狂言の価値



嘘なんて何てことはない。平気な顔で、いくらでも口にすることができる。どんな嘘もどんな言葉も。
君が望むならどんな嘘もついてあげよう。例え自分の気持ちと正反対な言葉でも。

臨也は耳元に唇を寄せて、たった一言告げた。

「大嫌い」



静雄はそれに眉を顰めた。座っていた安物のベッドがギシッと揺れる。
真っ白なベッド、真っ白な壁、真っ白なカーテン。微かにする消毒液の匂い。
遠くで名も知らない生徒たちの掛け声がする。部活動なのだろう。もう放課後なのか、と静雄は頭の片隅で思った。
二人っきりの保健室。
開けっ放しの窓から時折生暖かい風が入り込んで来る。雨が降るのかも知れない。そんな匂いがする。
臨也は掴んでいた静雄の肩から手を離した。ジャラ、と臨也の腰につけた鎖が揺れる。
「嫌いだよ」
臨也はもう一度、そう口にした。
静雄はそれに答えない。ただ目を伏せて、気怠げにワイシャツのボタンを留めた。
その白い首筋には情事の痕がくっきりと残されている。所有の証。きっとそれはあと数時間で消えてしまうけれど。
静雄はベッドから立ち上がり、制服の上着を着た。臨也はそれを黙って見ている。
「臨也」
「うん」
「嘘ならもっと上手く言え」
ベッドを隠す白いカーテンを開けて、静雄は狭い空間から抜け出す。ちらりと窓に視線を向ければ、空はどんよりと曇っていた。
臨也はそんな静雄を見つめ、肩を竦める。
「シズちゃんは?」
「何が」
「好き?嫌い?」
扉へと歩き出していた静雄は、この問いに振り返った。赤い瞳と茶色いそれがぶつかる。

「大嫌いだよ」

静雄はそう言い、保健室を出て行く。
臨也はそれに薄く笑い、ぽつんと呟いた。
「うそつき」


201011252335
Title:暫
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