You Make Me Want to Be a Man

※R18



 電話が鳴っている。なんの変哲もない初期設定の着信音。年頃の男だというのに、気の利いた着メロにさえしていないのが静雄らしい。
「あ…、」
 その不躾な電話の音に、静雄の動きがピタリと止まった。ぎゅうっと閉じていた瞼をうっすらと開き、音がする方へ視線をさ迷わせる。
「…電話、取れば?」
 それに気付いた臨也が僅かに上半身を起こした。その動きでほんの少しベッドが揺れ、寝ている静雄が小さく息を吐く。
「…っ、別に、いい。」
 どうせ重要な話ではないだろう。そう勝手に結論付けて静雄が首を振るのに、臨也は愉しげに口端を吊り上げる。
「そんなの分からないじゃないか、ほら。」
 臨也は薄笑いを浮かべたまま、サイドテーブルへと手を伸ばした。そこには青いサングラスと共に、静雄のオレンジ色の携帯電話が置いてある。
「あっ、」
 そんな風に臨也が動くたび、静雄の口からは小さな悲鳴が上がった。臨也はそれを綺麗に無視すると、静雄の二つ折りの携帯電話を勝手に開く。画面に表示されている名前は『岸谷新羅』。二人の共通の友人である闇医者だ。
 通話ボタンを押して、臨也は無言で静雄へ電話を差し出す。『出ろ』という意味なのだろう。静雄はそれに一瞬目を見開いたが、直ぐに臨也を睨み付けながら奪うように電話を取った。
「…もしもし?」
『静雄ー?僕だけど。』
 耳に飛び込んで来る幼なじみの明るい声。静雄は漏れそうになる溜め息をかろうじて堪え、「なんだ?」と努めて平静に問い返した。
『今日セルティと会った?』
「ああ、夕方仕事終わりに──っ…、」
 言い掛けて、びくんと静雄の体が揺れる。自分の上にのし掛かったままの臨也が、腰を急に進めたからだ。
『静雄?、どうかした?』
「…いや、なんでもない。セルティなら夕方に会ったぞ。」
 電話越しの新羅に悟られないように、静雄はそっと息を整える。目の前の男をきつく睨み付けたところで、こいつは反省するわけでもない。
『なんかモバイルの電源切れてるみたいでさ、連絡取れないんだよね。』
 うーん、と唸り声を上げる新羅は、本当に恋人を心配しているのだろう。静雄はちらりと壁の時計に目をやる。
「俺と別れたのは四時間くらい前だな。」
『どこに行くか言ってた?』
「仕事だとは言ってたけど──。」
 日付が変わっても帰らなければ、自分も探しに行こうか──と、口を開きかけた時、突然臨也の手が静雄の膝裏を掴んだ。
「っ、なん…、あっ…!」
 片足を肩に担ぎ上げられて、繋がっていた箇所がぐちゅりと音を立てる。思わず甘ったるい嬌声を上げてしまい、手にしていた携帯電話をベッドの上に滑り落としてしまった。
『え?、ちょっと静雄、どうしたの?大丈夫?』
 遠くに聞こえる幼なじみの声。それと同時にぐっと腰を突き上げられて、臨也の大きくなったそれが静雄の敏感な内部を穿つ。赤く熟れた乳首をも爪で弾かれ、静雄は唇を噛んで嬌声を堪えた。
「く…っ、んっ。てめえ、何すんだっ。」
 快楽で潤んだ目で睨んでも、臨也は低い笑い声を漏らすだけだ。静雄の勃起した性器を悪戯に弄びながら、シーツに落ちた携帯電話をひょいと拾い上げる。
「やあ、新羅。」
『えっ、臨也?』
 驚いたような新羅の声。だがそれは直ぐに呆れたものに変わる。
『静雄と一緒にいたんだ?こんな夜に喧嘩でもしてるの?』
「うん、まあ喧嘩みたいなものかな?」
 ペロ、と舌なめずりをして、臨也は静雄の細い腰を片手で掴んだ。静雄が弱いその箇所を目指して、緩やかに腰を打ち付け始める。そのたびに静雄の唇からは嬌声が漏れそうになり、それを堪えるように手の甲で唇を塞ぐ。
「新羅は少し心配が過ぎるよ。単にモバイルが電池がないのかも知れないし。首無しならそのうち帰って来るだろ。」
『何言ってんの?!心配に決まってるだろう!!セルティはか弱い女の子なんだよ?!』
「……。」
 そのか弱い女の子は、君の何十倍も強いけどね──と言う言葉は飲み込んで、臨也は携帯電話を持ったまま静雄の嬌態を見下ろした。臨也に組み敷かれた静雄はぶるぶると身を震わせ、必死に迫り来る快楽に堪えている。声を一切上げられないというのはさぞかし辛いことだろう。
「声、出しなよ。」
 臨也としては電話の相手に何を思われようが知ったことではない。ぐるんと静雄の内部をかき混ぜるように腰を回して、口を押さえる静雄の手を強引に引き剥がした。
「やっ、…いざ、やっ…あんっ、」
 直ぐに漏れ始める喘ぎ声。臨也はそれに口端を吊り上げ、身を屈めて静雄の唇に噛み付くように口付ける。舌を絡め、唾液を啜り、下唇を食んでやると、やがて怖ず怖ずと静雄の腕が臨也の首に回された。
『…ねえ、ちょっと、君ら何やってんの?』
 漸く何かを察したのか、珍しく新羅の焦った声が電話越しにする。しかしそれに答えてやる気など臨也にはない。
「ん、ふっ…う…、」
 静雄の甘い口腔内を味わいながら、臨也は空いている手で静雄の性器を激しく扱く。先走りに濡れたそれは、直ぐにくちゅくちゅと卑猥な水音を立てた。硬くて熱くて大きくて、ふるふると可愛らしく震えている。
『まさか電話しながら変なことしてないよねえっ?!』
 悲鳴にも似た新羅の声に、臨也は思わず電話から耳を離す。そのまま名残惜しげに静雄の唇を解放すれば、顎を伝って透明な唾液がシーツに零れ落ちた。
「大きな声出さないでよ。もともと最中に電話して来たのはそっちだろう。」
『最中だったら出ないでよ!』
 絶叫する新羅には答えないまま、臨也は再びゆっくりと律動を開始する。ベッドのスプリングが軋む音と、肉付きの薄い体がぶつかり合う音、そして結合部から響くいやらしい水音。それらに混じり、もう声を堪えることを諦めたのか、静雄の唇からは小さな嬌声がひっきりなしに上がった。
「あっ、あっ、んっ、んん…っ、ふ…っ、」
「…気持ちいい?シズちゃん。」
 双眸を僅かに眇め、苦しそうな静雄の顔を見下ろす。その顔を見ているだけで、臨也の体はまた熱が上がる気がした。静雄の中に収めたままの自身の性器が、更に質量を増すのが分かる。
「やっ、…馬鹿っ、大きくすんなよ…っ!」
「シズちゃんが可愛いからさ。」
 片足を抱え直して、臨也は静雄に軽く口付けた。ちゅっ、と軽いリップ音を立てて、何度もキスを繰り返す。薄く開いた唇に誘われるように舌を差し入れれば、きゅっと臨也を咥え込んだそこが締まる。それは信じられないほど気持ちが良かった。
『ちょっとちょっと!僕は君らの喘ぎ声なんて聴きたくないんだけど!!?』
「……まだ電話繋がってたんだ?切らずにいたなんて変態だな、新羅。」
 喚くように抗議する新羅にそう言い放つと、臨也は電話の通話を電源ごと切ってやった。真っ黒な画面になったそれを折り畳むと、枕元へ無造作に放り投げる。
「…っ、変態はてめえ…だろうが…わざと聴かせやがって…。」
 そんな臨也の身体の下で、ずっと下半身を繋げたままの静雄はきつく睨んで来た。その顔は羞恥と快楽でほんのりと赤い。額には汗が滲み、強いその眼差しは生理的な涙で潤んでいる。それは随分と扇情的でそそられる表情だったが、本人には全く自覚がないのが始末が悪い。
「だってその方が燃えるだろう?」
 くっ、と愉悦の笑い声を漏らし、臨也は静雄の脇腹を優しく撫でる。擽ったいのか静雄はいつもそれを嫌がるが、敏感な場所は性感帯と同じだ。
「ん…っ、ぁ、」
「いい声。」
 散々弄ばれて、静雄の勃起した性器は溶けた蝋燭みたいにドロドロだった。臨也はそれを再び握り締め、今度こそ静雄をイかせる為に腰の動きを速める。
「やっ、あっ!んんっ、あっ、あっ、あっ、」
 律動に合わせて漏れる甘ったるい声。この声を自分以外に聴かせたなんて少し勿体なかったかな、と臨也は思う。快楽に流されるこの姿態も、この声も、自分だけが知っていればいい。
「──ま、同時に自慢したくもあるんだけど。」
「?、な、に…?」
 小さく呟かれた臨也の言葉に、静雄が眉根を寄せて顔を上げる。それに臨也は笑みを浮かべるだけで答え、すぐさま唇を塞いでやった。
 唇を合わせ、身体を重ねながら、もうこの身体しか抱けないだろうと臨也は考える。セックスの相手は静雄が初めてなわけではないし、恐らく静雄の方もそうだろう。けれどお互い、同性とのセックスは初めてだ。罪悪感を感じず、嫌悪を抱くでもなく、溺れるように男同士でセックスを続けているのは──きっと何か理由があるのだ。
「あっ、うっ、んんっ、臨也…うっ、も、…う、」
「イきそう?」
 泣いているような静雄の喘ぎ声。情欲にまみれた瞳でこちらを見て、こくこくと子供のように頷く。
 臨也はそれを見て優しく微笑むと、静雄の腰を更に強く引き寄せた。嬌声と共に静雄が意識を失うのは、その僅か数十秒後。





 ──『セルティが無事に帰って来たよ。電池がなかっただけみたい。』

 そんなメールに気付いたのは、日付が変わる数分前だった。静雄は吸っていた煙草を灰皿で揉み消し、気怠げに前髪を掻き上げる。
「見事にさっきのことはスルーしてんな。」
「無かったことにしたいんじゃない?」
 横から携帯電話の画面を覗き込んでいた臨也は、直ぐに興味を失ったようにベッドから立ち上がった。静雄も臨也も、まだ衣服を身に付けていない。
 静雄が無意識にその背中を眺めていると、床に散らばった衣服を拾い集めていた臨也が不意に振り返った。赤く綺麗な双眸が、真っ直ぐにこちらを見詰めて来る。
 自分を捉える臨也の瞳には、天敵だとか同性だとかの隔たりは、疾うに無いように見えた。そこにあるのは以前よりも更に増した執着と、何かに狂った男の瞳だ。
「なに?」
「…別に。」
 自分も同じ目をしているのだろうか──。静雄はそんなことを考えながら、臨也から目を逸らした。
 手にしたままの携帯電話を再び開き、幼なじみの闇医者に何と返信しようか考える。取り敢えずセルティの無事を祝うか、先程のあれに何か言い訳をしようか──そんなことを思っていると、ふと手元の視界に影が差した。
 訝しげに顔を上げた静雄の唇に、柔らかい臨也の唇が触れる。それは温度を感じる前に直ぐに離れたが、静雄は驚きで暫く固まっていた。
「本当はシャワーを浴びに行こうと思ってたんだけど、」
 目の前の臨也は思いの外、優しい顔をして静雄を見詰めている。それはあの時──射精する瞬間に静雄が見た笑みと、同じ種類の顔だ。昔の自分たちの関係なら絶対に知り得なかった、臨也の優しくて穏やかな顔。
「シズちゃんがそんな顔をしてると、行きづらい。」
「…そんな顔?」
 何を言われているのか意味が分からなくて、静雄は胡乱な眼差しを向ける。そんな静雄の様子に愉しげに口端を吊り上げ、臨也はまるで壊れ物でも扱うように静雄の頬にそっと触れた。
「『置いてかないで』って顔。」
「なっ、」
 揶揄も無くあっさりと告げられたその言葉に、静雄の羞恥心が煽られる。思わず臨也の手を振り払おうとするが、反対に振り上げた手を掴まれてしまった。
「だから、一緒に入ろうか。」
「はあ?」
 強引に手を引かれ、ベッドから無理矢理体を起こされる。抗議の声を上げる前に手から携帯電話を奪われ、さっさとメール画面を閉じられてしまった。
 本当にこの男は強引で我が儘で自己中心的で──静雄はいつもそんな臨也に呆れてしまうのだけれど、不可解なのはそれを厭わない自分自身にだった。
 手を引かれ、ほんの少し肌寒い廊下を通り、浴室の中へと足を進める。寒さを感じる前に熱いシャワーが頭から降って来て、静雄は緩やかに目を閉じた。
「セックス中に電話を取ったのは、誰かに言いたかったのかも知れないね。」
「…何を?」
 髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き混ぜられて、自分が犬にでもなったような気分になる。直ぐ耳許に聞こえる水音よりも、静雄には臨也のテノールが気になった。
「シズちゃんか俺の物だってことを、さ。」
 静雄が臨也に抱かれているという事実を、誰かに示したかったのだろうと。その電話の相手が、たまたま新羅だっただけで。
 臨也はそう言って、濡れた静雄の旋毛にキスをひとつ落とした。普段ならば見上げている静雄の頭が、今は本人が浴室の椅子に座っているせいで視線の下にある。お陰でその顔は見えないけれど、濡れた金髪から覗く耳は赤くなっていた。
「…俺は『物』じゃねえ。」
「突っ込むとこはそこなの?」
 愉しげな臨也の笑い声。静雄はそれを聞きながら、深く溜め息を吐く。煩くなった鼓動が目の前の男に聞こえそうで落ち着かない。いつの間にかシャワーは止められていた。
 臨也の手が頬に下りて来て、静雄の顔をそっと上向かせる。交じり合う赤と茶色の視線。お湯で濡れた臨也の顔は、ムカつくくらい綺麗な造形だった。

 ──俺がお前の物だと言うのなら、お前も俺の物なのか?

 頭に浮かんだ疑問は言葉にせず、静雄はじっと臨也を見上げる。白皙の肌はお湯のせいで僅かに上気し、漆黒の髪は濡れたせいで更に色濃い。
 臨也は暫く静雄の顔を眺めていたが、やがて目を伏せて顔を近付けて来た。触れ合う吐息を感じ、静雄もゆっくりと目を閉じる。
 重なり合った温かな唇は、静雄の疑問の答えのような気がした。



(2012/06/04)

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