V.私は神ではなく、故に孤独ではない





静雄は何故自分がここにいるのだろうか、を考えた。ひょっとして夢なんじゃないかとか。狐に化かされているんじゃないかとか。
臨也のマンションは今まで何度か来たことはあったが、中に入ったのは初めてだ。助手の女はおらず、完全な二人っきり。何故臨也が自分を誘ったのか、何故自分は誘いに応じたのか、静雄にはさっぱり分からなかった。考えれば考えるほど頭が混乱するので、静雄は取り敢えず目の前の紅茶を飲むことにする。
紅茶に三つも角砂糖を入れた静雄に、臨也は思い切り顔をしかめた。
「入れるなとは言わないけど、三つは入れすぎじゃないの」
「だって味ねえし」
「……」
静雄の答えに黙り込む。臨也が何かを言えば喧嘩になるだろうし、堪えたのかも知れない。
「これ、わざわざ返しに来たんだ?あげるって言ったのに」
臨也はそう言って袋からハンカチを取り出すと、机の上に置いた。きちんとアイロンまで掛けられたそれに、臨也は口角を吊り上げる。
「こう言うとこは相変わらずちゃんとしてるね」
静雄は意外に育ちがいいのだろう。臨也は微かに笑い、ハンカチを指でなぞった。
「あん時、いらねえって言っただろ」
そう言いながら静雄はカップに口をつける。熱いのが駄目なのか、ふうふうと紅茶に息を吹き掛けた。
「怪我はもういいの」
「邪魔だから包帯はもう取った」
「そう」
それは完治した、と言うことなのだろう。臨也は頷き、デスクのパソコンを起動した。モニターにWindowsのロゴが現れる。
カチカチとマウスを操作し、とある人間のファイルをを見る。それは三日前に静雄を襲撃した者たちの写真だった。
「君を襲った奴ら、逮捕されたらしいよ」
臨也がそう言うと、静雄が訝しげにこちらを見る。
「別件でね。君との喧嘩の事は自白してないらしい。つまり君は無関係だよ」
尤も喧嘩しに行って負けました、なんて言わないだろうが。
「…へえ」
静雄は興味なさそうに返事をする。多分本当に興味がないのだろう。ひょっとしたら相手の男の顔ももう忘れているに違いない。
暫くカチカチと、臨也がパソコンを操作する音だけが部屋に響いた。静雄は黙ってソファに座り、紅茶を飲んでいる。会話をするわけでもなく、決して和やかではなかったが、喧嘩するような雰囲気ではなかった。これはこの二人にとって初めてのことだ。
やがて紅茶を飲み終えて、静雄がソーサーにカップを置いた。
「そろそろ帰るわ」
ソファから立ち上がる。
静雄は退屈そうに欠伸を一つし、すたすたとリビングを後にした。そんな静雄を、わざわざ玄関先まで臨也が見送りに来る。
「臨也」
「なに?」
「『天罰』もほどほどにしろよ」
静雄がぽつりとそう言うと、臨也はただ黙って肩を竦めた。否定も肯定もせずに。
「また紅茶、飲みにおいでよ」
「そんな気分になったらな」
静雄は口角を吊り上げ、ゆっくりと部屋を出てゆく。やがてその足音は聴こえなくなった。
臨也はそれを最後まで見届けると、口端を吊り上げて笑う。まさかばれるとは思わなかった。勘が鋭いせいか、はたまたあの闇医者が何か言ったのか。
臨也がやったことは簡単だった。相手の携帯を調べ、番号から身許を割り出した。人を襲撃しようと考える人間は、大抵叩けば埃が出る体をしている。その人間の埃を丁寧に調べ上げ、それを警察に突き出しただけだ。後は警察が動いてくれる。

「人の物に手を出す奴には天罰を与えないとね」

臨也はそう呟き、鼻歌を歌いながらリビングへと戻った。

2011/01/28 23:59
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