もう忘れたよ。





臨也の細く白い手が髪を撫でるのが好きだった。唇は嫌味や皮肉を口にするのに、その手だけはいつも優しかった。髪を横から後ろに撫で、耳に触れる。指先はいつも冷たくて、静雄は体を震わせた。手はやがて頬に下り、目許を撫でたり、指の腹で唇をなぞる。唇の手入れなんてしないので、いつも乾いてカサカサだった。皮がめくれて痛かった時は、リップクリームくらい塗りなよ、と笑われた。そしてわざと荒れた唇を熱い舌で嘗められる。ピリッと痛みが走り、静雄はいつも文句を口にした。臨也はキスが上手かった。優しく熱く激しく、まるで蕩けるようだった。唾液も甘く、少しだけ煙草のフレーバーがする。臨也は煙草を吸わないから、これは静雄の煙草の味だ。体に悪いから煙草は控えなよ、と言われて静雄は本数を減らした。これは臨也には内緒だ。こいつに言われたから減らしたなんて、知られたくなかった。静雄はいつも臨也の家で抱かれた。たまに静雄の家でもセックスはしたけれど、池袋より新宿の方が都合が良かった。臨也も静雄もお互いに結構有名人で、池袋では色々とまずかった。臨也は別にいい、と面白がって言っていたが、静雄は噂になるのなんか御免だった。尤も犬猿の仲と言われ、毎日殺し合いをしていた自分達がこんな関係などと、誰も信じやしないだろう。静雄は未だに相対する二つの感情を胸に宿していて、たまに息が苦しくなる。即ち、好きか嫌いか。そんな単純な感情を二つ。離れてしまった今でも静雄の中にそれは残っていて苦しかった。臨也に貰った色々な物や思い出を捨てるのはとても簡単だったのに、気持ちだけが捨てられずにいつまでもそこにあった。どうやったら捨てることができる?と旧友に聞いた時、旧友の闇医者はただ悲しそうに笑って何も答えなかった。自分は何か変な質問をしたのだろうか。静雄は首を傾げたがそれ以上は考えなかった。

「別れよう」

臨也に笑って言われた時、静雄はただ頷くしかなかった。怒りも悲しみも湧いて来なかったし、何もかもがどうでも良かった。ああ、俺は捨てられたのかと後になって思ったが、別にそれすらどうでもいいことだった。別れてからは街で見掛けても無視することにした。自販機も標識も投げずにすむようになったのだから、街にとっては平和だったろう。もう静雄に興味を失った臨也が何か仕掛けて来ることも無かった。これでやっと、ずっと願っていた平穏な生活を手に入れたのだ。静雄はそれが嬉しかったし喜んだ。静雄は暴力は嫌いだった。暴力を振るう機会が減ったのは良いことだと思っている。替わりに何か大切な物を失ったような気がしたけれど、それは考えないようにした。折原臨也と関わったこと、臨也自身のこと。それらは全て忘れることにした。人は何かを忘れることで前に進めるのだと思っている。否、そうしないときっと人は生きていけないのだろう。静雄はそんなこと考えながら目を閉じた。

2011/01/29 15:32
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