辛うじて息継ぎ




掠れた、低い歌声が聴こえてきた。
臨也は足を止め、階段の上を見上げる。薄暗く、埃っぽい階段。屋上へのゴールは直ぐそこだ。
足音を立てないように、ゆっくりと昇った。段々と歌声がはっきりと聴こえるようになる。
他のビルの明かりを頼りに先へ進む。今は使われていない廃ビルの屋上。声がする方を見れば、やっぱりそこに知った相手が居た。
金髪にバーテンダーの服装をして、手摺りに手を掛けて。煙草を燻らせながら、鼻歌を歌う男。
馬鹿となんとかは高いとかが好きなのかな。
臨也は冷めた頭でそう思い、暫く静雄の後ろ姿を眺めていた。
昔。
高校の時もこんなことがあったな、と臨也は思い出す。
授業をサボり、屋上に行くと、今と同じように静雄がいた。
フェンスに手を掛けて、鼻歌を歌って。金の髪が風で揺れ、空は青かった。
あの時は、シズちゃんの可愛がっていた猫が死んだんだっけ。
臨也は思い出しながら、僅かに苦笑する。センチメンタルな静雄に対してか、静雄の事ならはっきりと覚えている自分に対してか。
また何かあったのだろうか。今の静雄はペットなんて飼っていないし、身内に不幸があったわけでもないだろう。
悲しい時に歌を歌うなんて、俺には理解できないな。
臨也はそう思いながら、階段を戻る。そしてわざと足音を立てて、また階段を昇った。
ぴたりと止む歌声。
屋上に足を踏み出せば、静雄が驚いたようにこちらを見た。その丸い綺麗な瞳が、臨也を視界に捉えると邪険に鋭くなる。
「何しに来た」
「シズちゃんに会いに来たわけじゃないよ。俺もたまにここに来るんだよ」
ここは街が綺麗が見えるんだ。
臨也がそう言って肩を竦めると、静雄は舌打ちをした。
「手前と同じ空間にいるかと思うと吐き気がする」
静雄は臨也の横を通り、出て行こうとする。臨也は振り返り、そんな静雄の後ろ姿を見遣った。
「シズちゃん」
「なんだ」
静雄は振り返りもせずに返事だけをする。
「なんかあったの」
臨也が問うと、ぴたっと静雄の足が止まった。暫く沈黙が流れる。
静雄はやがてゆっくりと振り返り、こう言った。
「…好きな奴が出来た」
この言葉に、臨也の目が見開かれる。
静雄は踵を返し、今度こそ屋上から出て行く。コツコツ、と乱暴な足音が響き、やがて消えた。
「…ふうん」
臨也はぽつんと呟く。
シズちゃんに好きなひと、ねえ?
なんでそれで凹んでいるのだろう。それだけ想いが絶対叶わない相手なのか。
臨也は手摺りに掴まり、池袋の夜景に目を細める。微かにまだ静雄の煙草の匂いがした。
「…って言うか」
相手誰だよ。
臨也ははらわたが煮え繰り返る思いがしたけれど、それを無理矢理押さえ込む。
追い掛けて聞き出してやろうか。
静雄の機嫌は悪そうだったし、ちょっかいを出したら無事ではすまないだろう。
それでも。

臨也は踵を返し、屋上を駆け足で出て行った。
201011261532
Title/暫
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