ラブレター






「臨也」

名を呼ばれ、臨也は眉を顰めた。振り返れば予想通りの人物が立っていて、臨也は内心溜息を吐く。けれどそれをおくびにも出さず、いつもの笑みを浮かべて見せた。
「やあ、シズちゃん。いきなり人に机を投げて来るような傍若無人な君が、俺に普通に声を掛けるなんてどうしたのかな」
静雄は苦虫をかみつぶしたような顔をし、チッとこれみよがしに舌打ちをした。苛々としているのが人相から直ぐ分かる。そんなに不機嫌になるのならば話し掛けなければいいのに、と臨也は思う。
「これ」
「?」
「拾った」
ぐいっと押し付けられるように渡されたのは手紙だった。折原臨也様、と書いてある。
静雄はもう用は済んだとばかりに踵を返す。その後ろ姿からは怒りしか感じられず、すたすたと早足で去ってゆく。
臨也はその手紙を見て肩を竦めた。どうやらラブレターと言うやつらしい。これをどう言う経緯で静雄が拾ったのかは知らないが、さぞ苦悩したことだろう。放置しておけないところが静雄の人の良さだ。



「噂になってるよ」
新羅の言葉に臨也は顔を上げる。
「噂?」
「静雄が君にラブレターを渡して告白したって」
「ああ」
くっ、と喉奥で笑い声を漏らし、臨也は口端を吊り上げた。
「事実だからね」
「半分ね。正確には静雄が拾って届けたんだろう?」
新羅も同じく笑って、視線を窓から外へ移した。校庭では噂の主が、今日の訪問者の最後の一人を倒したところだった。
「この学校の生徒は君らの関係を皆知ってるからね。馬鹿げた噂は誰も信じてないよ」
良かったね、と新羅は笑いながら鞄を取り出した。
「帰るの」
「だってもうすぐ君を探して静雄が駆け込んで来るでしょ。とばっちりは御免だから」
新羅はさっさと教室を出て行く。放課後の誰もいない教室に、臨也だけが取り残された。
机に頬杖をついて、校庭を眺める。金髪の青年は制服の埃を払い、真っ直ぐにこちらを見た。始めから臨也がここから見ているのを分かっていたかのように。
臨也はそれに、ゆっくりと口端を吊り上げた。
こんなに遠くにいるのに、彼の視線の鋭さは直ぐに分かる。静雄とやり合うのは疲労し、ウンザリとはするけれど、あの眼差しで見られるのは悪くないかも知れないと思う。
「噂を事実にしてやろうかな」
静雄が駆け出すのを見ながら、臨也はぽつりとそう呟いた。


2010/12/22 13:35
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