吾輩は猫である


私は猫だ。
真っ黒な毛並みをして、標準よりも細い体をしている。
名前はくろ(仮称)。単純な名前だけど、私を拾ってくれた男がつけてくれたものだ。金髪でサングラスをした、静雄と言う名の男。
私は雨の中、怪我をして道端に倒れていた。静雄はそんな私を抱き抱え、医者のところに連れて行ってくれた。やみいしゃ、と言うらしいけど、私は詳しくは知らない。
雨に濡れ、自分の衣服が血で汚れるのも厭わないで、私を助けてくれた静雄。私は彼にとても感謝している。
彼はいつも優しそうな目で私を見た。頭を撫で、背中を摩ってくれた。温かくて大きな手。
「真っ黒で臨也みてえだな」
いざや。
彼の口から出た言葉に、私は疑問の声を上げる。にゃあ。それはだあれ?
静雄は何も言わなかった。優しい、けど悲しそうな目で私を撫でる。
いざや、いざや。
怪我の様子を見に『やみいしゃ』の所に行くと、新羅がたまに口にする名前だった。
新羅がその人の名を出すと、静雄はとても怒る。私にはとても優しい目をしてその名前を呼んだのに。
静雄は私の背中を優しく撫でて、たまにとてもとても悲しそうに夜空を見る。空には真っ白な月。星は見えなかった。
いざやと言う人間はそれから暫くして会うことが出来た。彼が静雄の部屋にやって来たからだ。
「帰れ」
ウンザリとしたように静雄が拒否するのに、『いざや』と言う男は笑って入って来た。
綺麗な人間だ、と思った。少なくとも外見は。でも何だかこわいひとだった。静雄を見詰める赤い目が、とてもこわい。
臨也は私を見て驚いたようだ。でもその目は直ぐに嫌なものに変わった。動物の私にさえ、臨也の目は悋気を孕んでるのだ。彼はやっぱりこわいひとだった。
静雄と臨也は私の目の前で喧嘩をし、口づけをし、体を重ねた。私はそれを黙って見ていた。
時折臨也が私を見る。静雄の嬌態を、見せ付けるように。静雄は多分、それを知らない。
静雄がグッタリと気を失ったように倒れ、夜も更けた頃に、臨也は起き上がる。衣服を身につけ、帰るのだろう。
彼は来た時と同じ格好をし、チラリと私を見た。私はそれを見上げる。
彼はしゃがみ込むと私の頭を撫でた。存外にその手は優しい。温かい手。静雄と同じ。
「お前はいいね。いつもシズちゃんと一緒にいられて」
羨ましいよ。
彼はそう言って悲しそうな目をした。その目はあの時に見た、静雄と同じ目だった。
にゃあ。
私が鳴くと、臨也はまた頭を撫でた。
どうして?どうして?
キスをして体を重ねて、一緒にいるじゃない。
私の疑問は彼に伝わったのだろうか。臨也はただ笑って頭を撫でるだけだった。
やがて臨也は踵を返した。
にゃあ。
私は鳴く。
静雄、起きて。起きて。
彼が行ってしまうよ。
にゃあ。にゃあ。にゃあ。
私の鳴き声が煩かったのだろう、静雄がゆっくりと目を開く。
臨也はちょうど、玄関から出ていくところだった。
「…臨也?」
静雄が名前を呼び、臨也の動きが止まる。

にゃあ。
私の鳴き声が響いた。

201011201232
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