錯覚






いやに月が黄色く見えた。普段は白い癖に何故なのだろう。それもなんだか大きいし。まるで月にじっと見られてるみたいで、静雄はなんだかそれが怖かった。
静雄はマンションのベランダに立って、そんな月を見上げている。手にしていた煙草は殆ど吸われることがないまま、先がもう短くなっていた。
新宿の街は夜になるとネオンが眩しい。そのせいか星は殆ど見えない。空を支配しているのは月だけだ。
「何を見てるの」
声に振り向けばいつの間にか臨也が立っていた。静雄は煙草を揉み消して、気怠そうにそれに答えた。
「月」
「へえ」
「大きくないか、あれ」
静雄はベランダの柵に寄り掛かり、ビルの間に見える月を指差した。
「月は大きさは変わらないよ。目の錯覚さ」
臨也は口角を吊り上げて笑い、静雄の隣までやって来る。風に乗って臨也の香水の香りがした。
「色も?」
「色は大気の影響じゃないかな。まだ月が低空にあるから」
真上にいるより大気の影響は受けやすい。
臨也は目を細め、月に視線を移す。そんな臨也を見ながら、この男には月が似合うなと静雄は思った。
静雄はあまり星が見えない夜空は好きではないけれど、臨也のマンションのベランダから見える新宿の夜景は気に入っていた。チカチカと点滅する光り、行き交う車のテールランプ。
「って言うか寒くないの?」
裸にワイシャツと下着だけの静雄を見て、臨也は苦笑する。静雄の白い肌には情事の痕がくっきりと残っていて、臨也にはそれは淫靡に見えた。
「寒い」
静雄は一言そう口にし、臨也に手を伸ばす。
「あっためろよ」
その言葉に、臨也はそれはそれは楽しそうに笑った。静雄の手を取ると、緩やかに体を抱き寄せる。
首筋に顔を寄せ、耳朶を甘噛みしてやると、静雄の体がぴくっと動いた。
「月が見てるよ」
そう囁いて唇を重ねれば、互いの開いたままの瞳が合う。
「錯覚だろ」
唇を重ねたまま静雄がそう囁けば、臨也は低い声で笑った。


2010/12/10 08:46
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