G線上のアリア





遠くに行きたい。
静雄はそう口にし、黙り込んだ。
新羅は飲んでいたコーヒーから顔を上げる。目の前の金髪の青年は、ぼんやりと外を見ていた。
静かな音楽が流れるカフェ。まるでどっかのホテルのフロントみたいにクラシックが流れている。静雄でも聴いたことがあるくらい、有名な曲。確かバッハだったかも知れない。
「僕も行きたいなあ。旅行とかいいよね」
新羅は答えた後で、静雄は違う意味で言ったのかも知れないと思った。
新羅の言葉に、静雄は黙っている。金髪にバーテン服。そして青いサングラス。よく見ればいつの間にか耳にはピアスがついていた。まるで血のように真っ赤なピアス。
高校を卒業して数年経つが、静雄と新羅が外で会うのは久し振りだ。それもファストフード店ではなく、こんな洒落たカフェで。自分も静雄も大人になったのだな、と新羅は不思議な気分だった。
「旅行もいいな」
大分時間が経過してから、静雄がボソリと言う。相変わらず視線は窓の外を見たまま。
「本当にどっか行く?近場でもいいし」
セルティも連れて、と言いながら新羅はコーヒーを飲み干す。やはり家で飲むよりお店の方がコーヒーは美味かった。
「温泉とかか?」
「あー、温泉いいねえ。でもいっそ海外とか」
「パスポートなんかねえよ」
静雄は少し笑ったようだ。
新羅はそれに何故かほっとした。何だかいつもの静雄とは違和感がある。ピアスのせいだろうか。
「ピアス開けたんだね」
カップをソーサーに置くと、カチャンと思っていたより音が響いた。
静雄がやっとこちらを向く。その顔はいつも通り無愛想だった。
「好きで開けたんじゃねえけどな」
「そうなの?」
新羅は首を傾げる。明らかに機嫌が下降した静雄に、新羅はそれ以上聞くのはやめることにした。ただでも沸点が低いこの友人を、更に怒らせて暴れられたら堪らない。
二人の間に再び沈黙が落ちた。静雄は元々寡黙な方だったし、新羅が黙れば会話もあまり無い。その間ヴァイオリンの優しい旋律が、二人の沈黙を埋めていた。
「海外か…」
ぽつん、と静雄が呟く。新羅が再び顔を上げれば、静雄はまたボーッとして窓の外を眺めている。外は2月とは思えないほど暖かかった。

その数日後、静雄は突然姿を消した。

2011/02/10 14:04
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