三度目





触れるだけだったそれは、直ぐに離れた。


一瞬だったので、きっと誰にも見られていない。
人は他人を気にせず、ただひたすら自分たちの目的を目指して歩いている。チカチカと信号が点滅し、急ぎ足で横断歩道を渡って行く。
静雄は瞬きを一度し、目の前の端正な顔を見た。
大きな交差点の、コンビニの前。空には月が浮かんでいる。
臨也は口端を吊り上げ、ゆっくりと掴んでいた静雄の腕を離す。
「…嫌がらせか」
口から出た静雄の声は低い。
「違う」
臨也は笑い、一歩後ろへと後退した。静雄の反撃を恐れてだろうか、真意は知らない。
「酔ってんのかよ」
「それも違う」
冷たい風が吹いて、二人の髪を揺らす。くしゅんと通りの向こう側で、誰かがしたくしゃみが聴こえた。
静雄は臨也を見つめたまま、内心で唾を吐く。
からかわれているのだろう。きっといつもの気まぐれだ。この男は静雄を怒らせる方法を完璧に熟知しているから。
嫌がらせにしろ冗談にしろ、これ以上付き合っていられなかった。
さっと立ち去るか殴るか。
静雄は考えながら、指の骨をバキバキと鳴らす。
臨也はそれに、声を上げて笑った。
「シズちゃんとするのは二回目だね」
ぴく。
臨也のこの言葉に、静雄の手が止まる。
「覚えてる?あの時のこと」
静雄はそれに答えなかった。あの時のことを覚えてるなんて、絶対に口にしたくはなかった。
静雄はこの歳になるまで女性経験がない。それは年齢の割には恥ずかしいことだったが、それを気にしたことはなかった。
だけど。
だけどキスだけは。
あの屋上で。
青く高い空、白く薄い雲。飛行機が飛ぶ風の音がする。
高校生の時。
今と同じく、触れるだけの唇は直ぐに離れて行った。
あの時も臨也は、静雄の顔を見て愉快そうに笑ったのだ。赤いその目を細めて。

静雄は臨也に背を向ける。早くここから立ち去ろう。これ以上臨也の顔なんて見ていたくはなかった。
「シズちゃん」
後ろから、嫌な愛称で呼ばれる。静雄はそれに答えない。
「またするよ、俺」
何を、なんて聞き返したくもない。
静雄は早足になる。もうウンザリだった。
「いつかまた」
あはははは、と笑い声がする。厭な笑い方だ。
静雄は舌打ちをし、振り返った。
すると臨也が直ぐ目の前にいて、静雄は驚きで目を見開く。
臨也の手が静雄の肩を掴む。強引に体を引かれ、そのまま口づけられた。
今度は触れるだけじゃなかった。薄く開いた唇から、舌が入り込んで来る。
こんな、道のど真ん中で。
道を行き交う人々が、驚いて二人を見る。けれど静雄には、そんなことを気にしてる余裕はなかった。臨也の舌が口腔内を這い回り、息が苦しい。
力が入らない。なんとか体を離そうとする静雄を、臨也は腰に腕を回して引き寄せた。
何度も唇を啄まれ、優しく唇を舐められる。不思議とそれは不快ではなく、静雄の顔が朱に染まる。
漸く唇が離された頃、静雄は息が乱れていた。はあはあと肩で息をし、唾液で濡れた唇を手の甲で拭う。
「…いい加減に、しろよ」
くだらない。からかって何が楽しいのだろう。天敵に嫌がらせをする為なら、キスだって出来るのか。
「嫌がらせじゃないって言っただろう?」
臨也は口端を吊り上げると、ゆっくりと舌なめずりをした。
「じゃあなんでだよ」
こんな馬鹿げたことを。
静雄は何度も何度も、唇を手で拭った。だけど感触は消えてなくならない。
「なんでって、そりゃあ」
臨也は笑う。


笑って告げられた言葉に、静雄は軽く眩暈がした。



(2011/01/11/13:22)
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