寿命の話





人より丈夫な体と言うのは寿命も長いのだろうか。
ふと臨也は考える。
外傷だけではなく、内臓疾患にも強いのか。怪我や病気をなかなかしない身体なら、寿命はやはり長いのだろうか。
しかしその人物は重度の煙草愛好者だ。このままずっと喫煙していたら体には確実に良くないだろう。煙草が原因の病気は200以上あるらしいし、いくら体が丈夫でも今後、病気のひとつやふたつはする筈だ。しかし命に関わるとなるとどうなのだろうか。

「なあ」
不機嫌な声を掛けられ、臨也は我に返った。声のした方を振り返れば、怪訝そうに自分を見下ろす茶色の目とかちあう。
「またなんかろくでもない事を考えてんだろ」
静雄はとても嫌そうな顔で臨也を見た。とは言っても彼は普段からこんな顔だけれど。
「『また』とは失礼だね。少し君の寿命について考えていただけさ」
「は?」
臨也の言葉に静雄は素っ頓狂な声を上げる。当然だろう、こんな事を言われては。
「何で手前が俺の寿命のことなんて考えるんだ」
静雄は呆れて言い、手にしていた煙草を口に銜えた。
「シズちゃんは人より丈夫だからさ。寿命が長いんじゃないかと」
漂って来る副流煙を手で払いながら、臨也は空を見上げる。紺色の空には真っ白な月が浮かんでいた。あと数十分もすれば、きっと空は真っ暗になる。
「だからなんだ。羨ましいのか」
紫煙を吐き出しながら、静雄は先を促す。静雄には不老不死なんて憧れは全くないが、寿命は長い方が良いに決まっている。死を恐れない奴など居ないのだ。
「つまり、俺はシズちゃんより先に死ぬわけだよ」
臨也は月を見上げたまま、淡々とそう答えた。その横顔は無表情で、感情が読み取れない。
静雄は何故かそんな表情にゾッとし、臨也から目を反らした。まだ吸っていた煙草を投げ捨て、火がついたそれを踵で踏み潰す。
「『俺が死ぬ前に君を殺す』とか、厨二病発症者みたいな事を言い出しそうだよな、手前」
「言って欲しいのかい」
「誰が」
くっくっく、と臨也は笑う。
「言ってあげたいけど、そんなことをするつもりはないよ」
「そうかよ」
吸い殻を携帯灰皿に仕舞いながら、静雄は軽く息を吐いた。
静雄には臨也の居なくなった世界は想像がつかないけれど、いつかは居なくなるのは分かっている。人間はいつか死ぬ。それが早いか遅いかだけ。
臨也は月から視線を外すと、静雄に背を向けた。誰も居ない薄暗い路地裏に、静雄が一人残される。さよならも言わず、さっさとその場から立ち去る臨也に、静雄は何も言わなかった。


「シズちゃんはきっと、俺が死んだら寂しくて泣くんだろうな」
臨也は一人そう呟き、口端をゆっくりと吊り上げる。一緒に死の世界に行くよりは、そちらの方がずっといい。残された彼が自分を想って苦しむのはとても甘美な考えだった。



2011/03/06 07:56
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