リップクリーム






唇が痛い。
ぺろりと舌で舐めてみれば、それはピリッと痛みが走った。口に広がる血の味。どうやら下唇が切れているらしい。
静雄はそれを少しだけ不快に思いながら、また唇を舐めた。
新羅は読んでいた医学書から顔を上げ、そんな静雄に苦笑する。
「唇が荒れているね」
「痛え」
「秋冬のこの時期は空気が乾燥するからなあ」
新羅の言葉に静雄は頷き、親指で自身の唇に触れる。それは皮がめくれ、カサカサとしていた。鏡で見ればもっと酷いのだろうと思う。
「リップあるよ」
それまで隣で静観していた臨也が、ポケットからリップクリームを取り出す。静雄はそれを見て、ウンザリしたように舌打ちをした。
「男がリップなんて嫌だ」
「今時は男用も売ってるよ。シズちゃんって考えが古いよね」
臨也はリップの蓋を取ると、静雄の顎を掴む。
「塗ってあげるよ」
静雄はそれに驚いて目を見開くが、その手を振り払いはしなかった。
新羅はニコニコと笑い、そんな二人を見ている。
教室の中にはいつの間にか三人しかいなくなっていて、廊下にさえ人の気配がない。喧嘩が始まる前に皆避難したんだろうなあと新羅は冷静に考える。
臨也は静雄の顎を掴んだまま、ゆっくりと顔を近付けた。臨也の吐息が静雄の頬に触れ、やがて柔らかく重なる互いの唇。
驚いた静雄が慌てて離れようとする前に、臨也はその荒れた唇をべろりと舐めた。
「…リップ塗るんじゃねえのかよ」
顔を真っ赤にして睨んで来る静雄に、臨也は楽しそうに笑い声を上げる。
「シズちゃんがキスして欲しそうな顔をするから」
「死ね」
完全に二人だけの世界に、新羅の笑いを含んだ声が割って入った。
「唇が乾燥している時に舐めるのは逆効果だよ。寧ろ悪化するんだ」
「へえ」
臨也は赤い目を細め、静雄の顎を再び掴む。静雄が抵抗する前に、唇にリップを塗ってやった。
鼻をくすぐるミントの香りがし、静雄の唇がスーッと爽快感で涼しくなる。
塗り終えると臨也は口端を吊り上げて笑った。静雄はそれに目を逸らし、また顔を赤くする。
「これからは俺が毎日塗ってあげるよ」
「いらねえ」
「ははっ」
二人を見て、新羅は再び本に目を落とした。
喧嘩より性質が悪いや。
なんて思ったけれど、口には出さなかった。


2010/12/11 16:07
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