黒と白 (七代秋良様より)



 マギという特別な役割を持って生まれ、幸せや安らぎの意味を知らないまま、ただ思うがままに生きてきた。
 誰かに対してひどいことをしたとか、人を傷つけたとか、そんなことには気付かないまま、体ばかりが大きくなって、こころは喜怒哀楽の哀だけを置き去りにしてしまった。
 それを決して不幸なことだとは思わないが、ジュダルには分からないのだ。アラジンの支持する王、アリババのどこに魅力があるのかなんて。
 どうしてアラジンが彼の傍にいて、その笑顔を向けるのか、ジュダルには分からない。けれども、ひどく気に入らないことだけははっきりしている。

「よう、アラジン。会いに来てやったぜ」

 ジュダルの力を持ってスれば、シンドリアにいるアラジンに会いに来るなど、造作もない。
 そうやって顔を見せては、訝しむアラジンに笑ってみせるのだ。

「いちいち結界を破ってみんなを困らせずに、港からきたらいいじゃないか」
「ばーか、それじゃ俺がきたって分かりにくいだろ。空から来ればお前にも俺が来たってすくに分かるしな」

 そう言ってジュダルが不敵に笑えば、アラジンはあきれたようにため息を吐いた。
 アラジンは決して、ジュダルに笑顔を向けてはくれない。アリババには、惜しげもなくさらすというのに。
 不意に気に入らなくなって、ジュダルはアラジンの腕を掴んだ。

「……なんだい?」

 アラジンの表情が険しくなる。寄せられた眉を見て、ジュダルはムッとした。

「僕、今日はアリババくんやモルさんと買い物に行く予定なんだけど」

 また、アリババか。そう思って、ジュダルは胸の奥が痛むのを感じた。
 こんな感情を、ジュダルは知らない。今までだって思い通りにならないことはいくつもあった。
 たとえば、シンドバッドだ。けれども、こんなふうに不快な気持ちになるのは初めてだった。

「せっかく俺が来てやったのに、あいつらと買い物かよ……」

 出た声はどこか情けなくて、それをジュダルが自覚する前に、アラジンがはっとする。いつもは見せない驚いた表情に、ジュダルは首を傾げた。

「何だよ?」
「君は、いったい何をしにここに来るんだい?」

 何を今更、アラジンは尋ねるのだろう。
 何をしに、だなんて、それこそ愚問だ。だってジュダルはいつだって言っているのだから。

「お前に会いに、だろ」
「それだけ!?」
「んだよ、悪いかよ」

 だって、ちゃんと言っている。会いに来た、って。
 伝わっていなかったのかと思うと、おもしろくない。アラジンはジュダルと同じマギで、ジュダルよりも一歩先を見えているように思えるのに。
 アラジンの興味が自分に向いていないと気に入らない。ジュダルはそう思って、アラジンの腕を乱暴に引っ張った。

「何するの!」
「いつも言ってんだろ?会いに来たって」
「そうだけど……ねえ、どうしてそんな顔をするの?」

 近くにいるのに、アラジンの目はジュダルを映しているのに。遠く感じるのはルフの違いのせいだろうか。
 ジュダルとアラジンとでは、導く手が違う。進む道だって、ぶつかる以外の未来はない。

「お前が俺に興味ないのがムカつく」
「勝手だなぁ」

 そう言いながらも、アラジンの声はどこか楽しそうで。ジュダルは何とも言えない気分になった。
 この真っ白なルフに愛された、真っ白なアラジン。同じマギだけれど、正反対の存在。
 眩しくて、ときどきひどくつまらない気分になる。彼の傍にいる人間たちも、同じだ。

「あんなちっぽけな王様のどこがいいんだよ。全然わかんねぇ」
「アリババくんのことかい?」
「あんなつまんなそうなやつのどこがいいんだよ。弱っちいし、ヘタレだし」

 ジュダルにとってアリババなんて、大した存在ではない。彼の国での騒動のせいで、アル・サーメンでは注目されているのだけれど。
 アラジンがどうしてアリババに入れ込むのか、ジュダルには分からないのだ。

「アリババくんは、だからいいんだよ」
「はぁ?意味分かんねぇ。だったらずっとシンドバッドのやつのがいいじゃねぇか。桁違いの魔力にあのカリスマ性は他にねぇぞ」
「アリババくんはね、自分だけのためじゃなくて誰かのためにいつも一生懸命なんだ。おじさんは確かにすごいけど、僕はそんなアリババくんを応援したいんだよ」

 言わなければよかった。そう後悔して、ジュダルは眉を寄せる。
 アラジンとはやっぱり分かり合えそうにない。そもそも、争いを楽しむものだとして好むジュダルとアラジンとでは、価値観が違い過ぎるのだ。
 それでもどうして、こんなにもアラジンに執着してしまうのだろうか。ジュダル自身、分からない。
 分からないからこそ、気になって。気になるから、ちょっかいを出したくなる。

「そんなにあいつが好きなんだな」
「君が何を言いたいのか分からないけど、僕は君たちのやることは止めなくてはいけないけど、君のことは嫌いじゃないよ?」
「はぁ!?」

 アラジンの目が、真っ直ぐジュダルを見つめる。空とも海とも違う深い青に惹きつけられ、ジュダルは視線をそらすことができなかった。

「ねえ、僕に会いに来てくれるんだったら、やっぱりちゃんと港からおいでよ。空から来ると、みんながびっくりしちゃうからね」

 アラジンは綺麗なんだろうと、ジュダルは思う。思うけれども、それを汚したいと、同時に思ってしまう。

「気が向いたらな」
「うん、待ってるよ。ジュダルくん」
「ちゃんと出迎えろよ!あと、予定入れんなよ!」

 綺麗でいてほしいと思う。けれども、同じところに連れてきたいとも思う。
 矛盾した気持ちを自覚しないまま、ジュダルはアラジンに向けて不敵に笑った。
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