匂い(静誕)





抱きしめられ、口づけられながら、静雄はうっすらと目を開いた。目の前にある漆黒の長い睫毛は、今はまだ伏せられている。額に触れる、サラサラの前髪が擽ったかった。
臨也はなんだかとてもいい匂いがする。香水でも洗剤でもシャンプーでもない。甘く爽やかで優しくて。この香りを言葉で言い表すには、静雄には語彙が足りないなと思った。
「余裕だね」
考え事なんて。
触れただけの唇を離すと、瞼が開いて臨也の目が現れた。赤いその目は不機嫌に静雄を睨んでいる。どうやら怒らせたらしい。
「お前、香水つけてんの?」
言い訳のかわりに、質問を口にした。
静雄のこの問いは、臨也にとっては突拍子も無かったらしい。驚いたように目を丸くし、何度か瞬きを繰り返した。
「今日はつけてないよ」
「だよな」
ではこの香りはなんなのだろう。
静雄は臨也の肩に手を置くと鼻先を近付けた。やはり、いい匂いがする。
「犬みたいだ」
匂いを嗅ぐその様に、臨也は思わず笑った。静雄の腰に腕を回し、体を引き寄せる。
「シズちゃんは俺を見付ける嗅覚は凄いから」
臨也が抱きしめて来るのを、静雄は好きなようにさせていた。ふわり、とまた良い香りがして、静雄は目を瞬かせる。
「…別に、お前が臭いってわけじゃねーぞ?」
「分かってるよ」
呆れた声を出し、臨也は溜息を吐く。
「なんか、お前いい匂いするんだよなあ…」
静雄はまた、臨也に擦り寄るみたいに顔を寄せた。臨也の白い首筋が、静雄の目の前に晒される。
「フェロモンかもね」
「フェロモン?」
「シズちゃんなら嗅げてもおかしくない」
幾分馬鹿にしたように言って、臨也はくくくと笑い声を出した。静雄はそれに、眉根を寄せる。
「お前のフェロモンなんて嗅ぎたくもねえわ」
「まあ俺がシズちゃんに向かって出してるかも知れないしねえ?」
腕から逃れようとする静雄を、臨也はまた強く引き寄せた。顔を寄せ、至近距離で茶色の目を覗き込む。
「ああ、そういえばシズちゃんもいい匂いがするね」
「え…」
「甘いような…なんだろう、この匂い」
急に真顔になった臨也は、くんくんとわざと静雄に鼻先を近付ける。
静雄はそれに、かあっと顔を赤くした。
「お、俺は別にフェロモンなんて出してねえぞ」
お前なんかに!
慌てて離れようとする静雄の手を、臨也は強く掴む。
「こう言うのは無意識なものなんじゃないの」
「別に…っ、俺は…」
「俺だけが分かればいいわけだし」
まあ本当は別に匂わないけどね、とは心の中で。
臨也は掴んだ静雄の指先に口づける。一本ずつ丁寧に指を舐めれば、静雄の体がびくりと震えた。
「取り敢えず今は俺に黙って抱かれなよ」
余計な事は考えずに。
臨也の言葉に、静雄は軽く息を吐く。怖ず怖ずと臨也の背中に腕を回せば、ぎゅうっと抱き締め返された。
口づけて来る臨也からは、やはりいい匂いがした。


(2011/01/28/12:42)
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