好きな子





大きな欠伸をする静雄に、新羅は顔を上げた。
「今日は随分とまた眠そうだね」
「昨日あんま寝れなくてな」
そう言ってまた欠伸をひとつ。目の端に涙が浮かび、静雄はそれを手の甲で乱暴に拭う。
「あんまり擦ると赤くなるよ」
横から臨也の手が伸びてきて、静雄のその手を掴む。
静雄はそれにハッとして、掴まれた手を振り払った。
「お前、なんでここにいるんだよ」
「一緒にご飯食べようと思って」
臨也は肩を竦めて笑い、違うクラスだと言うのに我が物顔で静雄の隣に座る。
「自分のクラスで食えよ。手前がいると飯が不味い」
静雄は忌ま忌ましげに言い、手にしていたパンにかぶりついた。寝不足のせいか天敵が傍にいるせいか、それはなんだかあまり味が分からなかった。
「眠れないとか、何かあったの?」
新羅は笑って弁当を食べている。臨也と静雄のやり取りには慣れていて、二人の言い合いには笑うだけだ。
「なんも」
言いながら静雄はまた欠伸をひとつ。相当眠いのだろう、また目には涙が浮かぶ。
「なんか悩み事?」
新羅の言葉に、ピタリと静雄の動きが止まる。あながち間違いではないらしい。
「恋の悩みとか?」
続ける新羅の言葉に、静雄は完全に黙り込む。
「シズちゃんに恋の悩みとか」
臨也はパックのお茶にストローを突き刺し、冷たく言い放つ。
「滑稽だ」
「うるせえ」
バン!と静雄は机を叩いた。机が真っ二つにならなかったのは、一応力をセーブしたのだろう。
「静雄、」
顔が真っ赤になった静雄は、新羅の制止を無視してそのまま教室を出て行く。
「臨也、言い過ぎ」
新羅の咎める声に、臨也は不機嫌にお茶を啜る。
「相手が気になるの?」
「別に」
「追い掛けたら?」
笑いを堪えるみたいな新羅に、臨也は更に不機嫌な顔になった。
「別にどうでもいいよ」
「これはあくまでも僕の勘だけど、」
前置きして新羅は箸を置く。いつの間にか弁当は食べ終わっていたらしい。
「相手って君じゃないの?」
「は?」
臨也は間抜けな声を出す。
「だって君、昨日、」




どうみてもラブレターであるそれを、臨也は見もせずに破り捨てた。
それを見ていた新羅は苦笑し、静雄は不機嫌そうに眉を顰める。
「臨也、せめて読んでやったら?」
「本当に手前は最低な野郎だな」
二人の呆れたような言葉に、臨也は大袈裟に肩を竦めた。
「応えてやることも出来ないのに、時間の無駄だよ」
ピンク色の可愛らしい封筒は、今は無惨にごみ箱の中だ。中身を読まれることもなく、ただの紙屑になってしまった。
「可哀相だろ」
静雄は臨也を睨み、吐き捨てるように言う。顔も名前も知らない相手の女に同情してしまうのが静雄だった。
「だって俺、好きな子いるし」
答える臨也の声は冷たい。
「期待を少しでも持たせるよりは、こっちの方がいいだろう?」
臨也のこの言葉に、静雄は目を見開いた。臨也にも好きな人間がいるのだと言うことを、初めて知る。
「臨也に好かれた子も可哀相に」
新羅がわざと茶化したように笑う。
静雄は何も言わなかった。何も言わず、ただ仏頂面で目を逸らす。
臨也はそれに口端を吊り上げ、薄く笑い声を上げた。


「臨也に好きな子いるんだーって、静雄が悩んでもおかしくないよ。まさか自分のことだなんて夢にも思わないだろうし」
新羅は空になった弁当箱を鞄に仕舞う。明日はセルティが手料理でも作ってくれないかな、と考えながら。
臨也は無言でお茶を飲み干すと、そそくさと立ち上がった。パックを強く握り過ぎたせいか、ストローの先が液体がこぼれ落ちる。
「…ちょっと、用事を思い出した」
「そのパック捨てておいてあげるよ」
そう言う新羅の顔はニコニコと笑顔だ。
臨也はそれに一瞬顔をしかめるが、直ぐにさっさと教室を出て行く。空になったパックを置いて。
「まあこれで静雄の睡眠不足が解消されるといいね」
そう呟いた新羅の言葉は、教室のざわめきに掻き消された。



(2011/01/09/23:39)
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