ファーストキス






キスは血の味がした。


やがて唇が離れても、静雄は暫く動かなかった。
目の前の男はゆっくりと体を離し、その薄い唇を吊り上げて笑う。
「これは二人だけの秘密」
人差し指を立てて、片方の目を瞑る。芝居がかったその態度に、静雄は文句を言おうと口を開いたが、言葉は出て来ない。
臨也はそのまま踵を返すと、校舎の窓から外へ飛び降りた。ここは2階だったけれど、そんなことは臨也には関係ない。
静雄は逃げ出した臨也を追わなかった。
窓枠に手をついて外を見下ろせば、臨也がこちらに手を振って歩き去るところだった。夕陽が臨也を照らし、長い影を作っている。
静雄は手の甲で唇を拭う。柔らかな感触がいつまでも消えない。吐息も、微かに香った臨也の匂いも。
今更、心臓がバクバクと音を立てはじめた。夕陽のせいで廊下が赤くて良かったと思う。きっと今、自分の顔は赤い。
何が二人だけの秘密だ。
秘密、なんて言わなくったって、こんなことは誰にも言えないに決まっている。大嫌いな男とキスをしたなんて。
静雄は唇を噛み締めて、目を伏せた。

これが静雄が16歳の時の、ファーストキスだった。

2010/12/04 23:39
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