例えばもし、


「例えばもし、」

俺が死んだら。
シズちゃんはどうする?


高層ビルが立ち並ぶ街。
最近は不況の煽りを受けて廃墟ビルやテナント募集が目立つようになってきた。
その中の廃れて老朽化したビルの屋上に、静雄は今立っている。
内ポケットから煙草を取り出すと、一本それを咥えた。
手慣れた手つきでジッポーで火をつける。ふわり、と白い煙が上り、やがて消えた。
ビルから見える町並みはいつもと変わらない。深夜も明るい街。
池袋は治安が悪いと言われることが多々あるのは、街に未だにいるカラーギャングのせいだろうか。それとも自分のせいか。

ここ数ヶ月、池袋の街は静かだった。街を掻き回す情報屋は現れず、標識も自販機も皆無傷だ。
喧嘩を売られることもなく、静雄が望んだ静かな生活が続いていた。
――…あいつがいないだけで、こんなにも街は平和だ。
脳裏に浮かぶのは、黒に赤のイメージの男。
最後に会ったのはいつだったろう。二週間くらい前だったか。

シズちゃん。

嫌がらせでちゃんづけされた名は、いつも甘ったるい呼び方だった。
唇を三日月のようにして笑い、赤い目は見透かすように細められる。

好きだよ。

と最後に告げた、悲しそうな瞳。


死んだらどうする、と問われて。
自分はあの時なんて答えただろう。
何を言っていると叱咤でもしただろうか。

――…臨也。
気付けば煙草はもう短くなっていた。
静雄は吸い殻を揉み消して、残りの煙草も全て屋上から投げ捨てた。
闇に散っていく白い影。
静雄は手摺りに手をかけるとそれを軽く飛び越えて、ビルの端に立った。
強い風が静雄の細い体を煽るように吹く。

十日前に折原家の双子たちから連絡が入った。
臨也が死んだ。
泣きながら告げられた言葉はそこから記憶が曖昧で、あまり覚えていない。
側に新羅やセルティがいた気がするがどうでも良かった。
仕事も辞めてしまい、家から一歩も出なくなった。食事も面倒臭くなり、水以外は全く摂ってない。
後を追おう。
そう思い付いたのは今朝だ。
今までだって大嫌いで殺したくて、ずっと追っ掛けていたじゃないか。これからも追い掛けてやろう。
今度こそ、逃がしはしない。
この高い場所から落ちたら、さすがにこの頑丈な肉体も朽ちるだろう。
静雄にとって、それは素敵な思いつきだった。


静雄は両腕を広げ、世界を抱きしめるように飛んだ。



07/21 09:32
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