあざあと激しい音を立て、雨粒を落としている。グラウンドには大きな水溜まりがいくつも出来ていた。この分だと明日晴れても、体育は外で行われないだろう。
静雄は靴箱に背を預け、雨が降る空をただひたすらに睨んでいた。睨んだところで雨が上がるはずもなく、傘を貸してくれる優しい友人もいない。新羅は今日はさっさと帰ってしまったし、静雄には他に友人と言える人間はいないのだ。もっともこんな下校時間をとっくに過ぎた校舎には、もう生徒は誰もいないだろう。
──…濡れて帰るしかないな。
静雄は腹を括ると、生徒玄関を足早に飛び出した。
頭や頬や肩に、雨が容赦なく降り注ぐ。走ろう、と思ったその瞬間に、不意に雨が遮られた。
「シズちゃん」
静雄はそれに驚いて振り返る。
真っ黒な傘に真っ黒な学ラン。口端を厭味ったらしく吊り上げて、折原臨也が傘を差し出していた。
「一緒に帰ろうよ」
相合い傘で。
と、臨也は楽しげに笑った。
静雄はそれに不機嫌に眉を顰める。何で自分がこの男と同じ傘に入らなくてはならないのだろう。大体この時間まで学校にいたのも、この男と追いかけっこをしていたせいだと言うのに。
「手前と相合い傘するくらいなら濡れて帰る」
「言うと思った」
静雄の言葉に臨也は更に笑い声を上げ、傘をぐいっと静雄の方に押し付けてきた。
「じゃあ貸してあげる」
「は?」
「じゃあね」
そのまま臨也は傘から出てゆく。空から落ちる雫は、直ぐに臨也の体をずぶ濡れにした。臨也が歩く度に、パシャパシャと地面に溜まった水が撥ねる。
「お、おい」
静雄は慌てて臨也の手を掴んだ。今まで追いかけっこを何度もして来て、それが初めて臨也を捕まえた瞬間だった。しかし静雄はそれに気付かない。
臨也は足を止めて振り返る。その顔は驚きの表情を浮かべていたが、直ぐにそれは消えてしまった。
「どうしたの?」
いつものように口角を吊り上げて、臨也はまた笑う。
静雄はそんな臨也から、目を逸らした。
「…いらねえよ、傘なんて」
「どうして?」
濡れたくないんだろう?
臨也は笑いながら、僅かに首を傾げる。静雄が戸惑っているのを分かっているのだ。
「…一緒でいい」
その声は自分でも呆れるぐらい小さかった。
「え?」
聞こえなかったのか、それともわざとなのか、臨也がそれに聞き返す。
「仕方ねえから相合い傘でいいって言ってんだよ」
静雄は半ば自棄になって声を荒げた。乱暴に臨也へと傘を差し出すと、体が半分濡れる。静雄も臨也も殆ど制服はびしょ濡れで、傘なんてもう意味はなさそうだった。
臨也はそれでも傘を受け取ると、静雄との間に差した。ぽたり、と前髪から雫が落ちるのを手で拭う。
「シズちゃんってツンデレだよね」
「死ね」
「それもデレが極端に無いツンデレだ」
ははっ、と臨也は笑って歩き出す。
静雄はそれを忌ま忌ましく思いながらも、臨也の隣に並んだ。
空は雲が厚く、切れ目も見つからない。きっと当分雨はやまないはずだ。
ま、たまには休戦もいいだろ。
静雄はそう思いながら、空を仰いだ。


2011/03/24 22:06
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