幸せが逃げる





あー、だるいだるい。かったるい。
静雄は盛大に舌打ちをした。
外は風が強いのか、たまに窓がガタガタと音を立てる。窓から見える街路樹の葉も、風に煽られて激しく横に揺れていた。
苛々とした静雄に気付いている癖に、臨也は先程から我関せずとソファに寝そべっている。いつも自分がいる場所を占拠され、静雄は今フローリングに座り込んでいた。
「いい加減帰れよ」
この台詞も何度目だろう。静雄はウンザリとまた舌打ちをする。舌打ちのし過ぎで舌が荒れないか心配だ。
「やだよ」
これに対する臨也の答えもずっと同じだ。臨也はソファで先程から携帯を弄っている。そんなことは自分の家でやればいいのに、と静雄が思ってしまうのは仕方がない事だろう。
いつもいつも、この男が何をしに来るのか謎だ。
臨也は気まぐれに静雄の家にやって来て、ダラダラとして帰ってゆく。街で会えば殺し合いをするくせに、何故ここに来るのだろう。
分からないのは、追い出さない自分もか。
静雄はそう考え、内心苦笑する。
静雄の力なら、臨也ぐらい直ぐに外に放り出せる筈だ。なのに何故やらないのか。
苛々とはするけど、この空間は決して不快ではない。この世で一番嫌いな男が、自分のテリトリーに入り込んでいると言うのに。
はあ、と静雄は小さく溜息を吐く。あまり深く考えると頭痛がしそうだ。
「溜息を吐くと幸せが逃げるよ」
そんな静雄を見て、臨也はニヤニヤと笑っている。口端を吊り上げる挑発的なその顔は、静雄はすっかり見慣れてしまった。
「手前がいるから溜息が出んだよ。俺の幸せの為にさっさと出て行け」
寧ろ、臨也と出会ったのが静雄の人生最大の不幸だ。溜息なんかで出て行く幸せなんて、微々たるものだ。
「シズちゃん」
臨也はソファから立ち上がると、座り込む静雄の傍にゆっくりと歩いて来た。
「なんだよ」
静雄は眉をしかめ、そんな臨也を訝しげに見上げる。自分より背の低いこの男に、見下ろされているのは気に食わない。
臨也は静雄の傍らに屈み込むと、顔を覗き込んで来た。
「俺が幸せにしてあげようか」
「は?」
臨也の言葉の意味が分からず、間抜けな声を上げてしまった。
「幸せで温かくって、気持ち良いことをしようか」
臨也はそう言って、静雄の顎を優しく掴む。顔が更に近付いて、吐息が鼻先に触れた。
「俺ならシズちゃんが望むことをしてあげられる。孤独を拭い去って、人の温もりを与えることが出来る」
さあ、シズちゃん。
どうして欲しい?
臨也はそう言って嗤った。

静雄は茫然と、そんな臨也を見詰めていた。頭の中で警鐘が鳴り響き、目の前の悪魔みたいな男を信じるな、と本能が告げている。
窓がガタガタとまた鳴った。風が強い。木々が激しく揺れている。ああ、だるいだるい。かったるい。なんでこんなにも、苛々とするのだろう。
黙り込んでしまった静雄に、やがて臨也は小さく笑った。
「今日は帰るよ。シズちゃんが怯えてるからね」
静雄から手を離し、臨也は立ち上がる。さして広くもない部屋を横切り、さっさと玄関へと歩いて行った。
「怯えてなんかねえよ」
くそ野郎が。
その後ろ姿に向かって、静雄が小声で悪態を吐く。臨也は振り向かないまま、声を上げて笑った。
「返事はまた次の機会に聞くよ。じゃあね」
手をヒラヒラと振り、臨也が静かに出て行く。静雄はそれを、ウンザリとして見送った。
次に聞かれたら、自分はなんて答えるだろう。あの悪魔の誘惑を、きっぱりと拒むことが出来るだろうか。
「だりぃ…」
やはり頭痛がしそうだ。
静雄は額に手をやり、本日何度目かの舌打ちをした。



2011/03/16 17:20
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