うれしはずかし朝帰り





「さっみい…」
同時に吐く息も真っ白だ。
もう6時だと言うのに空は薄暗い。恥ずかしがった太陽が少ししか顔を出していないのだろう。静雄は空を見上げながら、もう一度はあっと息を吐いた。
ちゅんちゅんと鳥の鳴き声がする。こんな時間でも車が走り、人々は動き出している。サラリーマンや学生と擦れ違った。
俺、変じゃねえ…よな。
頬を手で押さえ、足を早める。腰が少しだけ怠いのに、昨夜を思い出して顔を赤くした。
何思い出してんだ…
冷たい空気が頬に気持ちいい。首に巻いたマフラーに顔を埋めた。それは少し、あの男の匂いがする。
ゴミ出しする人間や、朝から掃除をする他人と擦れ違う。皆自分のことなど全く見ていないのに、静雄には誰もが朝帰りを知っているような気がした。
昨夜のことなんて、思い出したくない。思い出したら羞恥で死にそうだ。温もりも眼差しも匂いも。
好きだ、なんて。
囁かれたあの声。
静雄はかあっとますます赤くなった。耳まで熱い。
何かから逃げるように、また早足になる。朝帰りは初めてじゃないけれど、こう言う意味の朝帰りは初めてだった。
その時、ポケットに入った携帯が震え、静雄はびくりと体を跳ねらせる。知らない番号からの着信。
でもこれは、きっと
「…はい」
『もう帰ったの?』
恐る恐る出ると、やっぱり相手は聞き慣れた声。少し不機嫌そうだ。
どきん、と静雄の心臓が早鐘を打つ。
「今日…仕事あるし」
多分仕事なんて手につかないけれど。
『そう』
ふう、と相手が微かに溜息を吐いたのが分かる。その吐息は昨夜の行為を思い出させ、静雄はまた赤くなった。
『シズちゃんのことだから恥ずかしがって、逃げ出したのかと思ったよ』
笑いを含んだ声。見透かしたその言葉に、静雄はちっと舌打ちをする。
「もう切るぞ」
『シズちゃん、』
臨也は優しく名を呼んだ。
『次に抱かれた時は、最後まで俺の腕の中にいなよ』
愛してるからね、と囁かれる。
「…死ね」
静雄は真っ赤になると通話を切ってしまった。
ああ、もう。恥ずかしいったら!
嬉しいのか恥ずかしいのか、静雄自身にも分からない。きっと多分、両方だ。
「俺だって、」
愛してるっての。
その言葉は白い吐息と共に空に溶けた。


201011280641
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