※R18

Graduation


 三年間というのはあっという間だ。
 教室の窓から見える風景を見ながら、静雄はそんなことを思った。広く整備されたグラウンドも、風に揺れる桜の木も、遠くに見えるビル群も、毎日見て来たそれが、今日で見納めかと思えば愛しい。
 教室には誰もいない。校門前では後輩たちが目当ての先輩を見送っているのだろう。新羅は卒業式に父兄として参加したセルティとさっさと居なくなってしまった。もう明日からは毎日会えないというのに、薄情な奴である。
 静雄ははあっと大袈裟に溜め息を吐くと、机の上に転がった筒を手に取った。この中には卒業証書が入っている。静雄は卒業式には出席しなかったので、さっき担任の教諭から渡されたのだ。
 本当に、三年間なんてあっという間だ──。
 手にした筒を弄びながら、静雄は机の上に腰掛ける。ぶらぶらと上履きを履いた足を動かすと、子供みたいだと自分でも思った。
 静雄にとって高校生活三年間は、そのまま折原臨也との三年間であった。これは恐らく相手も同じだと思う。学校が休みの日でさえ殆ど毎日喧嘩をしていたのだから、仕方がないのかも知れない。
 二年生になる頃にその関係が微妙に変化し、間違いで体を繋げてしまったのは今から約二年前。それからズルズルとそれが続き、喧嘩が七割、セックスが三割な関係になってしまった。男同士で、まだ青い高校生で──本当に最悪だ。
 あれは、強姦だったのではないか。と、未だに静雄は納得がいかない。けれど自分が本気で抵抗すれば、臨也を押し退けることは簡単だっただろう。それをどうしてしなかったのか、静雄は分からない。結局のところ、静雄の心が納得出来ないだけで合意の行為だったのだ。
 静雄は臨也のことを嫌いだと思っているし、相手もこちらをそう思っている筈だ。体を繋げても他の感情は何もない。どうして臨也が自分を抱くのかとか、どうして自分は大人しく抱かれるのかとか、その意味は考えたくなかった。
 ──多分、それも今日で終わり。
 静雄はぼうっとした顔で、再び窓の外を眺める。明日からもう、この教室に来ることはない。この風景も見ることがない。臨也と会うことも、多分もう殆どないのだろう。
 高校を卒業して臨也がどうするのかを、静雄は知らない。進学はしない、ということぐらいは知っているが、何の職を生業とするのか知らない。池袋にこのままいるのか、どこか遠い街に行くのかも分からない。静雄は臨也がどこに住んでいるのかも知らないし、携帯のアドレスや電話番号さえ聞いたことがなかった。所詮、そんな関係だったのだろう。近付いていたのは、セックスの時だけ。
 静雄は鎖骨に付けられた痕を、ワイシャツの上からそっと指先で撫でた。昼に付けられたこの鬱血も、明日には消えてなくなるのだろう。今はまだ残る腰の痛みも、今日の夜にはきっと平気になる。
 それを惜しむ自分は、反吐が出るくらい浅ましいと思った。




「…あっ、…や、」
 どんなに走ってもなかなか息切れしない自分が、はあはあと浅い息を吐く。ひっきりなしにする水音に、羞恥心を酷く煽られる。
 頭上には青く澄んだ空と、暖かな光を降り注ぐ太陽が見えた。時折吹く風はまだ冷たいが、今は体が熱くてそれは気にならない。静雄はぎゅうっと瞼を閉じて、漏れる声を必死に堪える。卒業式の最中だというのに、自分たちはこんな所で何をしているんだろう。今、屋上の扉を誰かが開けたら、静雄の姿態は丸見えだ。
 背中から抱き締められる体勢でフェンスに寄りかかり、臨也は先程からずっと静雄の性器を後ろから扱いている。裏筋をなぞり、睾丸を指で揉む。先走りでとろとろになった赤黒い性器は、限界を臨也の手に知らせるかのように時折震える。
「も…、駄目だ…、あっ、」
 いやいやするように頭を振れば、金髪がパサパサと音を立てた。もうやめろ、と言う意味で臨也の手に自分の手を重ねる。けれどその力は静雄にしては弱々しくて、扱く臨也の手は止まってくれない。
「駄目じゃないでしょ?ここはもっとしてって言ってるよ。」
 吐息と共に臨也の熱い舌が、静雄の耳裏をねっとりと舐める。耳朶をきつく吸い上げれば、それだけで静雄の体は激しく跳ねた。
「や、…ん、イク…っ。」
「いいよ、イキな。」
 ぐちゅぐちゅと先端を親指で嬲ると、静雄は一際高い声を上げて体を震わせた。その瞬間、白くとろとろした液が、臨也の手をしとどに濡らす。残りを絞り出すようにゆっくりと扱いてやれば、弛緩した静雄の体が臨也に凭れ掛かって来た。
 はあはあはあはあ…。
 暖かな陽射しの中、静雄は潤んだ瞳で空を見上げる。風に揺れる木々の音に混ざり、合唱の歌声が聞こえた。蛍の光だね、と臨也が笑う。
「ほらシズちゃん、腰を上げて。」
 今度は俺の番だよ、と言われて、静雄は素直に腰を浮かせた。両手をコンクリートの床に付いて、四つん這いになる。コンクリートに飛び散った白い精液に目を留め、静雄は目尻を赤く染めた。
「今更恥ずかしがらなくても。」
 低い笑い声を漏らし、臨也は晒された静雄の臀部を撫でる。その奥にある入り口に濡れた手を這わせ、先程出した静雄の精液を塗り込めた。
「ふ、…う…。」
 関節ひとつ分、人差し指を差し込まれる。今まで何度も臨也を受け入れたそこは、もう既に期待で緩み始めている。たっぷりと塗り込めた精液のせいで、指の出し入れはスムーズだ。
 いつの間にか指の本数は増やされ、一度吐精して萎えた静雄の性器も、再び首をもたげ始める。日に焼けていない静雄の内腿が赤く染まるのに、臨也は僅かに目を眇めた。
「気持ち良さそう。」
 貪欲に指を二本飲み込んで、それでも尚、内部はひくひくと蠢いている。そのまま奥の腹側にあるしこりを指腹で刺激すれば、「あっ!」と静雄が高い声を上げた。体は正直だ。
「…あっ、あっ、あっ!また…イク…やっ、」
 前立腺をしつこく攻めてやれば、静雄は嫌だ嫌だと首を振る。気持ちがいいことが好きな癖に、いつもイキそうになると嫌だと言う。それが臨也には不思議だ。だってここはこんなに喜んでいるのに。
「またイッてもいいよ。我慢しなくていい。」
 臨也は促すように静雄の性器にも触れてやる。すると静雄は臨也の手から逃れるように、体を起こして腰を引いてしまった。ぴちゃ、と音がして、後孔をかき回していた指も強制的に引き抜かれる。
「ちょっとシズちゃん、」
「一人でイクのは嫌だ。」
 こちらを向いて、トマトのように真っ赤な顔をして、静雄は臨也にそう言った。ワイシャツは完全にはだけ、スラックスと下着は足首まで下ろされている間抜けな格好だというのに、静雄は潤んだ瞳で臨也を睨む。
 一人ではなく、一緒に──。
 そんな静雄の声を、臨也は聞いた気がした。
「…分かったよ、おいで。」
 臨也は静雄の腕を取り、自分の方へと引き寄せる。太腿の上に体を跨がせ、向かい合う姿勢で顔を見合わせる。
「腰浮かせて。自分で入れて。」
 ベルトを外し、学ランのズボンの前を開け、臨也はもう既に立ち上がった自身を晒け出した。そこはまだ触れてもいないのに、先端が透明な液でぬらぬらと光っている。
 静雄はそれを真っ赤な顔で見下ろし、やがてのろのろと緩慢な動作で腰を浮かせた。臨也の性器に手を添え、熱く溶けたような自身の入り口に押し当てる。
「あっ、」
 ぬるっとした感触と共に、臨也のそれが静雄の体内に入って来る。本来違う目的の為の器官であるそこは、入り込んで来た臨也の性器をきゅうっと締め付けた。
「っ…。緩めて、シズちゃん。」
「んんっ、」
 臨也のそれを全て飲み込んで、静雄は力を抜こうと息を吐く。はふはふ、とまるで魚みたいに静雄の口が開いては閉じ、唾液が顎を伝ってポタポタと落ちた。
「いい子だね。」
 締め付けが僅かに緩んで、臨也は静雄の髪を優しく梳いてやる。そのまま宥めるように口付ければ、誘うように静雄の唇が薄く開く。
「ん、」
 舌を絡ませ、唾液を啜って、頬の内側を何度も舐めた。時折舌に歯を立てれば、静雄のそこがきゅうっと締まる。
「動ける?」
「…ん…。」
 唇を離し、臨也がそう問えば、静雄は子供のように素直に頷いた。とろんとした甘い瞳を臨也に向け、両手を後ろに付いて、腰をゆったりと揺らし始める。
「あっ、はっ…ん、」
 パンパンと肉を打ち付ける音と、卑猥な水音が屋上に響く。中にあるしこりに性器が擦れ、爪先まで快感で震えた。気持ち良くて心地良くて、静雄の目にじわりと涙が浮かぶ。ここが学校で屋外だなんて、今はそんなこともどうでも良かった。
「俺に掴まって。」
 腰に腕を回され、体を強く引き寄せられた。そのまま手を取られ、背中に腕を回される。静雄はそれに驚いて目を丸くするが、臨也は真っ直ぐにこちらを見上げていた。なんだかその目が吸い込まれそうなくらいに綺麗で、静雄は顔に熱が集まるのを感じる。
 臨也は睫毛を伏せて目を閉じると、汗をかく静雄のこめかみに唇を押し付けた。額に張り付いた髪の毛を掻き上げ、現れた額にも同じように口付ける。その間にも繋がった箇所はじんじんと熱を伝え、気を抜くと持って行かれそうだ。
 静雄は怖ず怖ずと臨也の首に両腕を回し、力を込め過ぎないように抱き付いた。焦点が合わない程に近付いて、唇に触れるだけのキスをする。ちゅ、ちゅ、と可愛らしい音を立てて何度も唇を触れ合わせ、最後にべろんと唇を舐めた。味なんてする筈がないのに、甘い。
 静雄の膝裏に手を掛けて、臨也は律動を再開する。二人の間で静雄の性器が上を向いている。先端がとろとろになって、臨也が動く度に一緒に揺れた。
「あっ、あっ、んっ、」
 漏れる静雄の嬌声に混ざり、今度は校歌の斉唱が微かに聞こえる。三年間通った学校の歌も、今日で聞き納めだった。明日からはもう、この学校に来ることはない。
「ふっ、う…、。」
 揺さぶられ、強く打ち付けられて、体の奥に臨也の熱いものが注ぎ込まれるのが分かった。同時に静雄も二度目の吐精をして、臨也と自分の制服を汚す。こんな姿では、どちらにしろ卒業式なんて出れるわけがない。
 まだ繋がったまま、静雄は体の力を抜いて臨也の肩に額を押し付ける。精液と汗の匂いと、臨也の香りがする。臨也は香水も何も付けてはいないのに、いつも良い匂いがした。静雄はこの匂いが好きだ。
 そのままじっとしていると、やがて臨也の腕が静雄の背中に回される。息が穏やかになり、心臓の鼓動が緩やかになっても、二人は抱き合ったままでいた。
 ──もう、これが最後。
 それを喜ぶべきなのか、はたまた悲しむべきか、静雄には分からない。臨也の方はどう思っているのか、それを尋ねる勇気もない。
 ふと臨也が顔を上げ、静雄のシャツの前をはだけさせる。何をするのだろう、と見下ろせば、臨也は静雄の鎖骨に唇を寄せ、そこに強く吸い付いて来た。痕を付けているのか──静雄はそれに驚いたが、引き剥がすことはせずに好きにさせた。どうせもう最後なのだから、これくらい構わないだろうと思った。
 臨也の温もりを体に感じながら、静雄はそっと目を閉じる。
 いつの間にか校歌は聞こえなくなっていた。




 それが、数時間前の出来事だった。

 ──帰ろう。
 静雄は卒業証書を手にし、腰掛けていた机から立ち上がる。もう外はすっかり夕暮れで、教室の中は赤く染まっていた。
 踵を踏み潰した上履きで、リノリウムの床を歩く。廊下の窓がどこか開いているのか、少し冷たい風が髪の毛を揺らした。こんな日は他に生徒がいるわけもなく、校舎はしんと静まり返っている。今は教師さえも数えるほどしか居ないだろう。
 長い廊下を歩きながら、静雄は胸に付けたコサージュを外した。卒業式にも出なかった自分には、これは酷く不釣り合いな物に思える。それを無造作にポケットにしまい込み、ふと視線を前方に向けた。
 薄暗い廊下の向こうから、大きな花束を肩に担いだ男が歩いて来る。赤、ピンク、青、白、黄色──様々な色の花。百合や薔薇やダリアや、静雄でも知っている花束だ。それも普通の花束より、ずっと大きい。
「…臨也?」
 花の香りがするくらいまで近付くと、花束を持っている人物が臨也だと気付いた。真っ黒な学ランを着て、巨大な花束を持って、こんな時間まで何をしているのだろう。
「…まだ帰ってなかったのか。」
「シズちゃんこそ。らしくもなく感傷にでも浸ってた?」
 揶揄するような声。口端を片方だけ吊り上げて、臨也はいつものようにシニカルな笑みを浮かべる。
 ち、と小さく舌打ちをして、静雄は臨也の横を通り抜けようとした。自分たちはセックスする時以外、喧嘩をするか、睨み合いと嫌味の応酬だった。大抵臨也が嫌味を言ってきて、それに静雄がキレて喧嘩が始まる。
 今の静雄は臨也と喧嘩する気分ではなかった。早く臨也の前から居なくなりたい。明日になれば殆ど関係が切れるのに、これ以上心を掻き回されるのは御免だった。
 横を通り抜けようとした静雄を、臨也の白い手が引き止める。二の腕を痛いくらい掴まれて、静雄は大きく目を見開いた。
「なにす──、」
「あげる。」
 文句を言おうとした静雄の前に、巨大な花束が差し出される。ぐしゃりと包んでいた紙が揺れ、花の香りが一層強くなった。
「は?」
 突然のことに静雄が目を瞬かせると、臨也は笑ってそのまま踵を返す。またね、と片手を上げて、廊下の向こうにある階段をさっさと降りてしまった。まるで最初から、静雄にこれを渡すことが目的だったみたいに。
 後に残された静雄は、ただぽかんとそれを見送るしかなかった。腕の中の花束はずっしりと重く、むせかえるような百合の匂いがする。薔薇や蘭や他の花も、きっと高いのだろう。
 この花束は、てっきり臨也が取り巻きの女共からでも貰ったのだろうと思っていた。あの男は顔だけはいいから、憧れを抱いていた後輩も多かった筈だ。ただ憧れの先輩に渡すには、これは些か豪華過ぎる花束だった。
 ──またね、って。
 臨也が残した最後の台詞。あれは一体どういう意味だろう。言葉通りの意味か、何か裏があるのか、臨也のことだから分からない。
 静雄は花束を抱え、薔薇や百合の花に顔を埋める。目や頬や耳裏や、首筋までが燃えるように熱い。きっと今の自分の顔は、さぞかし真っ赤になっていることだろう。こんなのを貰って、あんな言葉を言われたら、期待してしまうじゃないか。
 ふと顔を上げると、花束の中に真っ白な封筒が紛れているのが見えた。ピンで丁寧に留められたそれを、静雄は美しい花々の中からそっと取り出す。その白く小さな封筒には、一枚のカードが入っていた。
 そこに書かれた文字を見た途端、静雄はへなへなと力が抜けてしゃがみ込んだ。心臓がバクバクと音を立て、きゅうっと胸が締め付けられる想いがする。
「…んだよ、これ…。」
 鼻の奥がつんとして、目の前が白く霞んだ。顔が今までにないくらい熱い。体中が熱に浮かされたみたいになって、四肢に力が入らない。それでも静雄は花束を落とさないよう、ぎゅっと腕の中に抱き締めた。
 カードには携帯の電話番号らしき数字と、同じく携帯のメールアドレスが書かれてあった。そしてその下に、言葉がひとつ。
 静雄は花束を潰さないように持ち直し、突然勢い良く立ち上がった。
 今追い掛ければ間に合う筈──。臨也は別に走り去ったわけではない。急がずに歩いているのなら、まだ校内のどこかにいるだろう。最悪、昇降口か、校門辺り。きっと間に合う。
 ──言われっぱなしじゃ、性に合わない。
 静雄は花束を大切に抱え直し、臨也が去った方向へ走り出す。追い掛けて捕まえて、自分も電話番号やメールアドレスくらい教えてやろうと思った。その下にあった短い言葉にも、返事ぐらいしてやろうじゃないか。
 俺も多分、お前と同じ気持ちだよ、って。


(2012/03/14)
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